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第3話 月見の山で宴と洒落込む


 今年は、サンタクロースのサンディとやらが、あわてんぼうになるらしい。


 近頃、神さま界隈では、そんな噂が飛び交っている。




カラン

「いらっしゃいませ」

「また来ちゃった」

「いつでも歓迎致しますよ、どうぞこちらへ」

 ここのところ、『はるぶすと』に、足繁く通ってこられる神さまがいる。

 それは、《つくよみ》だった。


 神さまの大宴会は幾度か開かれているが、今度こそは、自分のところで、と、《つくよみ》は強く思っていた。


 ★市には、御月おつき見山みさんと言う、標高600メートルほどの美しい山がある。

 ここは昔から、★市の中でも特に空気が澄んでいて、星の観測や、その名の通りお月見に適した場所として名が知られていた。

《つくよみ》の住まいのひとつは、その御月見山の中腹にある。

 神さま方のお住まいと言うのは、人のようにひとつだけではない。この国の各地にあって、季節や行事や、その他の理由で自由に拠点が変えられるようになっている。

 ただ、お気に入りの場所と言うのがあるのもまた確かだ。

《つくよみ》は、この御月見山がなかなか気に入っていて、だいたいはここにいる。

《すさのお》も、★市にある住まいがお気に入りで、たいていはそこにいるような感じだ。


 それはさておき、宴会の話だ。

 サンディがクリスマス前に来ると言うので、神さま方は歓迎の宴を開きたくて仕方がない。

 ただそれには、千年人〈シュウたち〉の協力と、会場となる場所が必要だ。

「それなら私のところで」

「いやあ、俺ん家だろ」

《あまてらす》と《すさのお》が名乗り出たので、他の神さま方はちょい遠慮気味。そのどちらにも実績があるので宴会もやりやすかろう、と言う理由からだ。

 けれど、三神と言われているのに、姉弟のなかで《つくよみ》だけがまだ自分のところで宴を開けていなかった。

 まあ、人間界では、《あまてらす》、《すさのお》が有名なんだから仕方がないんだけどね。

 けどね。

 まあ、神さまにも納得できないことはあるものだ。

 そこで《つくよみ》は、ターゲットを千年人に絞り、アピール大作戦を始めたというわけだ。


 いつも遠慮して、勧められた席ではなくカウンターの端っこに座る《つくよみ》は、たいてい洋風ランチと和風ランチを交互に頼む。

「ええっと、本日は和風ランチだったよね?」

 冬里はそれをよく覚えていて、オーダーの前に聞いてくる。

「うん、ありがとう」

 にっこり微笑む《つくよみ》は、今日も嬉しそうに、出て来たランチを美味しそうに頂いている。

 その彼が、ランチを食べ終わると、冬里が食器を下げに来た。今日は遅めに来たので、彼が最後のお客様だったらしい。周りを見ると、他に人はいなかった。

「あれ、僕が最後? だったら、ここでさっさとデザート食べるね」

 と、カウンターでデザートタイムに入ろうとした《つくよみ》だが、なぜか冬里が後ろへ来て椅子を引こうとする。

「まあまあ、そう急がずに」

「え、でも……」

「なにか、相談があるんだよね?」

 そう言って笑みを深める冬里には、神さまですらあらがいがたい効力がある。

「えーと」

 ポリポリと頬を掻きながら、《つくよみ》は言われるがままにソファ席へと移動した。


「《つくよみ》さん、俺このあとちょっと出かけなくちゃならないんで、今日は失礼します! すんません」

 すると、ソファへやってきた夏樹がそう言いながら、ガバッとお辞儀をしてくれる。

「ああ、そうなの? ごめんねえ、忙しい時に来ちゃって」

「え? いえいえ違いますよ。ちょっとした買い物です」

 そう言って手をブンブン振った夏樹は、いつものごとく爽やかに裏階段へのドアから退散した。

 そこへ、本日のスイーツを冬里が、飲み物をシュウが運んでくる。

「で? お悩みはなにかな? お腹の中に溜まった事柄は、とっとと言った方が楽になるよお」

《つくよみ》の正面に腰掛けながら、冬里が悪徳占い師? のような言い方で聞いてくる。

「お悩みって……」

