魔王様はお終い9
シルバの出した提案について、私は何も知らない。もちろん、私が魔王にした提案も事前に何も話していない。
というのも、魔国で移住を募るにあたっては、まずはヤマビトの文化や考え方を知ってからにしようと、ざっくりとした取り決めしかしていなかった。
まさか、いきなり一国の王が出てくるなど予想もしておらず、アドリブで話をしていただけなのだ。
だから、シルバが私の提案に重ねてきた事は、正直驚いている。
「シルバ氏が示している物は、感覚共有の術式のようですが、それで限られた時が伸びるとでも言いたいのですかな? 大地の輪で全てを共有し合っているヤマビトに、感覚共有術を出してくるとは、大した自信ですな」
「この術自体は大した物では無い」
「そんな事は分かっています! この術式には肝心な事が記されていない。これは何と感覚を共有する術なのですかな?」
魔王はその小さな石人ボディでシルバの前に仁王立ちしている。
「これはウミビトと感覚を共有する術だ」
「ウミビト! どうやら、参人をひと所に集めようとしているのは事実のようですな」
「ウミビトの時間認識は我々の60倍はある」
シルバがそこまで言うと、魔王は雷に打たれたように体を引き伸ばして、その場に倒れた。
「術で作った時間認識では無く、生物が生まれながらに持つ感覚なのであれば、無理無く同期が可能だと!?」
「そうだ。念話と同じ理屈だな。会話する機能が備わっているならば、その意の波形を読み取って同期し、理解に変える。参人には容易な事だな」
「残りの時間が同じでも、ウミビトの認識と同期すれば、最低でも数十倍の思考が可能という事ですな!!」
難しい事は分からないが、どうやらウミビトの思考速度に合わせる事で、残り時間の分割数を増やして、体感時間を増やす策のようだ。確かにそれならば、ヤマビトがわざわざ竜宮都市に行く必要が出てくる。
「感覚や思考の回数は増えるが、身体の動きそのものは緩慢に感じるぞ」
「そんな事は分かっております! 思考が増えるだけで、これまで時間不足で諦めていた事がかなり解決するかもしれない! これは多くのヤマビトが動くかもしれませんぞ!」
魔王は興奮した様子で、寝転んだままバタバタしている。
「事を起こすなら早い方がいいのでは無いか?」
「その通り! 竜宮都市にはまず拙者が行きましょう!」
「クリスタリア殿下! いきなりそれは無理じゃろうて。殿下はこの国の王なのじゃから」
「何、心配無用! 拙者が王を辞めればよいのです」
魔王の退位宣言にこの場には激震が走った。
―
興奮した魔王を宥める事になり、いきなり始まった会談は一時中止となった。ドリスは魔王を鎮める為にあの場に残り、私達は会談再開まで観光をする事になった。
展望区という、この巨大な山の山頂付近に相当する場所へと移動した。展望区は言ってみれば火山の噴火口のような場所に超未来都市がある感じだ。名前の通り見晴らしは凄まじく、とんでもない高山なのに、ここからだと霧も雲も一つも無い。
魔国の中枢はこの山の地下にあるのだが、あの上下もよく分からなくなる内球状の世界に馴染める外国人はあまりいないので、外部出身の人は展望区に集まる傾向が強いそうだ。
とりあえず食事でもと思い、どうするか考えていたらバイスが案内すると言い出した。妙な事だ。バイスは私達をそこそこ嫌っているはずなのだ。という事は何か裏があると見て間違いないだろう。
バイスの案内してくれた料理屋は、練国より南にある小国郡で一般的な料理を出す店だった。魔国で魔国料理を食べるのはアホのする事らしい。ヤマビトの味覚はかなり鈍いので、味の濃さや固さがバグっているそうだ。
店の料理は、キノコ出汁のスープに野菜と古代米と麺が入っており、キムチの素みたいなペーストが中央に鎮座している。どうやら、ペーストを好みでスープに溶かしながら調節する料理のようで、結構美味しかった。
「それで? 何か話があるんじゃないの?」
私とシルバとバイスで席を囲む、こんな状況は聖王国以来だ。
「話だと? 俺様が? お前らに?」
「私達は協力する事はある関係性だけど、仲が良い訳ではないでしょ? それなのに、バイスが私達を案内するなんて事は、何かあるんじゃないかと思って」
「何かあるかだと!じゃあ聞いてやるが、お前らは何者なんだ?いや、何を企んでいやがる!」
「何って、参人の住む町を作るのが目的だよ」
「それを言ってんじゃねえよ。何か大きな企みを動かしてやがるな? 参人を集めて何をする気なんだ?」
「さあ、分からない」
バイスはテーブルを叩きそうになって、途中で止めた。
「言った事は全部真実ってか? 俺様は嘘臭えのは全部分かる。だとしたら、全く嘘を言ってねえってのはどういう事だ? 何故、何の目的も無くそこまで危険に突っ込んでやがるんだ?」
バイスは混乱している。まあ、それもそうだろう。私の行動とリターンのバランスの取れなさは異常に映るのも理解出来る。
「私の目的は故郷に帰る事。その為にはかなり高い難度の事を解決しなくてはならない。私はそれくらい常識外れな場所から来たって事」
「天人だってのは事実だって言いたいのか?」
「実は天人では無いけど、天から降る人並みには常識外れなところから来たから、ある意味合ってるかもね」
「最終的に天に帰るなら文句はねえ。せいぜい利用してやるぜ」
「そうそう。それでいいよ。私達の邪魔さえしなければ、いっぱい利用していいよ」
「それが嘘じゃねえのも含めて、気味の悪い奴らだぜ。まあ、俺様が利用出来なくなるのも損だから一つ教えておいてやるが、ヤマビトをあまり信じるなよ」
バイスはヘルメットの口部分を開いて、グラスに入っている金色のお酒を呑んだ。
「というと?」
「ヤマビトは人も含めて生き物をばらして作り変える事に何の躊躇もねえって事だ」
「そんな風には見えなかったけど」
「奴らにとっては当たり前過ぎて、特に説明もしてねえのよ。町に居る石人の中身は大半が人なんだぜ。まあ、罪人であるがな」
「刑として石人での強制労働を強いているって事?」
私は真偽を確かめる為に、聞き先をバイスではなくシルバにした。
「ヤマビトの法に詳しくは無いが、石人を稼働させている内部構造からは、人由来の生命樹を感じる」
「ヤマビトの身体改造術は相当だぜ。性別を入れ替えるなんて1日でやっちまう。だが、ヤマビト自体にはそんな事はしないそうだ。奴らは人と自分達を区別してやがる。人はただの肉人形だと思っているのさ」
ヤマビトはかなり独特な倫理観を持っているのかもしれない。かと言ってここまで進めた交渉を無下にはしたく無い。何より、ヤマビトの移住はもうすぐそこなのだ。
「そういう事もあるなら、竜宮都市で暮らす人には、一定の法に従ってもらうように交渉を進めないとね。後で文化の違いで事件になっても、くだらないし、町として機能させるには必要な事でしょ」
そんな話をしていると、小鳥のような物が店内に入って来た。
「ヤマビトの連絡用の術具だぜ。多分、呼び出しじゃねえのか?」
小鳥のような物の箔のような透明な羽にはメッセージがあった。
(魔王クリスタリアよりユズカ氏とだけの対面会談を希望する)
メッセージには確かにそう記されていた。




