第弐話
それから授業は退屈なものであり、大変なものだった。なにせ手首がものすごく痛いのだ。それも利き手の手首が。シャープペンシルを持つことすらままならない。
どんだけ痛めつけてくれるんだよ、と悪態をつくが、教室の温度が一気に2、3度下がったような感覚に襲われたため、自重する。
ノートをとることも面倒な秀二は、襲ってきた眠気に逆らわず机に突っ伏する。
……午後はサボろうかな。
こんなつまらないことをしている時間があるのなら、別のことをして有意義に過ごすほうがいいのではないだろうか。そんなことを考えていると、つんつん、と背中を何か尖った物で突かれる感触があった。
「おい、秀二秀二」
傑だ。
先生にバレないようにお互い小声で話し合う。
「何の用だ海藻。俺は眠いんだ」
「この授業が終わったら食堂に飯でも食いに行こうぜ! って誘うつもりだったんだがな。そうか眠いのか君は……。授業中に昼寝とは……ついに君も僕と同類になる決意をしたんだね♪」
ザクッと秀二の心に99999のダメージ。もうやめて! 秀二のHPは-65483よ!! 、とか誰か言ってくれないかなぁなんて思ってみる。
ポーカーフェイスを装っているが、秀二の心は傷ついている。凄く傷ついている。
こんな人生棒に振ったような男と同類なんてありえない。むしろ死ねる?
とにかくショックだ、すっごいショックだ。精神的ダメージがあまりにも大きい。そんなことにも気付かず、あっけらかんと喋ってくるこいつが憎い。
音が出ないように静かに傑を殴り、壁にかけられた時計を秀二は見た。
12時30分。あと5分もすれば終業のベルが鳴り、昼休みに入る。
「しゃあなしだな。付き合ってやらなくもない」
「ふぉうこなくっひゃ♪ ひゃあ、ひゅぎょう終わっひゃらダッヒュふぁ」
「ああ、了解した」
頬を腫らし宇宙語を流暢に話す傑との約束を取り付け、静かに授業が終わるのを待った。
●
ベルが鳴り授業が終わると、クラスの人たちは思い思いの時間を過ごす。机をくっつけて弁当を食べる者。板書を必死にノートに写す者。お喋りをして楽しむ者。
そんな彼らを教室に残し、秀二と傑は廊下を早足で歩いていた。
「くそっ! 出遅れちまった! これじゃあ空いてる席がないかもしれんな」
我が校には購買もあるのだが、基本的には食堂のほうが賑わっている。安く、量が多く、味付けが薄いので腹は手軽に膨れる、という点に生徒を群がらせる秘訣があるのだろう。
そのせいか、早めに席を確保しておかなければ立って食事をとらなければならなくなる。以前何度か秀二はそうやってお昼を食べたが、味噌汁をこぼしかけたり、茶碗をひっくり返しそうになったりした。
「急ぐぞ海藻。お前の唯一凡人と同じ能力、『走る』を俺に見せてくれ」
「おうよ! 僕の華麗なる足運びをとくと見よ!」
自分がバカにされていることなど他人事のように華麗にスルーして走り出す傑。バカにされたことを気づいてないだけかもしれないが、それでも秀二は傑に足蹴にされたような気がしてムッとしていた。
食堂まであと少し。そんな時、見知った顔がこちらに向かって歩いていた。
「秀二とワカメじゃん。今日は食堂か?」
気軽に声をかけてきたのは、クラスメイトの後藤 敦。秀二や傑の小学生からの友人で、武術を少しやっているらしい。
"らしい"というのは本人はそのことに関してあまりに口にしたがらない。ただ、近くの武道館に通っているところを何度か目撃されているため、何かやっているという噂が広まったのだ。
「後藤。よく聞こえなかったから、もう一度言ってくれないか?」
傑が苛立ち気に言い放つ。傍目から見てわかるようにイライラしている。
「ん? 『今日は食堂か?』ってとこか?」
「違う、誰がワカメか! 秀二、後藤に俺のことを教えてやってくれ!」
「ワカメだ。近くのスーパーで『増える傑ちゃん』として一束二百円くらいで売られている安物ワカメだ」
「裏切り者!!」
「裏切りとは人聞きの悪い……。話せと言ったから正直に話したまでだ」
「そういうところがムカつくんだよ! チクショォォ!!」
嘆く傑を残して、秀二は一人で食堂へと歩を進めた。
「あいつのせいで時間くったからな。人でいっぱいじゃないといいけど……」
●
食堂に着いたら、第1に席の確保。第2に食券を購入しなくてはならない。
席は今から確保というのは難しいだろう。そう考えた秀二は食券を先に購入するため券売機へと向かう。ちなみに、この学校には券売機は1台しかなく、タイミングが悪ければ行列がその前に出来ている。
大丈夫かな、と心配しながら最後の角を曲がると……案の定、人でごった返していた。見回す限り人、人、人。券売機には長行列ができているし、座れるような席は見当たらない。
「座る席ないなぁ……。ワカメを椅子代わりにすればなんとかなりそうだが」
その肝心の傑を置いてきてしまった。まぁいいけど。
「なに物騒なこと言ってんだよしゅう―――へぶっ!?」
後ろから突然聞こえる傑の声。びっくりして思わず裏拳をかましてしまった。
豪快に吹っ飛ぶ傑。
秀二は、悪い♪ とペロちゃんばりの舌だし表情で平謝り。
「で、どっからわいてきたんだ?」
「俺は虫じゃねぇ!!」
傑は頬を押さえながら必死に自分の言い分を訴える。
「そう君は虫ではない。ワカメだ」
「ワカメ言うなやあぁぁ!!」
「ワカメにワカメと言って何が悪い。お前もいい加減認めたらどうだ?」
「冷静に返すな! そのキャラがムカつくんだよ、チクショォォ!!」
「その台詞聞き飽きた。 もう一回やり直し」
「お前何様だよ!!」
「それは君が知るべきことではないよワカメ君」
「ち、チクシ―――ぐべらぁ!?」
鳩尾を殴られた傑は悶絶してその場にうずくまった。