「何か店に関係することですか? 最近よくいらしてくださるので」

 シュウはいつもの通りだ。

「うん、えっとね」

 そんな彼らに促されて、《つくよみ》は、サンディの話しと、神さま方の噂話をしたのだった。


「ふうん、宴会ねえ。まあ確かにこの時期にサンタさんが来るのは珍しいけどね。しかも泊まりで」

「君たちには、まだ話は来ていないの?」

 冬里が何も知らなかったので、《つくよみ》はそちらの方に驚いた。

 もうとっくに彼らには話が通っていると思っていたのだ。

「そうですね、特には」

「あんまり頻繁だから遠慮してるのかなあ」

「まさか……、あ、そうか、会場が決まらないんじゃ、ないかな」

 冬里の言葉に、ふと思い当たった《つくよみ》が言う。

「きっと姉上とスサ〈これは《つくよみ》が《すさのお》を私的に呼ぶときの呼び名です〉が、どっちも譲らないんだよ」

「そうかもね」

 可笑しそうに言う冬里に、もう言うなら今しかないと思った《つくよみ》は、勢い込んで言う。

「だったら、僕のところで開いてもらえないかな、宴会!」

「え?」

「……」

 その、ちょっと必死な言い方に、2人は驚いている。

「あ、だってね、いつも2人に押されてしまうんだもん。姉上はあの通りだし、スサも……」

「でもさ、《すさのお》は弟じゃない? 兄上に譲ってくれって押せば?」

 冬里は知ってか知らずか、微笑んで聞いてくる。

「君たちはそう思うだろうけど……」


《すさのおのみこと》は、大蛇退治などの武勇伝から、暴れ者の神さまとして恐れられているが、本来は涙もろくて優しい神さまだ。そんな本質を知っている《つくよみ》は、《すさのお》にお願いされると、嫌と言えない。彼もまた、弟思いの優しい神さまなのだ。

「スサに懇願されると、ついダメだって言えなくて」

 そのあたりは、シュウも同じだろう。

 夏樹が涙目で訴えてくると、つい頷いてしまう。

「お互い、手のかかる弟を持つと苦労しますね」

「え? ああ、夏樹か……、フフ、本当だね」

「へえ」

 すると、話を聞いていた冬里が、なぜか面白そうにソファへ沈み込んだ。

 あ、これはまた何か考えているなとシュウは思ったが、今日のはきっと《つくよみ》のためになるだろうと黙って成り行きを見守る。

「じゃあさ、今回は僕たちが会場を指定すればいいんじゃない?」

「え」

「《つくよみ》のところがいいー、……ってさ」

「……冬里」

 驚いて目を丸くする《つくよみ》。

「そうですね、私もそれに賛成です」

「……クラマ」

 2人の意見を聞いた《つくよみ》は、満面の笑みに少し涙目で礼を言う。

「ありがとう、ありがとう2人とも」

「どういたしまして」

「でしたら、少しお願いが……」

 珍しく、シュウがお願いなどと言うので《つくよみ》は何だろうといぶかしげだ。

「《つくよみ》さんのお宅は初めてですので、出来ればキッチンを見せておいて頂ければありがたいかな、と」

 すると《つくよみ》は、本当に嬉しそうに言った。

「ああ、なんだ、そんなこと」


 その言葉が終わらないうちに、2人は御月見山の中腹にいた。

 月が登っている。

 それが、少しずつ欠けていく。

「この間の月蝕。見たと思うけど」

「うん、天王星蝕と同時は300年後だって騒いでたね。次はどこで見るかなあ」

「ああ、2人はまた見られるね。出来ればまたご一緒に」

「ありがとうございます」

 月を愛でるのが好きなシュウは、目を離せない。

「またいつでも見せてあげるよ、それよりキッチンだね」

 その言葉と同時に、2人は《つくよみ》宅のキッチンにいた。

「夏樹にも見せてあげて下さい」

「ああ、また後でね」

 楽しそうな《つくよみ》に、2人はチラと目を見交わしてうなずき合うのだった。



 そんな経緯があって、今回のディナー宴会は、《つくよみ》宅を会場にして執り行われる運びとなった。

「おお、《つくよみ》のところか」

「月見酒じゃ、やんやー」

「あな嬉しや~」

 実は、★市にある《つくよみ》宅は、月や天体がことのほか美しく眺められるため、神さま方からも愛されている家なのだ。そこで行われる宴会は、さぞ楽しかろうと皆大喜びだった。


