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二度目の初夜

 



 どれくらい沈黙が流れただろうか。

 先に目を逸らしたのはディランさまの方だった。


「………………見当違いも、過ぎると興が削がれる」


 そう呟いたディランさまが、呆れ果てたような、面倒そうなため息を吐く。


「よくもまあそんな節穴で今まで生きてこれたものだ。……その手をどけろ」

「はい、わかりました」


 ぱっと剣から手を離すと、彼はその剣を手元に引き寄せ、ついた血を見て顔をしかめた。


「……馬鹿な真似を」

「ふふ、ご心配なさらず。適当に止血すればいつの間にか治ります」


 舌打ち混じりに呟く彼に、少し得意げな顔をしながら話していると、後ろからほんの微かに、呟くような声が聞こえた。


「……ちがう」


 伯爵の声だった。

 振り向くと、彼の顔色は真っ青だった。憎むような、怯えているような、罪悪感になぶられているかのような。なんとも言えない表情で、ディランさまを睨んでいる。


「君に、優しさなんてあるわけがない。誰も愛さず誰にも愛されなかった君が、僕に最期の情けをかけただって? 君に罪を着せてすべて失えばいいと思っていた、この僕にっ……」


(口を塞ぎましょう)


 そう思って動いた瞬間、「よせ」とディランさまが制止する。


「っ、ですが、旦那さま」

「止めるまでもない。……所詮負け犬の遺言だ」


 ディランさまがそう嘲笑すると、伯爵の頬が怒りと屈辱で赤くなる。


「……は、初対面の女の妄言を信じかけるとはお人好しの叔父上らしい。残念ながら最近の俺は運動不足でな、ちょうど良く裏切ってくれた罪人で、体を慣らそうと思っただけだ」


「っ、ディラン……!」

「俺に会ったことが運の尽きだったな、叔父上。来世では会うことはないようにとだけ、祈ってやろう」


 そう言ってディランさまが、伯爵の首筋の頸動脈を手で打って、気絶させた。

 伯爵がずるりと倒れ込む姿を見届けて数秒押し黙ったあと、わたしに向かって手を差し出す。


(……?)


 意図が掴めずに小首を傾げかけ――「ああ」と気づいた。


「まさか縄を持っていることまで見抜いていたのですか? さすがです」

「……!」


 胸元からするすると先ほど使った縄を取り出して、差し出された手に乗せる。

 どこか動揺しているように見える彼にどうしたのだろうかと瞬きしたあと、ひらめいた。


(次期国王ともあろうお方が、人間を縛り慣れているわけがないわ)


「では僭越ながらわたしが縛りますね。あ、よろしければ後学のためにお教え致しましょうか? 実はわたし、縄の扱いは結構得意で……」

「………………そうではない。まあ、一応縛っておくか……」


 ディランさまがどこか不本意そうな顔をしながら、手早く、しかし解けないように縛っていく。

 その様子を眺めながら、わたしは小さく眉を寄せた。


(本当に、不器用な方)


 罪悪感と後悔に苛まれるのと、憎悪に身を焦がすのとではどちらが辛いのか、わたしにはわからない。


(だけど旦那さまは、最期の瞬間まで憎ませてあげることを選択した)


 きっと彼が自分の行動を、悔やむことがないように。



 そんなことを考えていると、廊下から控えめな足音が聞こえてくる。

 騒ぎを聞きつけた使用人が様子を見に来たのだろう。


「旦那様、グラディウス公爵閣下。さきほど物音が聞こえましたが……ヒッ!? だ、旦那様っ……!!」

「驚かせてしまってごめんなさい。警察を呼んでいただける?」

「ヒッ、ち、血がっ……!! だ、誰かっ!!」


 そこからわらわらと、惨事に慣れていない使用人たちが集まって、屋敷内は騒然を極めた。

 無事に警察が到着して伯爵の身柄が差し出される。公爵夫妻であるわたし達は、後日事情聴取に協力する、と言う話になった。


(上位貴族だからといってこんな風に優遇されてしまうところも、悪い人が減らない原因だと思うのだけれど)


 そんなことを思いつつ、しかし正直言って疲れた体にはありがたい。

 ディランさまと共に用意されたお部屋に戻った瞬間、じんわりと、泥のような眠気が襲ってくる。


「ふわ……もう眠い。すみません、旦那さま。一度そちらに腰掛けていただいてもいいですか?」

「……?」


 うとうとしながら、訝しげなディランさまを長椅子に座らせる。

 隣に腰掛けて、ごろんと膝の上に横になる。


「――……!? おい、何の真似を、」

「膝枕をしていただきます。……旦那さまが、警察へ行って伯爵を襲撃したら困りますから……」


 怪我をしていない右手でぎっちりとディランさまの服を掴みながら、微睡の中で答えた。


「男の方って頑固でしょう? わたしの父も、こうと決めたら絶対諦めなくて……前なんて亡命した高官を地の果てまで追いかけて、本当に地面が見えない、一年中氷に覆われた国まで行ってしまったんですよ。ふふ……」

「さぞかしお前に似てるんだろうな」


 そう忌々しそうに呟きながらも、わたしがけして離す気がないことを悟ったのだろう。ディランさまが諦めたようにため息を吐いた。


「……さっさと寝ろ」

 


明日、ディラン視点で完結です!(今日は無理でしたすみません;;)

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