魔王様はお終い5
巨大過ぎる山に、この緑の道を滑る透明な板は向かっている。遠目に見て山にしか見えないので、一見すると国があるようには見えない。これまでのヤマビトであるドリスの行動から察するに、魔国は地下にあるのではと思う。ヤマビトは岩石を自在に操る。ならば、地下に空間を作る事など造作も無いだろう。
「魔国に入るのに、入国審査は必要無いんですか?」
「いらぬ。この道に乗った者を魔国は拒まぬ。拒まれた者はこの道には乗れないからの」
緑石街道はそれを使用する生命体の情報を取っているそうだが、入国させて良いのかと言った社会的情報も取得しているのだろうか。
私は次世界人に該当するらしいし、シルバは名のあるモリビトだ。私の存在は限りなく不明瞭で、シルバはかなり危険人物ではないのだろうか。
「俺様はヤマビトから物を盗っても許されているんだぜ。こいつらの調べなんて大した事がねぇんだよ」
そう言えば、バイスはドリスから終生をかけた秘宝を盗んで逃げていたのだった。今はドリスがこの状況を是としているから収まってはいるが、完全に盗難事件の犯人である。
「まあ、儂は追うたが、ヤマビトの善悪や美醜は文明界のそれとは大きく違うからの」
そんな話をしていると、私達の乗った板は巨大な山に開いた丸い穴へと突入した。
ただの人工洞窟では無い事は直ぐに分かった。洞窟に入った筈なのに、別の世界の空の下に居るかのようだった。転移した訳では無い。それは分かる。なのにまるで真昼の空の下にいるような明るさであり、空間も異様に広いのだ。
この空間に太陽がある訳では無いのに、空間その物が明るい。重力もどうなっているのか、内球状に湾曲した地面だか壁だかが続いており、幾何学的形状の巨大構造物が幾つも惑星のように浮かんでいる。竜宮都市と重力の感じは似ているが、その規模は比較にならない程に巨大だ。
「相変わらず、訳のわからねぇ国だぜ」
「でも、凄い技術だよ」
「ふむ。我も初めて魔国に来たが、凄まじいのはこの空間に許された自由度だろう」
シルバはそう言うと、シルバの足元の板だけが分離して、それが球体のなりシルバを囲った。
透明な球に入ったシルバは、空を自由に飛び、逆さまになってこちらに戻って来た。
「それ、私達とシルバで重力方向が違う?」
「そうだ。しかも大した術力や制御をしている訳では無い。この魔国という空間では、このくらいの事は簡単に出来るように、巨大な術が施されているのだ」
シルバは天地が逆なのに、髪の毛や衣服の垂れる方向はシルバ側の正位置なのだ。そんな事が今日来たばかりの来訪者に開放されている国。それが魔国というものらしい。
「この程度で驚かれても困るのだがの。まあ良い。まずはお主達の目的に合いそうな地星まで案内しよう」
ドリスがそう言うと、足元の板がシルバと同じように私達を包み込んだ。そうして凄まじい速度で飛行を開始した。ここで凄いのは、かなりの速度なのに、全く加重や風圧を感じないという事だ。シルバも同じ速度で付いて来ている。
ドリスの操作する飛行球体はピラミッド型の巨大構造物へと突入した。
構造物の中は重力の方向が一方に統一されており、建造物の中という印象だった。内部はシンプルな構造で三角形の扉らしき物が一つあるだけだった。ドリスが扉を操作すると開き、内部へと招き入れられた。
「ここはドリスさんのご自宅ですか?」
「ヤマビトに家という概念はないのう。今、都合の良い拠点はここだというだけじゃ。魔国の民ならば、何処の拠点に居ようとも自由よ」
どうやら、国全部がフリーアクセス方式らしい。都合によって何処に居てもいいし、全ての施設が開放されているようだ。
「ここが例の開放区だと言うのならば、我にとっては無用の気遣いだぞ」
「ここは開放区では無い。外部の者が大地の輪に触れるならば最適という場所じゃよ。まあ、開放区に行きたければ行くがよいぞ。魔国の誇る文化圏じゃからな」
「開放区?何の?」
「お前、何言ってんだ。魔国と言えば肉欲の開放区だろうが」
「この付近ならばここじゃな」
ドリスが壁を操作すると、地図のような図解と映像が映し出された。
その映像の凄まじさと言ったら、私の知るエロ映像の100倍くらいの酒池肉林具合だった。そこには多種多様な人種が溢れており、それはもう場所も内容も構わず、肉欲に溺れに溺れる様が赤裸々に映し出されていた。人って肉欲の為なら、こんな事するんだと言う見本市の状態だが、これが開放区のほんの一部だと言う事が分かり、戦慄している。
「ちょ、ちょ、ちょっと! 映像は、映像は要りません!」
とんでもない情報が飛び込んで来て、何かよく分からず恥ずかしくなって、顔が真っ赤になっている感じだけ分かった。
「知らなんだか。まあ、初めての者には刺激が強いじゃろう。それに魔国は開放区のような場所ばかりでは無い。求める肉欲には大抵応えられるようになっておるぞ」
そう言ってドリスは映像をオフにしてくれた。
「いえ、特に必要無いですから」
私がそう言うとドリスは少しムッとした顔をした。
「確かに文明界では肉欲の開放を妄りに行うのは、下劣で非文化的と考えるところも多いようじゃが、ヤマビトには肉欲と向き合って来た歴史と矜持があるのじゃ」
「いえ、私は別に否定している訳では無いですから」
話を変えたい私に対して、ドリスは引く気の無い熱意を出して来た。
「肉欲が生殖の為の報酬系である事などヤマビトは遥昔に理解しておるのじゃ。ではこれ程までに肉欲を開放しているヤマビトの月に生まれる数を知っているか? 月にそう、一人か二人がいいところよ」
いや、少な過ぎるだろう。出生率がバグっている。
「いや、それだと絶滅してしまうのでは?」
「ヤマビトは生物として数を増やす必要は無いのじゃ。何故ならば、ヤマビトは簡単には死なんからな」
そう言えば、聖王国でドリスはバイスに刺されていたな。かなりの速さと力で喉を刃物で攻撃されたが無傷だった。
「死人が殆ど出ないから新たに産む必要は無いという事ですか?」
「そうじゃ。ヤマビトの肉欲は生殖とはもはや切り離されておる。生殖する必要の無い種が、何故に肉欲を欲するのか。それは文化的に価値があるからに他ならないのじゃ。正しき文化として継承しておる。その中で開放区という形もまた一つの文化となったのじゃ。それを文明界の一方的な解釈で下卑た物と判断されるのは我慢ならんのじゃ」
「なるほど、確かにそう言う事であれば、私の態度も失礼だったかと思います。そこで一つ疑問なんですが、そこまでヤマビトの文化に深い愛情のあるドリスさんは、あまり性に開放的では無いのですか?」
普段からあまり見ないから良くは知らないが、ドリスが欲国の娼館などでオープンに遊んでいるという話は聞いた事が無い。
まさか、バイスと居るから、バイスとしているのだろうか。いや、バイスの感じからそんな感じもしない。
「それは、儂が少数派の快楽主義者だからじゃ」
ドリスは少し恥ずかしそうにしていた。




