仕事の終わりに13
こちらに来てからというもの運動と言える動きしていない。
今までもしてこなかったが、仕事の関係上激しい頭脳労働をしていたので、エネルギーの消費は凄かったのだ。
こちらに来てあわあわしたのも数日で、割と安定した環境であった事から、基本的に食っちゃ寝ての生活であったと言わざるを得ない。
体重がどうのと一喜一憂した事は無いが、日々の仕事の中でウエストや腿周りが少しずつキツくなっている事に、うっすらと危機感はあったのだ。
最近は服着たままのスライム洗浄に慣れてしまったので、自身のフォルムを確認する事すらしていなかった。
服がキツくなっていないから忘れていたのもある。やはり付くところには付いてしまっているのだろう。
「その、体重増加については、私の不摂生が原因ではないでしょうか」
「ユズの体組成はほぼ変化していない。しかし、重量は変化しているので調べてみたら、質量増大が確認出来た。これは結構凄いこと、ビシムも初めて見る」
ビシムさんはやや興奮気味のようだ。質量と重量?何が違うのか、驚きポイントはいまいち分からない。
「質量増大という事は、何らかの領域に接続がされたという事か?」
「まだ調べてみないと分からないけど、恐らくはそう。ユズは次世界人だから、生命樹を介して次世界と繋がったのかも。それとも枝の無い生命樹には、世界拡張の可能性があるのかもしれない」
何か凄い事が起こっているっぽいが、論点は分からない。私の事なので、私としても気になり。
「その、世界拡張って何ですか? 私に何か不味い事でも起こっているんですか?」
シルバが髭を触りながらこちらに目線を向ける。
「ふむ。まだ分からない事もあるが、即座に何か危険がある事は無い。それは断言しよう。世界拡張については説明が少し難しいな」
「相変わらず説明下手だね」
ブランさんがキッチンから作業を終えてやって来た。
「でも、シルバさんは生命樹の育て方は丁寧に説明してくれましたよ」
「それはハティの成果だね。シルバは天賦の才に恵まれてはいるけど、口下手だからね。よくまとまった教材を使ってシルバはユズに説明したんだよ」
何やら知らない名前が出てきた。しかし、生命樹の説明が後日だったのはそういう理由だったのか。当時は忙しいからという感じだったが、実は調べてくれていたのか。
シルバはブランの方を睨んでいる。
「ユズ安心していいよ。ビシムの見立てでは、ユズの生命樹は不可視領域である円の中心を通じて何らかの領域と接続している。繋がったからその領域分の質量がユズに加算されているだけ。領域を使って何かをしない限りは、通常の生命樹と同じにしか作用しないし、不可視領域の使い方なんて誰も知らないから、恐らく誰であっても手出し出来ないはず」
ビシムさんがさらさらと説明してくれた。どうやら使えなさそうな重しが乗っただけのようだ。しかし、重くなったという実感すら無い。
「このまま重くなって大丈夫なんでしょうか?」
「それも恐らく問題無い。過去の事例でも増えた質量は生命樹が認識しているから、その分の空間影響力も増大する。つまり、質量がどれだけ増えても、その分の力を得るから当人の認識にズレは生じない。ただし、質量は重量となるから、あまりに増えすぎると周囲の物体を破壊する可能性はある」
うーん、重くなるかもしれないけど、その分パワーが付くから生活に支障は無いという事のようだ。
「ちなみに今どれくらい重くなっているんですか? 自分では分からないので」
「鳥の羽が一枚乗った程度。過去の事例でもそれくらいだった」
どうやら問題なさそうだ。
「おっと、浮遊樹の接続が終わったみたいだ。これで歩いて帰れるよ。ユズは自室で休んだ方がいいんじゃない?」
接続? この食堂というかお店は窓が無いから分からないが、どうやら動いていたのだろうか。そんな揺れは一切感じなかったが。
「ユズ、ビシムが送っていこうか?」
確かにどこがどう繋がったのかは分からない。
シルバの方を見ると、勝手にせよと言わんばかりに首を一回縦にふって、その後はブランさんと話をし始めてしまった。
「では、帰り道教えて頂く程度でいいので」
そう言うとビシムさんは私の手を握って、ゆっくりと立ち上がるのを補助してくれた。
「行こ」
ビシムさんは手を握ったまま店の入り口の方へと誘ってくれた。
丸い扉を出ると、左右にしか無かった通路の他に、正面にも通路が出来上がっていた。
通路には小窓が付いているので外の景色が見えたが、どうやら私とシルバの住んでいる浮遊樹に繋がっているようだ。
通路を抜けると見慣れた景色になった。恐らくここは私の住んでいるビル的な建物の四階だ。
「あ、ここまでくれば分かります」
そう言って階段の方に体を向けると、一瞬頭がくらっとした。まだ、結構酔いが回っているようだ。
離れかけた私とビシムさんの手が再び繋がった。
「まだ送る。部屋は何階?」
「え、ええと、7階です」
そう言うと、またゆっくりと誘われた。
階段を登ると酔いがまだかなり残っている事を感じさせる。
なんだか視界が狭くなってきた。歩くのも段々と億劫になってきた。
途中から宙に浮かんでいるような感覚になってきた。
―――
眠りから覚める瞬間の心地よさは日によって違う。今日はすっきりと起きれた気がした。
もう見慣れた天井がある、が、何かいつもと違う。服を着ていないのだ。
いつも下は脱いで寝るが、今日は上も脱いでいる。まあ、暑いと上を脱ぐ事もあるから、そう変でもない。
暑い?暑いというより熱い。いやあったかい。自分以外の体温を感じる。
天井から自分の体の方に視界を向けると、クリーム色の髪がサラサラと流れる誰かの頭が見えた。
自分の脚に誰かの脚が絡まっている感触がある。もっちり、しっとりとした質感が全身から伝わってくる。
私も何も着ていないが、この何者かも服を着ていない。
緊急事態である事は間違い無いので、頭が一気にフル回転し始める。
これは誰なのか。顔を確認すると、無防備な寝顔が飛び込んで来たが、この顔は知っている。昨日会ったビシムさんだ。
誰かは分かったが、どうしてこうなったのか理由が分からない。
昨日ブランさんのお店で食事をして、私の生命樹をビシムさんに調べでもらって、何か凄い事が起きているが心配無用というところまでははっきり記憶がある。
部屋まで歩いて帰る的な流れだったような気がするが、どこをどう歩いたのか。大体、私はブランさんのお店にシルバの転移術とやらでワープしたのだ。歩きで帰るのは無理なのでは。
そう言えば、ビシムさんは私と子作りしたい的な事を言っていたが、まさか色々と致してしまったという事なのだろうか。
身体的には何の変化も感じられない。というか、実体験した事がないので致したらどうなるのか分からない。知識としてはあっても経験は無いので、これについて私は無力だ。
そうこう思考が巡っている内に、ビシムさんが目を覚ましてようだ。
モゾモゾとビシムさんの全身が動き、どうやら指がからんでいたお互いの手に、ビシムさんの方からゆっくりと握られた。
「ユズ、良い朝だな」
寝起きとは思えないほどに透き通った声でビシムさんはそう言った。