仕事の終わりに12
何故どうしてと思う前にビシムさんの真っ直ぐな眼差しが、これは本気なんだと思わせてくる。
しかし、私も一応は女性、ビシムさんも女性でどうするつもりなのか。もしかしてビシムさんは両性…という感じではないのは、このほぼ全裸に等しい装いが物語っている。
とりあえず、私としての意思表明はしておく。
「無理です」
この言葉には色々と加味した上での拒否の意味が込められている。
「そんな…」
ビシムさんは、ガーンという書き文字が似合いそうなくらいにショックを受けているようだ。落ち着いて印象だったが、こうやって見ると以外に感情豊かで、子供っぽいところもあるのかもと思えてくる。
「いきなりそんな事を言われて承諾する者などいないだろう。ビシムは何事も性急が過ぎる」
「想いは直ぐに伝える。それが自然な事だろう?」
「事情を知らない者には正しくとも伝わらないものだよ。文明界人と話をしているとよくある。ユズも似たような状況じゃないかな」
モリビトのシルバ、ビシム、ブランと人が違えば考え方も違うようだ。今日、三者三様を見てそう思った。
「皆さんはそれぞれ違う研究をしていて、今は研究者の集まりという事ですか?」
「違う研究か。確かにそうだが、そうだな。我々の目的が共通していると言ったら信じられるか?」
シルバの問われて、とても共通点があるようには思えない。シルバに至っては何の研究をしているのかも分かっていないのだ。
「共通点は分からないです」
「そうか、では順を追って説明しよう。ユズよ、遥か未来の先まで生存が確定した知性体がいるとする。個体の死も超越し、文明も消失する心配が無くなった場合、その種は生存するに当たり何を求めるのだと思う?」
何やら哲学的な質問がきた。
「さあ、幸せとかですか?」
「生において平穏も刺激も思うがままならばどうだ? 個の自由意志が確約されており、それでいて崩壊しない文明があったとしたら、その文明の終着とは何だ?」
「全てやり尽くして考え得る全てが手に入るならば、後は飽きて自死するしかないんじゃないでしょうか」
シルバ達は私の答えを聞いて何か目配せをしている。
「ユズ、モリビトの死因で一番多いのが自死だ。次いで事故死が多い。我々モリビトは時に飽くように出来ている」
何となくシルバの問いがモリビトを現す事なのだとは思っていた。という事は彼等の研究とは飽きるまでの暇つぶしなのだろうか。
「では、ブランさんはこの世の料理全てを編纂したらならば、死んでしまうんですか?」
「ははっ。さあ、どうだろうね。全ての料理の先に僕達の求める答えが無かったとしたら、そうなるかもしれないね」
ブランさんは軽い感じで重い答えをした。
「モリビトは自死する為に存在しているのでは無い。我々モリビトには他種には無い本能のようなものがある。我々はそれを参人思想と呼んでいる」
「参人思想ですか?」
「我々モリビト以外に二つの種族が到達した思想故に参人思想と呼ぶ。当然、種によって思想の向かう先は違うがな」
モリビト以外にも同じような高度な文明を持つ種がまだ居るという事は分かった。
「参人思想ってどんな感じなんですか? 本能に近いならば抑制する事は難しいんでしょうか」
「参人思想とは基本的に次存在に至る事だ。次存在に至る研究を我々はしている」
次存在とは何なのか分からないが、私が呼ばれている次世界人と似ている。つまりシルバ達モリビトが私のような人になる為の研究なのだろうか。
「次存在と次世界人は何か関係があるんでしょうか?」
「無関係では無いな。次世界人とは次世界に生まれた人、つまり結果である。我々が求めるのは、今世界を次世界に導く存在だ。次存在が人の枠に収まる者なのか、それは分からないが至る経路に人が関わる事は間違いない。故にモリビトは次存在に繋がるであろう新種を探し求めている」
新種の探求がモリビトの参人思想の骨子なのだろうか。
「それであればモリビトかまたは他のニ種のいずれかが次存在に繋がるという事ではないのでしょうか?」
「ユズ、それは違うぞ! ビシムの生命樹系統研究によれば、モリビト、ウミビト、ヤマビトのいずれもそのままでは次存在に至らない。参人はある種完全されているが故に変化に乏しいのだ。ビシムの研究によればモリビトの近親種が次存在へ至るのだ」
「それは結論を急ぎすぎだ。自論を国の大綱に乗せてから言うべき言葉だな」
「僕もシルバに賛成だね。ビシムがさっき言った通り、モリビトの変化は緩やかだ。なればこそ身体の構成に欠かせない食事が重要なんだよ」
「いいや、生殖こそが劇的な変化を生む! 単純な組み合わせによる生殖が無意味な事は証明されているのだから、生殖にまでに至る過程が重要なのだ!」
なんだか激論になってきた。
ブランさんはいつもの事なのか、私に目配せして白っぽい飲み物を出してくれた。目線の先にはソファー席のような場所があるので、あっちに行っていろという事だろう。
私は飲み物の入ったジョッキのような器を持って、カウンター席からソファーへと移動した。
シルバ達の激論は続いている。飲み物に口を付けると果実のような甘味と若干の酒精を感じた。
ジンワリと体が温かくなってくるのが分かる。これは寝落ちしたら気持ちいいだろうなという気分になってきた。
まだ、シルバ達の討論は止まない。言葉が意味を成さない音に聞こえてきた。ガヤガヤという心地よい喧騒のようだ。
そうして自然に瞼が落ちてきた。
――
時間が一瞬で飛んだように感じた。場所はブランさんの店のままだが、隣りに誰か居る。
密着するようにビシムさんが座っており、シルバはテーブル席が集まっている辺りで何か作業をしていた。
ブランさんは姿が見えないが、カウンター奥のキッチンで音がしているので、片付けでもしているのだろう。
「起きた?ユズ」
優しい声色とあまりに近い距離感に体が一瞬ビクッとした。
「起きました。すいません、寝てしまったようで」
「いいのだ。二人がつまらん事を言い出したので話が長くなってしまった」
ビシムさんが申し訳無さそうな顔をしている。が、それよりもこの密着状態はいつ終わるのだろうか。
「我だけが悪いかのように言うな。それよりも今日来た目的を果たさせてもらうぞ」
シルバがテーブル席の方からスタスタとやって来た。
「ユズの生命樹を診るのだったな。いいだろう。ビシムも興味がある」
ビシムさんがようやく離れると、どこからともなくホースが絡まったような球体を取り出した。
ビシムさんが球体を操作すると、ホースの絡みが解れて触手のようにウネウネ動きだした。
「それ、なんですか?」
ちょっと恐ろしかったので思わず質問してしまった。
「生命樹と身体の結合を見る術具だ。今からユズを調べるがいいか? 調べる間ユズには何も触れないので心配しなくていい」
確かに触手は先端を光らせながら、私の周りをウネウネしているだけだ。
「はい。いいです」
「少し生命樹を意識してみてくれ」
「こうですか?」
「そうだ。いいぞ」
何かレントゲンのような透視系の検査に似ている。検査は終わったのか、触手の光は消えて元のボール状に戻っていった。
「どうでしたか?」
「ふむ。まだ詳しく調べていない段階なのだが、ユズは確実に質量増大の傾向にある」
それって、太っていってるって事なのでは?