世界の終わりより2
私とビシムが5階に到着するとシルバが待っていた。
ここはシルバの管理する建物、私は密かにシルバビルと呼んでいるが、とにかく構造の可変性が凄い。
5階は住居用に部屋が沢山あったフロアだったが、今はワンフロアぶち抜きの広い空間になっている。
ここは、法国外部での活動のため、色々なシミュレーションをする場となっているのだ。
私はビシムより外部活動用に防具を新調してもらったので、その性能テストをする。
私には戦闘経験はおろか、誰かとフィジカルで争った経験すら無い。つまり、防御も攻撃もしようという概念すら無いのだ。
そんな私が防具を装備しただけで何とかなるなど、私が一番考えていない。
ビシムはそんな私を考慮してオートガード的な事をすると言っていたので、それを今から確認するのだ。
「来たか。では始めるぞ。その円の中に立て」
広ーいフロアの中央にシルバが居り、そこから5メートルほど離れた床に円が描いてあった。
「ユズ、ビシムの調整は完全だ」
ビシムは自身満々なようだが、何の操作も聞いていない私は不安だ。しかし、性能テストして私も防御の要が何なのか知らないと、この不安は払拭されない。私は仕方なく円の中に立った。
「それではコレをユズ目掛けて飛ばす」
そう言ったシルバの手にはパチンコ玉サイズの白い玉があった。シルバはその玉を指で潰して見せた。どうやら柔らかい球のようだ。
シルバが球を人差し指を曲げた発射台に乗せ、親指で弾く構えを見せた。どうやら指弾が飛んで来るようだ。
シルバが構えてすぐに私の感覚に違和感が生じた。今いる位置や立方が間違えているような感覚だ。そうして違和感の少なくなる位置と立方が何なのかも分かる。
そんな感覚を意識している間にシルバの指からは弾が撃ち出されていたようだ。たが、おかしい、弾がいくら待っても来ない。よく周りを見ると時が止まっている?いや少しずつ動いている感じだ。
私はとりあえず違和感の無くなる位置まで動くと、時間が通常に戻った。
シルバの放った弾は凄まじい勢いで私の横を抜け、壁に当たりパァンという激しい破裂音を放った。
「よし、ビシムの調整通りだ」
私はビシムの防具による回避よりも、シルバの放った弾に驚いていた。柔らかい弾とは言え、当たっていればとんでもない事になっていた。
「まさか躱すとはな。術理無しでは認識出来ない速度で撃った。ユズが感覚強化の術理を使えないなると、術具で補助をしたという事だな」
「そうだ。中々なものだろう?」
「いや、それより今の弾は何!? 当たったらやばかったよ」
「右肩を狙ったのだ当たったとて、その水準の白樹装甲ならば何の問題も無いだろう」
「そういう問題じゃない! 危ない事するならば先に言っておいて!」
「脅威から身を守れるかの確認なのだから、脅威になり得るものを当てねば意味ないだろう。それにこの弾が当たらぬのであれば文明界で脅威になる物はまず無い。安心していいぞ」
この正論魔になるシルバにはイラッとするが、もはや私の方が慣れてきた。
「次は必ず説明してよ」
「分かった」
シルバはシンプルな人なのだ。最初は偏屈なのかと思っていたがそうでは無い。正解に真っ直ぐ進み過ぎるから、周りから理解されないタイプなのだ。
「ユズ、ビシムの防具は凄かっただろう?」
「え、うん。何か違和感のような物を感じて、気が付いたら時間が遅くなってた」
「それはビシムが丁寧に説明しよう。さ、ビシムの部屋に行こうではないか」
性能テストはもう終わりらしい。まあ、ビシムから説明を聞ければ大丈夫そうな性能はしている。
―――
いよいよ旅立ちの日となった。昨日はビシムの長ーい説明を聞いていた。どうやらビシムは今日私と離れるのが寂しかったようで、それで長時間引き留められていたのだ。
私の見た目は現地の人に溶け込むように擬装がしてある。超ミニで人前に出る事にならず安心している。
というのも、シルバとビシムは普段着のまま外に行こうとしていたのだ。
私は行き先である聖王国の説明をしてもらい現地映像も見たが、このまま行くにはあまりにも文化が違い過ぎると感じた。
このまま行ったら間違い無くなんらかのトラブルに巻き込まれる。そのトラブルを解決するだけの力がシルバにはあるだろうが、そんな力技をやっていけば、本来やりたい事が出来なくなる。
私達は未来のビシムが伝えた通り、聖王国に冒険者業を開業に行くのだ。そうなれば現地の人とのコネクション作りは必須なのだから、私達から聖王国に溶け込まなければならないのだ。
なので、私は頭からすっぽり被るタイプの外套を着ており、使い古して汚れた感じにしてある。魔法使いぽっい見た目になったのでちょっと気分がいい。
まあ、私の同行者は完全に魔法使いなのだが。
シルバも私と同じような服装にしてもらっている。二人とも擬装モードなので、元々の服は私はビシム製の防具だし、シルバはローマ皇帝みたいな偉そうな法衣なのだ。
ビシムは私の擬装に納得いっていないようだ。ヒトは持ち得る美点を隠すべきではないという理論らしく、ビシムは私にボディラインをばしばし出してほしい。
この弛んだボディを世に晒して何の理があるのか分からないが、私としてはしっかり隠せて満足だ。
「では、法国内の調査はビシムに任せろ。二人は出来るだけ早く戻ってくるのだぞ」
「分かっている。用が済めば戻る。それよりも、全知球を調べるのもいいが、無忘球を探す事も忘れるな」
全知球はモリビトが大綱と定めた全ての知識が収められた法国の最高位機関だ。
逆に大綱から外れ伝える事を封じる為の機関が無忘球なのだそうだ。無忘球の場所はモリビトのごく一部しか知らないのだと言う。探そうとしても、相当厳重に隠してあるらしく普通の手段では発見不能なのだそうだ。
ビシムは法国が闇に覆われる事を進めているモリビトの調査をするそうなのだが、あの性格でそんな繊細な事が出来るのか心配だった。
しかし、シルバ曰くそう言った情報収集はビシムの得意とする事なのだそうだ。
「法国の事はビシムに任せておけ。それよりシルバはユズをしっかり守るのだぞ」
「外界に行くのでは無いのだ。問題無い。さあ、そろそろ行くぞ」
シルバがそう言うと転移術による空間の裂け目みたいなのが発生し、どこかの建物の中の景色が見えている。行き先はかなり薄暗い。
転移にもそこそこ慣れた私は、この門と呼ばれる裂け目を超えた。後ろからシルバも直ぐに来た。
空気が明らかに違う。じっとりとした重い湿度にカビ臭さと土の匂いがした。
場所は藁屋根の建造物の土間に居た。外から鳩の鳴き声に似た音がしていた。家畜でも飼っているのか、獣臭も少し感じられる。
「ここは聖王国でブランが管理している建物だ。奴は料理がどうのといつも言ってはいるが、転移術は法国最高峰なのだ。法国外に出るならブランの門を使うに限る」
ブランには闇の事を話ていない。しかし、どうあってもブランはシルバに協力的だ。シルバ曰くブランとは元々そう言う人物なのだそうだ。
他人のやっている事は気にしないし、自身に理があれば何でも協力する、それがブランなのだ。
建物の外に出るて太陽が眩しかった。ここは街道の途中にある休憩所のような場所だった。人は誰も居なかったが街道を何かが進んで来る音がする。
緑の敷石の街道を赤い巨大なトカゲが引く荷車が通過して行った。私はこれまでに無いほどの異世界を感じていた。