「ふむ、千年人が決めたのなら致し方あるまい」

「兄上~、上手いことやりやがって」

 姉弟はそんな風に言うが、日頃人に譲ってばかりの《つくよみ》のわがままが、本当は2人ともたいそう嬉しかったのだ。




 ところが。


 サンディが来る。

 ディナー宴会が開催される。

 料理は『はるぶすと』の料理人が請け負う。

 会場は御月見山の《つくよみ》宅。


 この情報が確実になってからは、参加連絡が怒濤の勢いで押し寄せた。

「なんと御月見山」

「シュウ・クラマたちの料理」

「サンディがこの時期に!」

 神さま方の喜びようはとてつもなく、それはそれで主催者も嬉しいのだが、日ごとに増える参加者に、『はるぶすと』の従業員たちは、頭を抱えることになる。


 当日は、初めて執り行う変則シチュエーション・アフタヌーンティーが待っている。

 どんなに忙しかろうと、決して手は抜きたくない。あやねちゃんや志水さんに、大いに喜んで頂きたいのだ。

 だからと言って、ディナー宴会の方も、手は抜きたくない。

 どんなに人数が増えても、最高の料理をお出ししたい。

 何度も案を練り直して、手順を考えて導き出したのが、アフタヌーンティー開催中に、裏方に徹した冬里がアニメネズミたちと仕込みをしていくという算段だ。

 シュウと夏樹はその間、アフタヌーンティーに全力を尽くす。



 さて当日。

 裏方の冬里は、《つくよみ》宅でアニメネズミたちと仕込みをしつつ、少しでも手が空くと『はるぶすと』へ帰って店のしつらいを手伝ったりしていた〈もちろん移動は神さまにお願いして〉

 店の片付けを終え、しばらく休んでまた彼らは《つくよみ》宅へと向かう。……はずだったのだが。

 突然、冬里がこたつの横でうずくまり、「……」と、声にならない声を上げる。

「冬里!」

「OH! 冬里~!」

「!」


「うう、……僕はもう、……ダメだ……、後のことは、……君たちに任せたよ」

 ガクッ

「え? と、とうりーーー!」

「なーんてね」

 飛んできた夏樹が手を取る前に、パッと起き上がる冬里。

「え? え? 大丈夫なんすか? ホントに? ええー、もうー、なんなんすかあ」

「ふふ、驚いた? まあ今のは誇張したからなんだけどさ、……やっぱ今日は疲れたあ~」

 ふわあ、と伸びをしながら、珍しく冬里が疲れたなどと口にする。

「あ」

 申し訳なさそうにする夏樹。

 すると、ほんの少しホッとしたようなシュウが続いて言う。

「疲れたのなら、はっきり言ってくれないと。……大丈夫、あとは夏樹と私できちんとするから」

「お、シュウが怒らない。でも、ありがと。ちょっと休んだら僕も様子を見に行くからね」

「無理しないでおくれよお~」

 いつもと同じニッコリの冬里を、優しくハグするサンディ。

「うん」

「約束っすよ」

「はいはい」


 そのあと、サンディに導かれて、シュウと夏樹は《つくよみ》宅へと向かう。

 後に残った冬里は、ほんの数分うたた寝したら、自分も参加しに行こうと思っている。

 こたつテーブルには、半分ほどお茶の入った湯飲みが置かれている。

 あれ? さっき飲み干したと思ったんだけどな、勘違いかな。

 そんなことを考えながら、冬里はそのお茶を口にする。

「あ……」

 それは、シュウが新しく入れたお茶だった。半分だったのは、本気がばれないように。

「もう、シュウってば、……先に言ってよね、……、……」

 すう、とカーペットに引かれるように横になってしまう冬里。

 しばらくすると、戻ってきたシュウがこたつ布団を肩口まで引き上げる。

「おやすみ、良い夢を」

 ポンと優しく布団の上に手を置いたあと、シュウは明かりを落として部屋を後にした。




 冬里という重要な戦力が欠けてしまったが、シュウと夏樹、そしてアニメネズミ、加えて《つくよみ》から依頼を受けた2人の料理人が、人数に合わせて広げたキッチンで忙しく立ち働いている。もちろん彼らも神さま専属の料理人だ。

