第4話 どうぞ良いお年を
暮れも押し詰まった、12月24日。
そう、今日はクリスマス・イヴだが、『はるぶすと』は今年も定休日だ。
それに今年、彼らの店はサンタクロースの休憩所にもなっていない。
彼らはさぞかしお暇なことだろうと考えたそこのあなた、考えが甘いですよ。
『はるぶすと』には、由利香と言う超絶わがままなオーナーがいらっしゃるのだから。
「由利香さ~ん、ちょっとどいてくださいよお。せっかくこたつあげて掃除しようと思ってたんすから」
「なんでイヴに大掃除なんてするのよ、そんなものはもっと押し詰まってからでしょ」
「いいじゃないっすか。店が休みの間に綺麗にしておいて、あとはのんびり過ごすんです」
本日も猫よろしくこたつで丸くなっていた由利香は、なんと夏樹の攻撃で追い出されてしまう。この末っ子もなかなか強くなったものだ。
仕方がないので、由利香はブーブー言いつつもキッチン前のカウンターに移動する。
「ああ~こたつ出たら寒い~、……ってちょっと! なんで窓なんて開けるのよ!」
「掃除するんすから、空気の入れ換えもするのは当たり前です」
「ええ? 寒いー!」
ぱさっ
文句を言いだす由利香の頭の上に何かがふってきた。
「! なんなのよもう」
「仕方ないから、僕のはんてん貸してあげるよ」
それはなんと冬里が持ってきた袢纏だった。
「え? はんてんって、誰の?」
「僕のに決まってるじゃない」
その答えにぽかんとする由利香。
「冬里、はんてんなんて着るんだ」
「当たり前でしょ、日本では、昔から寒いときにはこれって決まってるんだよ」
「……ああ、そうか」
ご存じないかもしれないが、冬里は150年ほど前の日本に住んでいた。
その頃の日本はまだ着物が主流。当然、羽織り物も着物に合わせたものだ。
「これってもしかして、あんたが9代目やってるときから使ってるなんて言わないわよね?」
「え? そうだけど?」
「ええー!」
「な、訳ないじゃない、へんな由利香」
「ムッキー!」
またお怒りになる由利香さまをいさめるのは、シュウの役目。
「由利香さん、熱いココアを入れました。身体が温まりますよ」
カウンターに湯気の上がるマグカップが置かれる。
「冬里! ……え? わあ、美味しそうなココア。さすがは鞍馬くん」
コロッと笑顔になった由利香は、はんてんに袖を通すとマグカップを持ち上げる。
「ありがとう、遠慮なく頂くわ」
「どういたしまして」
こうして、『はるぶすと』の休日は、穏便に過ぎていく。
今年のクリスマスはちょうど土日と重なっている。
なのでイヴの今夜、由利香は実家の2階リビングで大宴会を開く、とずいぶん前から決めていた。
今年の主役は、カニ。
そしてなんと、今年のカニはオーナ自らが用意するとのお達しがあり、今はそれが届くのを、椿が家で仕事をしながら待っているのだ。由利香は椿に促されて、ひとあし先に『はるぶすと』へ来ていたというわけだ。
掃除も無事終わり、夏樹のお許しが出たので由利香がいそいそとこたつに入ると、リビングの電話が鳴る。
「お、椿かな? はいはーい今出ます、……もしもし……」
それはやはり椿からの電話だったようだ。
「おう、カニ届いたのか。だったら今から迎えに行くわ。え? うん、他の材料はばっちり用意してあるぜ」
そんな会話をしたあと、夏樹が「では、椿のお迎え、行って来まーす!」とリビングを出て行く。明日も日曜日で店がおやすみのため、厚かましい由利香はお泊まりする気も満々なのである。
そんな秋渡夫妻はこの年末年始、長~い休暇を取っている。
まず、26日からシンガポールに三泊四日、そのあとイギリスへ飛んで、なんと十日間ものホリデーを過ごすつもりだ。帰ってくるのは七草の頃だ。
夏にまとまった休みがとれなかったので、今回はその埋め合わせ。
なので、今年最後の日本の冬を、実家でぬくぬくしながら過ごすことに決めたのだ。
「たっだいまー」
やはりあっという間に帰ってきた夏樹は、カニの入った発泡スチロールの容器を持っている。その後ろから「お邪魔します」と入ってきた椿も、なんともう一つ容器を抱えている。
「おかえり~。わ、凄い量ね。それ全部カニ?」
