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赤い空は悪魔の根城  作者: ヌメリ
日常、そして崩壊
7/8

第参話

 今日の定食は鳥の竜田揚げだった。

 香ばしい肉の匂い。カリッと揚げられた衣は、一度噛むとサクサクと景気のいい音を鳴らしてくれる。衣の奥には柔らかい肉がこれでもかというほど詰め込まれ、ジューシーな肉汁が溢れ、口の中を瞬く間に蹂躙する。

 


「美味いっ」

 


 ふと横に目をやる。そこにはまだお腹をかばうようにしてうずくまっている傑がいる。

 ほおっておいても大丈夫、と理由もなく確信した秀二は1口1口を大事に味わいながら定食をたいらげ、食堂を出た。


 

 教室に戻ってきてみると誰もいなかった。

 机の上には着替えられた制服が放置されている。



 次の授業が体育だったことを秀二は思い出し、カバンの中から体育服を取り出し、体育館の近くにあるロッカールームへと向かう。



 この学校では、生徒1人1人にロッカーが割り当てられており、体育や部活動をする時は原則として、そのロッカーの中に荷物や着替えを入れる。

 盗難防止のための策なのだとか。

 しかし、その割には鍵は個人で用意しろといういいかげんなところもあり、面倒くさがる生徒が多発。秀二のクラスの男子でロッカーに鍵をかけているのは3割にも満たない。


 

 時計を見ると授業が始まるまで5分となかった。

 体育の先生は厳しい。少し遅れただけでもしばき倒されてしまう。そんなのは御免だ。

 今なら急いで着替えればギリギリ間に合うだろう。

 

 

 秀二は着替えを抱えたまま、猛ダッシュ。その途中で食堂帰りの傑と遭遇した。

 


「お腹すいたよ秀二クン」

 


 どうやら結局何も食べられなかったようだ。ざまあみろ、と心の中で秀二は笑った。表情に出さないのはせめてもの情けだ。


 

「で、なんでそんなに急いでんだ?」


 

 相変わらずの脳天気ぶりを発揮してくれる傑。こいつは次の授業が何か分かっていないようで、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。

 


「次は移動授業だからな。早くしないと遅れるぞヘタレワカメ」

 


 優しく、親切に教えてあげる秀二。

 こんなにも傑に対して優しい対応をしたのは初めてではないか? と秀二自身も驚いたほど、今の台詞は気が利いたものだった。


 

「秀二、とりあえずこれだけは言わせてくれ。お前は鏡で自分の顔を見たことがあるか?」

 


 秀二の心を見透かしたように、意味深なようで特に意味のない問い掛けをする傑。

 もちろんあるとも。鏡くらい毎日見る。顔を洗ったり、髪型をチェックする時には必需品ではないか。

 だが、今の会話の中に関係することだろうか?

 まぁいいか。どうせ傑の戯言だろうと、気にしないことにした。


 

「OK。移動授業だったな。

 ……次の授業は確か物理実験かな?」

 


 未だに時間割を覚えていないその鳥頭に賞賛の言葉を送ろう。『どうもありがとう』と。

 


(……ワカメよ。君との思い出は忘れないよ)

 


 心の中で十字を切り、無神論者でありながら神に祈った秀二は体育館に向かって全力で走った。

 

 

 


 

   ●

 

 


 

「シュートォ!!」

 


 かっこよく(?)シュートうつ傑。もちろんゴールポストにも当たらず、明後日の方向へとボールは無様に飛んでいく。

 


「あちゃー、失敗失敗。ま、人間こんな時もあるさ!」

 


「お前は失敗しかしたことがないだろうが」

 


 彼の頭の上には目に見えるほど大きなタンコブができている。定番の筋肉ムキムキ体育の先生が傑に制裁を与えたのだ。

 


 秀二たちがいるCクラスは隣のDクラスと合同で体育の授業を受けている。

 なので、対戦相手はDクラス。20人対20人の度肝を抜くようなプレーのない健全なゲームである。

 


「秀二、パスだ!」


 

 後藤からボールがまわってきた。それを受け取り、誰にパスを回そうか考えるために周りを見ると、傑が手を振っている。もちろん女子に。


 

「秀二! 僕がキメてやるからそれを寄越すんだ!!」

 


 女子にかっこいいところを見せたいのか地球が滅亡してしまうくらいありえないことを口走る傑。

 それにカチンときた秀二は、

 


「分かった。これきめれなかったら罰ゲーム」


 

 そう言って傑にロングパス。わざと悪いコースに蹴り飛ばした。真の男たるもの、これくらいは楽勝にこなす。……たぶん。


 

「秀二、このコースは絶対わざとだろ!?」

 


「グダグタ言ってないできめに行け」

 


「むおおおお!」

 


 叫びながらジャンプ。空中でトラップしたボールを不安定な体勢になりながらも受け取る。当然身体の向きはゴールへと。

 傑とゴールまでの距離は約10メートル。シュートを打てば入るかもしれない。しかし、それはあくまで可能性の話。今は"絶対入る"という確信が欲しい。

 そうするためにはどうすればいいか。簡単だ。至近距離で打てばいいのだ。

 思考が単純な傑はそれをすぐに行動に移した。


 

 シュートを打つフリをしてそのまま前進。何人かが釣られて動きを止めたが、釣られなかった3人が迫ってくる。

 前から2人。後ろからは1人。

 傑は走った。

 後ろのやつは無視。走れば次第に距離が開く。問題は前で構える2人だ。

 


「高嶺、ここは通さんぜよ!」

 


「……抜かせんっ」

 


 迫る2人は勢いを緩めない。このままの速度だと衝突する恐れがある。にも関わらず、彼らは妥協も、諦めもしない。傑からボールを盗るという意思のみで動いている。

 そんな彼らを出し抜くには―――



「これだあああああ!」


 

 やけくそ気味にゴールへとボールを放つ。

 空へと旅立ったボールは綺麗な弧の軌跡を描き、



「秀二の、バカヤロウ! ちくしょうがあああああ!」

 


 ボールは微妙にカーブし、飛びついたキーパーの左手をかすめ、ゴール内にキレイに収まった。

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