 彼らの腕もたいしたもので、さすがは《つくよみ》が選んだだけのことはあった。

 冬里の仕込みが完璧だった、というのももちろん関係している。


 御月見山から眺める月は、ことのほか美しい。

 特に今宵は、この家の主である《つくよみ》が、客人を飽きさせないよう心を配っている。

 中でも、上機嫌の《すさのお》が、《つくよみ》の横笛にあわせて舞を舞い、そのうち《あまてらす》までがそれに参加する場面が、神さま方のやんやの喝采を浴びる。

 この三神、三姉弟の共演など、めったに見られるものではないのだ。

「いやいや、今宵は貴重な体験ができましたな」

「ほんに。その上、月の美しさよ」

「さすがは御月見山、さすがは《つくよみ》」

「やんややんや~」

「あな嬉しや、あなめでたや~」

 宴は最高の盛り上がりを見せて、幸いと喜びのうちにお開きとなった。




「今日は本当に楽しかったです。しかも、なんですかあの仕込み。完璧で感激しました」

「シュウ・クラマはもとより、夏樹、君も素晴らしい料理人だね。またいつか一緒に料理がしたいものだよ」

 宴の後で、料理人たちはそんなふうに賞賛の言葉をかけてくれたので、夏樹などは感激して、順に手を取りブンブン振りまくる程だった。

「はい! またぜひご一緒させてください!」


 そして、アニメネズミたちも。

「今日は楽しゅうございました。ところで冬里しゃまはどうなされましたか?」

「ありがとうございます。冬里はさすがに疲れた様子でしたので、今、深く休んでもらっています」

「さようでございますか、どうかよろしくお伝えください。冬里しゃまの仕込み、たいへん勉強になりました。また冬里しゃまのお働きがなければ、この宴、成功しなかったことと思います」

「ありがとうございます。そのように言って頂けて、冬里も喜ぶと思います。必ずお伝えしますね」

「はい」

 嬉しそうに伝言を伝えた彼らは、またキュッキュッと可愛い足音を響かせて退場していった。


 神さま方が帰られた後の《つくよみ》邸。

 つきあかりが美しく入る一室には、《つくよみ》、サンディ、シュウ、夏樹の4人が残っていた。

「今日は本当にありがとう。本当に楽しかった、嬉しかった。どうかゆっくり休んでおくれよ」

「は、はい~」

「はい、ありがとうございます」

《つくよみ》のねぎらいを、眠くてフラフラになりながら聞く夏樹と、彼をちょっと支えつつ言うシュウ。

「ああ、もう夏樹は限界だね。それでは」

 つきのひかりがぐるんとまわって。

 次の瞬間には、夏樹は清潔なパジャマを着て自分のベッドにいた。

 シュウは『はるぶすと』2階のキッチンに立っている。

 ふと、こたつの方を見やると、もうそこに冬里の姿はなく、彼もまた自分のベッドで休んでいる事だろう。


「ありがとうございます、それではおやすみなさい」

 シュウが天に向かってそう言うと、声が返ってくる。

「うん、おやすみ」

「ホーッホッホッ、私は今日は彼と夜通しお話だよ」

 サンディはシュウたちに気を使わせないためか、《つくよみ》宅にお泊まりするようだ。

「はい、楽しまれてください」

「うん~、ありがとうね~」


 キッチン回りとリビングを少し片付けたあと、さすがのシュウも今日は部屋へと戻っていくのだった。





 はい? なんですか? 聞きたいことがある?


 彼らはいったい何人分の料理を作ったのかって?

 いやあ、そりゃあなた、日本の神さまと言えば、八百万やおよろずに決まっているじゃありませんか。

 まあ、きちんと数えたわけでは、ありませんがね。

 とにかく、お疲れ様でした。

 3人とも、良い夢を、おやすみなさい。








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