仕事の終わりに18
真っ暗な未来を視た。文字通り闇しか無い光景が私の4年後の未来なのだそうだ。
なんらかの機械によるシミュレーションであれば、結果を得られなかった場合にブランクとして真っ黒なんて事はあるだろうが、これはどうやらそういう事ではないらしい。
不足の自体のようなので、球体モニターに映像を写してもらった。
「光の届かない場所に閉じ込められているという可能性は無いのか?」
ビシムが私の未来を視てシルバに問う。確かにその可能性はあるだろう。
「違うな。これはそういった景色では無い。音も光も何も検出されていないのだ。しかし、これはユズの未来として法国内で起こり得る現象なのだ」
シルバは思案している。これは過去にあった未来視の結果の中でも特異な事なのだろう。
という事は、次世界人である私にしか起こり得ない事なのだろうか。
「私が元の世界に戻り、結果として何も見えないという事はあり得るんですか?」
「次世界の物質や空間、存在といった物が我々モリビトに認識出来ない可能性はある。だが、そうならば今、我々はユズを認識出来ないし、この未来の像をユズが闇と認識している事も無いだろう。恐らくはこれまで観測例の無い現象が起こっているという事しか分からん」
「何が起こっているのか観測するのであれば、ビシムの4年後も視れば比較出来るだろう。少ないともビシムの1年後はそう変わったものでは無かった」
ビシムの提案を受けてシルバが雲外鏡を操作する。
巨大な球体モニターに写し出された映像は、私と同じ闇であった。
「やはり、法国に何かが起きる可能性がある事は間違い無いな。そうなると、いつこの現象が発生するのかが重要になってくるな」
ビシムはシルバに目線を送ると、シルバは再び雲外鏡を操作した。
やる事は明白だ。この闇から少しずつ時間を戻して、いつから闇が法国に発生するのか調べるのだ。
シルバが時間を戻していると、ビシムの像が写し出された。ビシムは変わらない姿で自室に居るようだ。
椅子に座り何かを待つようにしているところを見ると、闇となる未来を知った行動のようだ。
やがて、未来のビシムは語り始めた。
『今のビシムから語れる事は何も無い』
ビシムはそれだけ語ると景色は一瞬で闇に包まれた。
「え、どういう事?」
思わず言葉が漏れてしまったのは、未来のビシムが真剣そのものであった事だ。
「簡単な事だ。過去のビシム達が未来を知る事自体が問題あるのだろう。少なくともあの闇はビシム達にとって望む未来では無いという事だ。そして、今のビシム達が未来を知る事によって状況は悪くなるのだろう。だから未来のビシムはあのように言ったのだと思う」
「ここから詳しく未来を調べるなという事だな。そうなると、あの闇は自然現象では無いのだろう。自然現象であれば対策するなり、ビシムも避難している。つまりは何者かによって法国は闇に沈む訳だ。しかも容易には回避出来ない。加えて我々が未来を知ってはならんという事は、我々は闇を齎す者から監視されているという事になる」
シルバとビシムの推理が展開している。正直、この二人は頭が切れると思っていたが、天才レベルなのかもしれない。
そうして、二人の推理から私にも分かる事がある。
「闇を齎す者はこの3人の誰かなんでしょうか?」
「その可能性はある。今のビシムにその気は無いが、未来の事は分からんからな。未来のビシムが語る事が無いと言ったのも未来視を牽制する為かもしれない。一つ言える事は、法国が闇に沈む事を良しとするかどうかだ。ビシムはそれを許容しない。知った以上は抗うつもりだ」
不穏な空気が流れだしたこの場に、ビシムの竹を割ったような意見が刺さった。
未来を知った自分はどうするのかという事だ。私は4年後も自分の世界に戻れておらず、闇に没している。ならば私も抗いたい気持ちはある。
「私もやりたい事あります。今のままでは60年待つ事も出来ないなら、せめて先が望めるようにはしたいです」
シルバは何も言わずに雲外鏡を操作している。何を写そうとしているのか分からないが、何も映らない。
「闇になるのならば我の未来も視てみたが、我は4年後に法国にはいないようだ」
「未来を視るなのビシムが警告しているのに何故視た?」
「確認したくなってな。我も訳の分からぬ物に未来を閉ざされる事は許容したくない。ならば、我がどうしているのか確かめる必要があった。それに、我の未来だけ視ないのは平等では無いだろう」
「シルバが法国に居ないという事は、闇が来る要因は法国内に無いという事か。どうやらビシムはまた余計な未来を知ってしまったようだ」
「どういう事なんですか?」
「ユズには説明が必要か。そうだな、まず雲外鏡が視る未来は法国内に限られる。我は闇に沈む時間に未来視の範囲外に居たようだ。ならば、闇に沈む事を阻止する為に動いている我は、原因を法国外に見出しているという事だ」
未来視に範囲がある事は聞いていたが、どうやら法国内はカバーしているようだ。そこから色々と推理が巡るのは、流石未来視の権威といったところだ。
「未来視の範囲を拡大、または変更は出来ないんですか?」
法国外が原因ならシルバの居る場所が分かればかなり核心に近づくのではないだろうか。
「それは難しい。大綱に許容されていない未来視は、法国外への干渉が許可される事は無いだろう」
ビシムの視線かシルバに向いた。私とシルバのやり取りを聞いてビシムが何か思いついたようだ。
「なるほど大綱か。一つ分かった事がある。闇を齎す者は法国外にあるかもしれないが、法国自体もこの現象に加担しているという事だ」
「どういう事だ?」
「300年程前にシルバの研究は大綱から外れたな。それ以前は未来視も盛んだったし、ビシムも未来視をしていた。ビシムの未来視の記録を見たが、今から4年後より先の未来視もあった。つまり、未来視が行われなくなってから、闇が齎される未来へと事が運んだ訳だ。これが偶然とは思えない。未来が無いと分かればモリビトの大半は抗うだろう。それを良しとしなかった者が法国内にいるという事だ。しかも大綱に関わる者、つまり全知球の中に居る事は間違い無い」
過去の事情は分からないが、法国の偉い人が闇に関わっているという事は分かる。
「では何か? そんな詰まらぬ理由で我の研究は大綱から外れたという事か? 未来を知ってモリビトの自死者が急増したと言うのも虚偽か?」
シルバから底知れ無い怒りを感じる。
「ビシムに真偽は分からない。だが、シルバは当時全てを知る事が出来たし、確かめる事も出来た。その上で大綱から外れる事を許容したのだろう? ならば過去に怒るのは違うだろう。今を怒り未来に繋ぐのがモリビトの理知ではないか?」
爆発しそうなシルバをビシムの厳しくも信頼を感じる言葉が抑える。
私はこの御伽の国のような世界に、文明の最高到達点のような憧れを感じていた。
確かに完全に解放された探究心とそれを実現する技術がここにはあるが、それでも他者を貶め世界を破壊する行為は無くならないのだと知った。