仕事の終わりに15
ビシムはシルバビルに住むという事らしい。
シルバにはそんな想定は無さそうなので、ビシムが急に言い出した事なのだろう。理由は、恐らく私に興味があるからなのか。
「住んでどうする。ここでそちらの研究が進むとも思えんが」
「ビシムの研究に場所は関係ない。それに、ここは希望さえあれば誰でも住んでいいのだろう?」
誰でも住んでいいのに、私が呼ばれるまではシルバしか住んでいなかったという事は、人気の無い物件なのだろうか。いや、何か事情があるだろうが、気持ちのいい事では無いのだろう。
「次世界人との交配が目当てか? そうなのであれば、もはや縛りは無い。当人との合意があれば、何処へ行くのも自由だぞ」
シルバが静かな攻撃性を発揮している。強い拒絶、いや拒絶から身を守る予防線のようにも感じる。
ビシムが呆れた顔をしているので、私の感想は合っていそうだ。
「シルバは相変わらず過去に拘るな。我等モリビトは未来を見て研究をしているのでは無いのか? ビシムはユズとそして久しぶりに会ったシルバにも未来を見たぞ。だからこそ、ここに住むのだ」
「ただ漠然と未来を覗き見る者に未来は無い。それは我が一番知るところであり、この国では周知の事実だろう」
「はみ出し者と謗られても変えないビシムやブランと違ってシルバは大綱に沿っているように振る舞っているが、その実、一番はみ出しているぞ。いい加減、未来視の研究を再開したらどうだ」
「その話をするつもりは無い。住むというなら住めばよい。さあ、二人とも失せよ!」
普段から落ち着いておりマイペースのシルバが声を荒げて驚いてしまった。とてもこの場に居れる雰囲気では無い。
呆れた顔をしたビシムが下に行こうと目配せをしているので、私は無言のままシルバの部屋を出た。
―
行き場がここしか無いので自室に戻るとビシムも付いて来た。
「ビシムの部屋はユズの隣りにするがいいか?」
さっきの雰囲気をまるで意に介さないビシムは、どんどんと事を進めようとしている。
「隣りですか? 別にいいですよ。それよりシルバさんは怒ってたみたいなんですが、いいんですか?」
「シルバ? ああ、気にしなくていい。ビシムの10倍は生きているのに、子供のようなところが抜けないのは変わらないからな。いつもの事だ」
いつもの事のようだ。しかし、シルバは過去にかなりの挫折を経験しているように感じた。何か事情があることはこれまでの感じで分かっていたが、どうやら未来視研究というものが原因のようだ。
ビシムに聞いたら教えてくれるだろうが、なんとなく当人に許可無く聞くのは違うと思った。
「急に住む場所を変えても大丈夫なんですか? 同居のご家族とか居ないですか? 確か双子の兄弟が居ましたよね」
何故か焦ってしまい、話題を逸そうと色々聞いてしまった。
「ビシムには兄も弟もいないが?」
「あれ、おかしいな。シルバさんが黒い箱で見せてくれたときは二人いたのに」
何かを察したようにビシムは宙空から黒い箱を取り出して、シルバがしたように壁に押しつけた。
例によって壁から人が出てくる。人形らしいのだが完全に人にしか見えない。
前は二人だったが、今回は一人でビシムと同じ顔をした男性だ。
何故かこの黒い箱から出てくるビシムは全裸なのだ。しかも、股間にある立派なモノがバキバキになっている。
「これの事か?」
「わぁー! こ、これです。分かりましたから早くしまって下さい」
ビシムが黒い箱を操作すると、人形は直ぐに壁へと戻って行った。
「あれは、ビシムの標本だ。細部に至るまで同じにする為に、シルバに手伝ってもらったのだ。奴め、捨てずに持っていたという事は、ビシムの戦略も完全に失敗した訳ではないようだな」
何か言っているが、突っ込みどころが多すぎる。
「ビシムさんでは無いでしょ? だって男性でしたよ」
「いやビシムだ。ビシムは性別を変える事が出来るのだ。あれは男性体と女性体でそれぞれ標本を取った」
なにそれ、モリビトとはそういう種族なのだろうか。
「モリビトでは当たり前の事なんでしょうか?」
「いいや、ビシムが自分用に調整した術と術具によるものだ。ビシム以外にやる者はいない。ユズと子を成す事になったらビシムが男性体になって、しようと思っていたのだ」
何かとんでもない事を言われたがスルーしておこう。
「へえー、割と簡単に性別を変えられるものなんですか」
「簡単ではない。完全移行に20日は必要だな」
それにしたって、今のムチムチのボインボインボディが
ムキムキのビキバキになるのが信じられない。まあ、ワープしたり建物を空に浮かせたりしているのだから、あり得えそうではあるし、ビシムはガチで言っているのだろう。
「そう言えば、住むんだったら引越ししないとじゃないですか?」
「うーん、そうだな。荷物はどうにでもなるが、部屋の調整には少し時間がかかりそうだ」
壁から人出すくらいだから、内装くらいサクッと変えれそうなものだが、シルバに手伝ってもらったエピソードからすると、苦手なのかもしれない。
「何か手伝いましょうか? と言っても術的な事は何も出来ませんが」
私の申し出にビシムの表情がパァっと輝く。
「部屋の装飾にユズの意見は欲しいなと思っていたのだ。一緒に来てくれると嬉しい」
「え、じゃあ、行きましょう」
シルバに呼ばれたが今の状況では何も出来ないだろう。そうなると今日はもうする事がない。ビシムと隣りの部屋に行く事にした。
――
ビシムの部屋が完全した。私の常識で測るなら、この内装工事には一ヵ月は必要だろう。それがたった数時間で出来てしまったのだ。
モリビトにとって白樹とは思い通りに自動で整形される粘土のような物のようだ。
ビシムの部屋の趣向は自然そのものが主題なのだろう。まず、床が芝生みたいな草で構成されている。
これまでのビシムのイメージから、完全にエロキャラだったので、どんなエッティな部屋になるのかびびっていたが、至ってナチュラル全振りの部屋となった。どうやら汚れていたのは私の思考の方だった。
照明も光を放つ花であるとか、樹皮のような壁とか、妖精の棲家かよと心の中で突っ込んだが、正直に言うと良い趣味をしていると思う。私生活を完全に二次元趣味に全振りした私には考えられない思考だ。
私のセンスが介在する余地があるはずも無いと思っていたが、そこは異世界知識という唯一なんとかなりそうな取り得で少しは貢献出来た。
お風呂文化の導入、完全に私の手柄では無いが、そこは自己発想と信じて自尊心の回復に努める。
ビシム曰く、スライム風呂は好きでは無いそうだ。偶に雨のような感じで水浴びをする事はあったそうだ。どこまでナチュラルガールなのか。
水浴びを入浴というシステムに置き換えてみてはという提案にビシムはがっつりと興味を示した。
部屋の中に温泉宿かよというサイズ感の湯船が設置されている。通常の物件であれば湿気で部屋がえらい事になるが、そこは異世界技術でどうにでもなっていた。
という訳で実装した機能はチェックしなければならないので、私はビシムと風呂に入っている。何故か妖精の浴に紛れ込んだ疲れたアラサー女という図式になっている。
ビシムは入浴というシステムを気にいったようで、湯につかり寛いでいる。
ゆるい角度の浴槽に仰向けに寝ているビシムがこちらを見た。
「ユズはこちらの世界で何を欲する?」
この緩んだ空気に似つかわしく無い、そんな質問が来た気がした。




