第四話
「ヨッシャァァァ!!」
シュートを決め、サッカー選手のように、ゴール付近を雄叫びをあげながら走り回る傑。
「チッ」
ソレにイラっときて舌打ちをする秀二。
「これで罰ゲームはないな!」
ニコニコしながらスキップで秀二に近づく傑。
なぜだろう。特に思うことなど何も無いというのに、いつの間にか拳が固く握られている。
「あぁ。 それにしても、なかなかいいシュートだったぞ」
「まぁね。秀二のパスがどんなにヘボくても、僕がいればそれが得点になるんだ。アシストお疲れ!」
―――アア、コイツヲコノ手デ亡キ者ニシテシマイタイ。
ここは我慢である。貯めて貯めて貯めて貯めて貯めて―――
「いやいや、あの胸トラップは見るも無残な汚らしい体制だったが、ソコから放たれたシュートはしなやかだった。そう、まるで波に揺られる海藻のように、な」
一気に爆発させる。
言葉攻めの一網打尽。精神の隅々までボッコボコにしてやる。
「海藻じゃねぇって何回言えばわかるんだよッ!?」
怒るところソコなんだ、と秀二はテキトーに思考する。
傑はいじけて体育座りをして地面に絵を描き始めた。無様である。
「まぁそう拗ね―――ッ!?」
秀二は憐れな傑をもう一度持ち上げて地に叩き落とすという悪魔のようなことをしようと肩をポンと叩こうとした。しかし、突然秀二の胸のあたりに激痛がはしり、痛む所を押さえて苦しむ。
今まで経験したことのない激しい痛みで思わず顔を歪める。
「ん、どうした?」
傑が不機嫌な表情のまま秀二の顔を覗く。彼にしては珍しく心配してくれているようだ。
「……いや、なんでもない。 ちょっと眩暈がしただけだ」
「あんだよ貧血かよ。先生には言っといてやるから休んでこいよ」
「ああ。すまんな」
秀二は心の中でソッと傑に感謝しよろよろと歩く。
フラフラな足取り。石につまずけば間違いなく転んでしまう。それくらい弱弱しい背中。
無事に校舎裏にたどり着いた彼は誰の目にも止まらず、倒れるようにして座り込んだ。
断続的にしか呼吸ができず、肺が常に酸素を欲する。
胸には鋭い痛みを感じる。服を見れば、痛むところが赤く染まっていた。
サッカー中にケガでもしたか?
だが、トラップした記憶も転んだ記憶もない。
それに、この痛みは外側ではなく内側から感じられる。
何か悪い病気にでもなったか。心配になり服を脱いで赤く染まっている箇所を確認する。
見てびっくり。朱く染まった血管のようなものが秀二の胸を中心にして体全体に伸びていた。
もちろん、血管はこんなにも大きく、はっきりと見えるものではない。例えるなら"ひび"。皮膚の下にある肉がひび割れを起こしている。
こんなモノ、体育をする前にはなかった。
新手の病原菌か?ウイルスか?毒か?
不安が募る。だんだん怖くなってきた。
よく見ると"ひび"の中心部分が少しだけ体から飛び出している。
それは、内から何かが外に出ようとしているかのように……。
今にもこの飛び出した部分から、何かが自分の体を食い破って出てくるような勢い。
少しずつ意識が薄まる。気を抜けば本当に気絶して倒れてしまいそうになる。
痛みが段々と激しくなる。呼吸は荒々しく、手足が痺れ、目は霞む。
モゾ……。
変な音をたて、体の中の何かが動いた気がした。
「――――――ッ!!」
体中にはしる"ひび"が一斉に疼く。
"ひび"は声帯まで届いているのか、どれだけ必死に叫んでも音にもならない奇っ怪な雑音しかでない。
こんな役立たずな喉なんていらない。引きちぎってやろうか。
手を伸ばし、指を喉に当てる。痺れが強く、喉をかく力すら残っていなかった。
痛い痛い痛い痛イ痛い痛い痛イいたい痛いイタイ痛いイタイいたイイタいいたいいたいいたいイタイ痛いゐたいいたい――――ッ!!!
あまりの痛さに呼吸を忘れる。
苦しいくるしい苦シイ苦しいくるシイクルしい苦しい苦しい苦シイ苦しいくるしいくるしいくルシいい――――ッ
あまりの苦しさに意識が刈り取られる。
何ダろうか―――
コの気持チハ―――
どうシテこンナニ苦シイノ―――
ドウシテ俺ガコんナ目にあワナイトいケナイの―――
どうしてドうしてドウシテどうしテどウしてドうシテドウシテ
―――ドウシテ!?
苦しみと憎しみと痛みで
自分が自分でなくなるような―――
光ガ―――
ホシイ……。
アカルイ―――
光ガ…………。
……
秀二の意識は途切れた。
最後に見た光景は闇一色。
彼の最後に見たものは
絶望 か 死 か
この瞬間。定められた運命に一筋の亀裂が走る。