「ううん、ホタテとエビと、イクラも入ってるよ」
「おお、でかしたぞよ」
「お気に召してよろしゅうございました」
芝居がかった夫婦のやり取りを、「なーに言ってんだか」と笑って言う夏樹だが、夏樹はやはり夏樹だ。
「そこに置いといて良いぜ、椿。あとはおまかせ」
と、こちらは下ごしらえをやる気満々だ。
「ふうん、良いカニじゃない。由利香にしては上出来だね」
蓋を開けながら冬里が言う。
「失礼ね! でも、今日のは私の見立てじゃなくて、椿が選んでくれたのよ」
「なるほどね」
納得したようにニッコリする冬里が、「これくらいの量なら、夏樹1人で十分?」と聞くので、
「はい! 任せてください!」
と、いつでもどこでも料理命の夏樹は食材を前にすると、元気ハツラツだ。
「じゃあ僕は由利香たちのお邪魔虫しようっと」
と、こたつに入る冬里の後ろから、またいつの間に入れたのか、暖かい紅茶の乗ったトレイを持ったシュウが来る。
「それでは、皆さんはゆっくりなさってください」
「あれ? 鞍馬さんは?」
「私は店の方の掃除をしてきます。せっかくの連休ですので」
微笑みながらそう言うと、シュウは裏階段を降りていった。
「え? 良いのかな、手伝わなくて」
椿が申し訳なさそうに言うが、冬里は気にした様子もなく紅茶のマグカップを手に取る。
「良いんだよ、素人は手出ししない方が」
「素人って……」
「ん? だってシュウの掃除ってさ、どこぞの専門業者頼むよりよっぽど綺麗になるんだから」
「そうっすねー、前もここのレンジフードが新品みたいになってましたもんね」
「へえ」
感心する椿。
すると、由利香もマグカップをふーふーしながら言う。
「いいなあ、家にも来てくれないかなあ、掃除」
「きっとひどい汚れだろうから、特別料金を頂きます」
「なによ! 冬里が掃除するわけじゃないでしょ。それに、椿がよく磨いてるから、そんなに汚れてないわよ」
由利香の言い草に、キッチンから夏樹が言う。
「うわっさすがは我らがお姉さま。掃除も椿にやらせるんだ」
「私もたまにはするわよ!」
そんな2人に関係なく、椿は真顔で考え込んでいる。
「どしたの?」
不思議そうに聞く冬里に、あ、と言う顔をして少し照れたように椿が言う。
「いや、そんなに綺麗になるなら、やり方を伝授してもらおうかな、って」
「うおお、さすがは椿~」
今度は感嘆したように言う夏樹。
「良い事だわ、頑張って、椿」
「由利香は習おうという気もない」
面白そうに言う冬里に、ふん、と明後日の方を向く由利香。
「私は後で椿に教えてもらうわよ」
「へえ」
今度は椿の方を見ると、彼は困ったように笑いながら紅茶を口にした。
そんなこんな、なんでもない会話をしているうちに、夏樹の下ごしらえも終了したようだ。
「さて、準備完了。あとは夜を待つだけですよお」
「さすがに早いな。とりあえず、夏樹もこっちへ来てあたたまりな」
「もちろんそのつもり」
そう言いながら夏樹は、自分用に入れた紅茶のマグを持ってやってくる。
「ああ~やっぱりこたつは染みる~」
ふにゃ、と緩んだ笑顔で言いながらお茶を啜る様は、まるでじいさんだ。ただし、とんでもなくイケメンのじいさんだが。
さて、この年末年始は、彼らにとってとても楽しいものになりそうだ。
まず、樫村がシンガポール経由で久々に日本にやってくる。
お気づきの通り、シンガポール経由なのは、秋渡夫妻に会うのが目的だからだ。これには椿も由利香も大喜び。
そのあと『はるぶすと』でシュウたちと年末を過ごし、元旦に★神社に挨拶の後、京都や奈良へ出かけて正月休みを過ごす予定にしている。こちらは夏樹が大喜び。
ただし、「年明けから依子の顔見たくない」と、わがままを言う冬里は奈良行きはパスして、その間に「料亭紫水」の視察に行くことになっている。綸は手放しで喜んだが、総一郎は嬉しさ半分、緊張半分だ。
「視察ですか? 遊びやなくて? ええ~? 先代容赦ないからなあ。どうかお手柔らかに」
「ふふーん、どうだろうね」
「うっへー」
京都行きを伝えたときに、そんなやり取りが交わされたが、それでも総一郎も、内心ではとても喜んでいるのは間違いないだろう。
§ § §
