仕事の終わりに20
シルバは朝から興奮していた。例の法国を覆ってしまう闇の正体が分かったのだそうだ。
別にシルバの行動を逐次監視している訳では無いが、この老人が休息しているところを見た事がない。
サンタクロースみたいな髭だから老人だと思っていたが、実は違うのかもしれない。実際、体つきはムキムキなのだ。
「シルバよ。闇の正体もいいが、これを引き起こしている者の手がかりはあるのか?」
ビシムが鋭い指摘をする。確かに私達は闇が来ないようにするのが目的だ。誰が何の為に法国を闇にするのか、それが分からなければ防ぎようがないのだ。
「何者の手によるのかわ分からぬ。だが、このような現象を引き起こす事が出来る者はかなり限定されるだろう」
シルバの言から闇を齎す者は絞られる。つまり闇はモリビトによって齎される可能性もある事のように感じる。
そうなれば、この国に居る事がそもそも危険なのかもしれない。拠り所がここしかない私にとっては不安要素でしかないのだ。
「ではまずは聞こう。この闇は何なのだ?」
「ふむ。何と答える事は出来ないのだが、この闇はこれまで観測された事の無い現象だ。この闇は完全なる闇。一切の光が存在しないのだ」
シルバの説明を聞いてビシムは少し考え込んだが、私にはピンとこない。
「光を一切通さない箱の中は完全に闇になるんじゃないですか?」
「それを実現する事は出来ないのだ。世界は光から逃れる事は出来ない。どんな物質でれ空間であれ光は微弱でも存在する。つまり4年の後に来る闇は、これまで何者もなし得なかった完全なる闇だ。そんな事が可能なのは何者なのか、答えは単純だ。参人のいずれかであろう」
「それは答えを急ぎすぎだろう」
ビシムが反論する。
「そうだな。だが、モリビトが次存在を創り出したのであれば、あり得るだろう。次世界を始める存在なのだ。現世界を如何様にも変化させる事が出来る。我はこの闇を次世界移行現象の一種であると考えている」
「そんな事を全知球は示していないだろう!」
ビシムは声を少し荒げてから、また考え込んでしまった。
「そうだ。全知球は次世界移行の兆候する示していない。だから我は参人の仕業と語ったのだ。ウミビトかそれともヤマビトが次世界移行に至った可能性があるという事だ」
「それはあり得ん! ウミビトやヤマビトに次世界移行の可能性は無いだろう。種として閉じ過ぎている。いや、それは現在のモリビトにも言える事だ。だからこそ全知球は反応していないのだ。いかん、繰り返しだな」
ビシムは混乱している。次世界移行とやらがモリビトにとっては重要事項なのだろう。
種を賭して次存在に至ろうとする気持ちとはどういったものなのだろうか。
いや、今見までシルバやビシムやブランを見ていると、何か目的が無いと生きていられないのではと思う事がある。モリビトの言う参人思想とか言うものは、本当に本能として組み込まれているのかもしれない。
「闇が次存在に至る何かだとすると、シルバさんはこれを受けいれるんですか?」
肝心な事だ。昨日までは闇が覆う未来は許容出来ないという話だった。しかし、闇はモリビトが望む未来なのかもしれない。
「我がそれを受け入れる訳がないだろう。仮にモリビトの成す結果だとして、何故それを隠す? 未来視されぬようにするのだ? しかも大綱を全知球を歪ませてまで成そうとする? 答えは簡単だ。その闇を望む者は安易で間違えた答えに縋りたいのだ。故に隠し騙し陥れる。そうした者が次存在に至る訳が無い。闇は恐らく手酷い失敗による末路だ。そんな事を我が許す訳がない。我が表に引き摺り出して、正しく裁いてやろうではないか!」
シルバの感情はやはり激しい。過去に苦渋を舐めたような事だったので、今は復讐の炎に燃えているのだろうか。
