魔王様はお終い6
「少数派の何が悪ーい!!」
謎の叫び声と共にピラミッド型の天井の頂点部分に穴が開き、中から小さな物体が落下してきた。
謎の物体には短い手足があり、ポーズを取りながら着地していた。
形状は膝くらいまで高さの涙滴状の胴体に球体関節の短い手足が付いている。涙滴のツンと尖った位置、この物体が人型としたら頭に位置する場所には球体がくっついており、目玉のようにこちらをみている。
「何ですかこれ?」
素朴な疑問が口から溢れてしまった。
「これ、では無い! 拙者、クリスタリアと申す。以後はクリちゃんと呼ぶが良かろう」
非常に鬱陶しく不愉快な存在が現れた。そもそも、私はアダマスの自動翻訳で相手の言っている事を把握しており、その翻訳がこんな事になっているという事は、かなり難解で失礼な事をナチュラルに言って来ているのだろう。
「ドリスさんお知り合いですか?」
「知り合いというか、こちらは魔国の王、クリスタリア殿下じゃ」
「ドリス氏よ! 殿下は無いであろう! 拙者ら輪に連なる者に上下は存在しない。それが魔国ですぞ!」
とんでもない大物が来てしまった。しかし、となるとこちらの探りを入れに来たのかもしれない。見るからに偵察用のゴーレムが来ているし、警戒した方がいいかもしれない。
(この人相手には注意した方がいい?)
念話でシルバと交信しようとすると、直ぐさクリスタリア殿下がスライディング気味にこちらに突っ込んで来た。
「警戒は無用! 拙者に他意はありませんぞ。魔国を訪れる者の意を知り、共に歩む者ならば協力する。それが王たる者の役目。故に拙者も出来る限りを晒しに参りましたぞ。例えばこの突起…」
クリスタリア殿下が何かを説明しようとした瞬間にバイスが、殿下のゴーレムボディの目玉部分を掴んで持ち上げた。
「こいつは何なんだ? こんなのが王な訳ないだろうが」
「ひぐぅぅぅ!!!おっ!おっ!おー!!」
殿下はバイスに吊り下げられながら、短い手足をジタバタさせて奇声をあげている。
「バイスよ。離して差し上げるのじゃ。それは石人体ではあっても、間違い無く殿下なのじゃ」
そう言われたバイスが手をパッと離すと、殿下は激しく後ろに倒れて、目玉部分が激しく床に打ちつけられた。
「おおぉおおおぉぉぉー!!!」
部屋に響き渡る奇声と共に殿下は床で数秒ピクピクした後、元気よく飛び上がってポーズを取った。
「大丈夫ですか?」
「こ、こ、このようにー! 拙者が脅威とならぬよう、この突起は拙者の一番弱いところと感覚が繋がっているのです!」
駄目だ。完全なるど変態が出て来てしまった。
「警戒するなとは言うが、我らの事を勝手に調べるというが、王のやる事なのか?」
シルバはこのドタバタに飲まれる事も無く、冷静に状況を見ていたようだ。
「それは仕方の無い事。魔王は全てを知ってしまうもの。シルバ氏、ユズカ氏、バイス氏がドリス氏の連れという事ですな? そして、シルバ氏とユズカ氏は、文明界に大きく干渉をしておられる。何か大きな事をなされようとしているとお見受けしております」
魔王は私達の事を調べている。それを言ってくるという事は、私達への警告という事なのだろうか。
「私達に注目されていたとは驚きです。何か魔国として気になる事があったでしょうか?」
「これは、拙者の言い方が少し悪かったようです。拙者は知っているだけなのです。特別に調べた訳では無く、大地の輪を束ねる者として、全てを知ってしまう事は摂理であり役目なのです。これを魔国民以外に理解頂くのは難しいと思いますが、どうかご理解下さい」
「殿下の仰る事は事実じゃ。それに魔国は外への干渉はしない。何故ならばこの国は既に単独で完結しておるからな。外から必要な物は何一つ無いのじゃ」
確かに私達が邪魔なのであれば、既に行動しているか。私達を消す前に情報を聞き出す必要があったとしても、既に拘束しているだろう。
「そこの石人は知らねーが、ドリスは嘘を言ってねーぜ」
「当たり前じゃ。儂がお主らを貶める意味が何処にある。それに、ユズカの言う目的を果たすならば、最適の人物が目の前におるぞ。交渉しなくてよいのか?」
確かに、私達の目的はヤマビトを竜宮都市に誘致する事だ。魔国のトップに話が出来のであれば、これ以上の好条件は無い。
―
魔王に軽く相談したところ、話を聞いてくれるという国で、会議室のような場所に案内された。その間に王の家臣や兵と言った存在は一切現れず、あの小さなマスコットみたいな姿の魔王が、色々と準備をしてくれた。
長机が地面から生えてきて、掘りごたつみたいな席が床に出来上がった。
「拙者、ユズカ氏の話に興味あります!参人の住む町というものは、過去一度も実現した事は無いのですぞ。そこからは何か新しい物の匂いがしますなー」
小さく魔王ボディように、椅子はチャイルドシートみたいになっており、そこから乗り出すようにこちらを見てくる。ここなしか先端の目玉もにっこりしている気がする。
「そう言って頂けると助かります。殿下」
「殿下は固い感じがするのですぞ! 拙者の事はクリちゃんと呼んで頂きたい!」
呼びたくねー。完全にセクハラだろう。
「では、クリスさん、ヤマビト数人を竜宮都市に移住させる事は可能なんですね?」
「く、クリスですか…まあ、いいでしょう! ただ、魔国民を外に出すのは、今のままでは無理でしょうぞ。何故ならば、魔国民が国を出たがらないからなのです!」
「それは確かに殿下の仰る通りじゃの。魔国民が常に探求する快楽が、国外で維持出来るとは思えん。そうなれば誰も外には出んじゃろ」
「竜宮都市は既にウミビトが住む事は確約されています。そうなれば未知の種族との交流や情報交換が可能になります。それはヤマビトにとっても有益なのでは無いでしょうか?」
魔王は両肘をテーブルについて、指を組み、深刻そうなポーズを取っている。
「その有益という発想が、魔国民には無いのですよ!外部からの益が無くとも、今ある材料だけで快楽の探求は出来るのです!何か既に明確な新規性があればいいのですが、これから新たに生んでいこうという事であれば、国民は出ないでしょう…」
この快楽の探求という物が良くわからない。国を挙げて性風俗の多様性を展開しようとしているという事なのだろうか。さっき一瞬チラ見した開放区の映像だと、そんな気がしたが、やはりよく分からない。
「今の魔国民が望んでいる快楽の探求に一番足りない物、欲している物は何なんですか?」
私の問いに、魔王とドリスは顔を見合わせた。そうして魔王はこちらを向き、テーブルに乗ると、手を後ろに組んで歩きだした。
「やはり、皆さんには魔国がどういうところか理解頂く必要がありますな!ユズカ氏、正直に答えて頂きたいのですが、あなたは性的快楽だけに没頭している者は堕落していると感じますかな!」
「え? そうですね。堕落しているとまでは思いませんが、他にやる事は無いのかと思ってしまいます」
魔王はカツカツとテーブルの上を歩きながら綺麗にターンをした。
「そう。それが魔国以外の認識です! 生命維持の為、より良い人生の為に生きる者が正しく、快楽に没頭するだけの者は歪んでいると感じるでしょう? しかし、何もせずともより良い人生が手に入るとしたら、人は何をすればよいのか。その問いへの答えをお持ちですかな?」
私は魔王の問いに答えを持っていなかった。




