1-5
断罪当日、大丈夫と思いながらも、
心臓はバクバク言っている。
会場に足を踏み入れると、皇太子がエスコートしていない事に、
会場がざわついた。
しかし、それも何でもないように笑顔で会場の中心へと向かっていく。
会場の一番奥、壇上の上には皇太子がいた。
壇上の下、皇太子の近くにヒロインであるエリーゼもいる。
まず、エリーゼと目が合い、エリーゼが気まずそうな表情をする、
ああ、こんな表情をするあたり、いい人なのよね。
にこりと微笑む私に、皇太子、エリーゼ共に、
内心驚いているのが手に取るように分かる。
気まずそうなエリーゼとは違い、さすがは皇太子、
表情はまったく動かず、ほとんどの人は内心が読めないだろう。
「ロザリア、君との婚約を解消する」
皇太子から発せられた言葉に、私が1人で会場入りした事で、
ざわめいていた会場のざわめきは、更に大きくなる。
「かしこまりました」
優雅に礼をする私に、皇太子が驚いた顔をする。
あら、表情を隠すのが上手い方なのに珍しい。
本来ではここで、罪状を読み上げ、
エリーゼとの仲を宣言して、
国外追放を言い渡すはずが黙っている?
ゲームと違う流れに戸惑っていると、
エリーゼともう一度目が合った。
これは!
私は確信して皇太子に告げる。
「エリーゼさん、少しお話がありますの」
その言葉に、ヒロインを皇太子が庇うようにしたが、
首を振ってエリーゼが応える。
「わかりました」
私は観衆の好奇の目を、まったく気にする事なく、
エリーゼと談話室に足を踏み入れた。
談話室にお菓子が運ばれてくる、
繊細な柄が描かれたお皿には、何種類かの焼き菓子が置かれている。
紅茶が淹れられたのを確認して、壁側のメイド2人に話しかける。
「2人でお話をしたいの、席を外しなさい」
皇太子の婚約者であった私の言葉、
本来なら、すんなりと席を外すはずが、
冷静な声で返してくる。
「申し訳ございません、皇太子殿下より、
こちらで控えるよう命じられております」
「そう・・・」
エリーゼを害すると思われたのか、
エリーゼを階段から突き落とそうとして、自分が落ちた身としては、
それ以上何も言わず、エリーゼを見る。
どこかおどおどしていたエリーゼも、
覚悟を決めたのか、しっかりした目つきで私を見てきた。
ふっ、さすが皇太子殿下が惚れた方ね。
お菓子を3つ程つまみ、少し時間が経ってから、
ぽつんと言う。
「スマホがあったら便利だと思われる事はなくって?」
その言葉にエリーゼは目を見開き、手が少し震えている。
その反応にやはりと思う、エリーゼも転生者なのだ。
エリーゼは何も言わず、ただ私を見据えている。
やはり頭がいい。
「3日前に日本人である記憶が戻ったの、
それまで、悪役令嬢としていろいろ迷惑をかけたわ、
ごめんなさい」
「そんな」
頭を下げる私を見て、エリーゼは狼狽えている。
身分の高い者が素直に謝罪するのは珍しい、
本来もっと回りくどい、もったいぶった言い方をするのが普通だ。
「私は隣国へ行こうと思っているの、
ただ、公爵令嬢ではなくなると思うから、
平民服が欲しいのだけど」
そこではっとしたようにエリーゼが言う。
「国外追放にはならないよう、力をつくして・・・」
そこで首を振る
「両親が許さないわ、何よりプライドを大切にする人ですもの」
そう、両親に必要なのは”皇太子妃になる娘”
そうでないなら、どんな仕打ちをされるかと想像すると、
国を出た方がいいのは明確だった。
「婚約破棄の書類と、家の絶縁書があれば言う事はないわ」
それだけで、全てを察したのだろう、
エリーゼは控えていたメイドに幾つかの指示を出す。
「怒っていないのですか?」
「ええ、皇太子妃は貴方の方が適任だと思ってるもの」
それに、まったく私を愛してない人と結婚するのは、
前世の記憶が戻った私としては辛い。
「いい男探しの旅に出るわ」
そこでふわりと笑いながらも、しかしと言葉を続ける。
「公爵令嬢であられたロザリア様には、
国外追放はかなり辛い罰になります」
「前世は平民だったの、料理も多少できるし、
護身に鞭も習っていたわ、
道沿いのモンスターぐらいなら、問題ないはずよ」
軽く言う私に、エリーゼは考えた風をする。
「厳しいと思いますが、そこまで言われるのなら」
「それよ・り」
言葉を切った私に、エリーゼはきょとんとする。
「せっかく同じ記憶持ちなんだらか、
もっと楽しく女子トークしましょう!」
軽く明るく言う私に、エリーゼはきょとんとしながらも、
「ええ」
と笑ってくれた。