「原因はどうあれシルバの意見には賛成だ。しかし、まだ何もかも推論を出ない状態だ。まずは全知球を慎重に調べる必要があるな」
「それもそうだが、闇についてはもう一つ分かっている事がある。ビシムの未来で闇に消える瞬間だが、闇には速さと指向性があった。速さは光と同じであり、闇の発生元は恐らくは西、そして文明界にある可能性が高い」
ビシムの4年後は何も言えないと言うビシムと闇に消える映像であった。闇は何の前ぶれもなくカメラの電源が落ちたように一瞬で映像を覆ったが、シルバはそこから色々調べたようだ。発生元の特定まで頭が回るのは流石といったところか。
「では文明界での情報収集も要る訳だな。そうなると少々厄介だな」
ビシムは私を一瞬見てから頭を捻っている。
「考えても仕方の無い事だ。それにこの3人があの未来を見たという事が一つの答えだろう。文明界の調査はユズに協力してもらう。それしかあるまい」
急に私の名前が出てびっくりした。
「え!? 私ですか?」
「そうだ。モリビトは文明界に直接介入する事は出来ない。だが、法国内から出る文明界人への同行となれば、ある程度の権限が手に入るのだ」
「ちょっと待って下さい! 私は文明界人では無く次世界人ですよ」
「だが、それを見分けられる者は我とビシムとブラン以外にはいない。ならば法国内にいるモリビト以外のヒト種は文明界人であろう」
シルバは私を文明界人に仕立て上げて法を破ろうとしているのだ。法国を名乗る国の民にあるまじき行為だ。
「それ、気付かれてしまったらどうなるんですか?」
「気付かれる事など確実に無い。もしそうなったとしても法国内に連れ戻されるだけだ」
それ程厳しい罰則は無いようだ。しかし、そんな事して大丈夫なのだろうか。気になってビシムの方を見ると目が合った。
「ビシムはその案に完全同意は出来ない。ユズを危険に晒す事になる」
心配してくれているのは嬉しいが、違反行為はもはや問題無い部分が私的には気になる。
「やはり、法律違反は駄目なんじゃないでしょうか?」
「法を語るなら、ユズを法に定めた場合は全知球に事情を全て話す事になる。そうなれば、我々は別々に隔離され、ただ何もする事無く闇を迎える事になるがいいのか?」
そうだった。法国の中枢もかなり臭いんだった。何の拠り所も無い私が知らない国家に頼るのは危険な気がする。
少なくとも人と成りを見ているシルバとビシムを信用するしか無いし、私の感覚としては信じていい人達だと思っている。
「よくはないです。ただ、協力と言っても私に出来る事はあまり無いと思いますよ」
「そこについては心配いらん。我が同行者として事に当たる。権限があれば、文明界ではどうにでもなる。それに、我は文明界と外界の知識があるからな」
「まあ、そうだな。ユズにはビシムが付いて行ってやりたいが、ビシムには文明界の知識は無い。ひとまず、全知球の調査とユズの防衛についてはビシムがやる。それでいいな?」
「全知球は任せる。防衛については勝手にするがいい。我は攻めるのは得意だが、守るのは性に合わないからな」
何やら分担が決まったようだが、どうやら私は操り人形やっていればいいようだ。正直、何やらされるのか心配だったが詳しい人に着いて回るなら安心だ。
「ではビシムは準備に入るとするが、その前にビシムを使って未来を視ておこうというユズの案を試してみないか? ビシムも未来で何を語るのか興味がある」
「分かった。少し待て」
シルバが未来を視るために雲外鏡を操作すると、例の巨大な目玉にビシムの映像が映った。
「聖王国にて冒険者業を開業せよ」
未来のビシムはそれだけ語った。冒険者業というとファンタジー物にある依頼を受けて報酬を貰うアレだろうか。
「冒険者業とはなんだ?」
「さあ、ビシムにも分からない」
いきなり不穏な空気が流れてきた。