今年も「料亭 2階リビング」は大盛り上がり。
カニづくしに、ホタテバターに、なぜかエビチリに、いくらの軍艦。
日本酒、ワイン、焼酎、ジン、……よりどりみどりのアルコール。
酔うほどに楽しさが盛り上がっていくおしゃべり。
キラ……、キラ、キラ……
そんな中、なぜか天井から星が降ってくる。
「あ!」
夏樹が嬉しそうに、ベランダへ続く窓を開けに行く。
「あそこにいますよ」
「どこどこ?! えーと、あの人工衛星並みのスピードで飛んでる、あれ?」
夏樹、椿、由利香の3人が見上げる中、その光は本当に人工衛星ほどの早さで空を駆けていく。
けれど、急にそのスピードが緩まった。
キラ、キラ、☆
「ホーッホッホッ、楽しんでるかい~」
「あ! シンディ、今年はシンディが日本担当なんすね」
「そうだよお」
「シンディ~」
手を振る由利香に、大きな雪の結晶が降りてきた。
「わあ」
「その結晶は溶けないから、ツリーのオーナメントにしておくれ」
「すごい」
「ホーッホッホッ、ちょっとしたプレゼント。それでは私は行くよ、先を急ぐのでね」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
また速度を速めるシンディのそり。
そしてこの日、★市では、予想されていなかった流れ星が、いくつも見られたそうな。それももしかしたら、シンディのちょっとしたプレゼントだったのかもしれない。
「じゃあ、俺たちはそろそろ部屋に引き上げます」
「今年の語り納め、頑張ってね」
「うん、ありがとう由利香」
さて今回も恒例の、夏樹と椿の夜通し語り合い会が行われるようだ。けれど、たいてい夏樹がフラフラになってガクンと寝落ちし、椿も引きずられるように寝てしまうのも、また恒例。けれど若者にはそれもまた楽しいのだろう。
ということは? 今回こそ由利香は1人寂しく?
「さあ、それでは私たちも夜通し語り明かしましょう!」
「いえーい」
「いえーい!」
「……」
こたつに陣取った由利香は、シュウに頼んで作ってもらったパフェに大盛り上がりだ。同じく盛り上がる1名と、無言の1名もいつも通り。
「暖かい部屋の、こたつで食べるパフェ、ああ、なんて幸せ」
「寝る前にそんなもの食べたら、お腹が冷えるよ。夜中に何度もトイレに行かないでね」
「失礼ね! でも大丈夫ですわよ。私の部屋はトイレ付きですもん、迷惑はかけないわよ」
「そうだったあ」
「知ってるくせに」
いつものようなやり取りを聞きながら、シュウが由利香にアドバイスをする。
「お腹を冷やさないためには腹巻きが良いそうですよ」
「そうらしいわね。……と言うより、実はもう装着してますわよ」
と、由利香は服の上からお腹をポンポンと叩いている。
「ほほう、さすがは年の功」
「レディのたしなみよ」
他愛ない話をしながらパフェの山を崩していく由利香と、シナモンが香るホットワインを所望した冬里。
いつもはワインのシュウは、今夜はウィスキーをロックでたしなんでいる。
まあ、明日も定休日なので少々飲み過ぎても、夜更かししても支障はない。
とはいえ、やはり1番に寝落ちしてしまった由利香を放っておけず、なんと! 冬里がいつぞやの夏樹にしたように、首根っこつかんで元寝室へお運びになったそうだ。
「え? ご婦人に失礼? だって椿がすぐそこにいるのに、お姫様抱っこする方が失礼でしょ?」
後日、冬里の言い分に、夏樹などは深く頷いている。それを見ながらシュウは苦笑まじりのため息をついたのだった。
今年も色んな事がありましたが、それももうすぐ終わりますね。
どうぞ皆様、良いお年をお迎えください。
―――願わくば
―――生きとし生けるものの上に、幸いあれ平和あれ安楽あれ―――
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
さて、楽しい年末年始を過ごすであろうメンバーたち。かれらと共に、素敵な年越しをなさってくださいね。
Merry Christmas & Happy New year !
それではまた!
『はるぶすと』は来年も通常通り営業致します。
いつでも皆様のお越しをお待ちしております。