第零-四話
霞は左手に機関銃、右手はレールガン、腰にはブレードを一つずつ備えている。
一直線に敵SFAへと直進。
次の瞬間、無数の砲撃が霞の眼前を通過。額を掠める。着弾音が爆ぜたと同時。レールガンを砲台に向けぶっ放す。
次に、そこら辺で拾った機関銃を構え、体を回し、連射撃。火薬の音に、SFA部隊は、慌てて盾や小手を構える。
―――遅い。
金属音とともに彼らの体が下がり、または吹き飛ばされる。
青白い煙が自分を包んでいる。周囲の布陣はわずかに広がり、敵SFAの男が一人、血を流して倒れている。彼からはピクリとも動く気配は感じられなかった。
何らかの攻撃を受けていたらしく、右袖が裂けていることに気づく。完全に避けたつもりでいた。しかし、予測に反して自分は傷ついた。
―――だから面白い。
霞は銃口を目の前の地面に着けた。銃口が動き、その先端が土の地面に孤を描いていく。
「骨には鉛を、肉には鎖を、血には油を―――」
銃口が上がる。
「生ける者には死を」
告げるなり、霞は並ぶ敵に向かって引き金を絞った。
●
霞は、前から飛び込んでくる隊長と思われる男に対して左肩から飛び込んだ。距離を一瞬で詰める。
男はこちらに長銃を向けた。向かう霞は、機関銃をわずかに上げ、動く。
己の機関銃を敵の銃身に叩きつける。
そのまま霞は男の長銃を下へと押さえつけ、前へ。走る右足で地面を踏み、次の足で下がってきた長銃の銃身を踏みつけた。男の長銃、その先端が地面に対して斜めに刺さる。
霞は左腕の機関銃を杖のようにつき、前へ。
機関銃を地面に突き立て手から離す。そして男の長銃を踏んだ左足を1ステップに、次の右足を振り上げ、長銃を昇る。
振り上げた右足はそのまま蹴りに。狙いは男の顔面。一直線の速い蹴りを装甲の隙間に叩き込む。
判断は一瞬。
男が長銃を離す。彼は長銃のストラップだけを手に残し、背後へと跳躍。
男は下がりながらストラップを強く引いた。地面に突き刺さるような形で残っていた長銃が、蹴り途中の霞を上に載せたまま強く引かれる。
わずかな反動。それとともに長銃が地面から引っこ抜かれた。
「ちっ」
長銃に左の軸足を掛けていた霞の身体が、足下をすくわれて後ろへとひっくり返る。
彼はそれでも引かれていく長銃を蹴りつけ、高く背後の空へと跳ぶ。
―――だが遅い。
もう既に、男はストラップに引かれて戻った長銃を手にホールド。宙を転ぶ霞へと照準を設定した。
引き金を絞ろうとしたそのとき、霞の身体が宙で縮まり、小さく一回転した。
後ろへと、宙にしゃがみ込むような姿勢をとった霞の、その足下を支えるものがある。先程彼が、杖のように地面へ突き刺した己の機関銃だ。
天に向かって突き立つ銃床の上に、霞は右の足をついた。
直後、身を伸ばして跳躍する。足の下を男の長銃から生まれた光弾が抜く。
霞は跳ぶ。
側転を一度いれ、男の背後へと着地した。
男が背後の霞に盾を向けるのと、男に背を向けた姿勢の霞が、何かを投げるのは同時。脇を抜き、手首の動きだけで投げられたのは、丸い大きな影。
対する男は反射神経の動きで盾を振り、宙を飛んできたものを横薙に払った。
重いが、しかし柔らかい音がして、盾に一つの物体が弾かれる。男はそのまま身を回し、長銃を霞に向けようとする。
そのとき、男は自分に投げられたものの正体を確認した。
味方兵の生首。
「……な、に」
呆然とする声を前に、霞が立ち上がる。身体は既に男へと。左腕を武器へと変形。視線は男のがら空きになった胴体の中央部へと。
左腕が変化を終える。散弾銃。
霞は一度銃身を前に振り、その反動でコッキング。戻す反動で引き金を絞った。
弾丸はまず、男と霞の中央に飛んでいた生首を破砕。直後に男の胸当てに直撃し、男は後ろへと吹き飛んだ。
●
主戦力をやられ、怖じけづいたのか敵兵が霞に背を向けて逃げていく。
それを霞は無様だなどとは思わない。懸命な判断だと思う。
ほとんどの人は霞の存在を知らないまま消えていく。彼のことを知っていたとしても結果は同じだ。
「……ふぅ」
ようやく一息つける。張っていた肩を下ろし深呼吸。
と、無線に反応あり。
『こちら草薙だ。貴様に言われた通り、本部を押さえることに成功した。』
通信内容は霞の予想した通りのものとなった。
作戦は成功。あとは、掃除だ。ここら一帯を綺麗にしなくてはならない。
「分かりました。後はこちらで片付けますので、離れてください」
『分かった。……幸運を祈る』
●
―――十分後。
草薙たちは霞に背を向け、車を走らせていた。
荷台には彼の部下が数人病気で臥せっているように顔面蒼白にして倒れこむように座っている。緊張によって抑えられていた疲労感がいっきに襲ってきたのだろう。
突如、背後から爆撃音とともに衝撃波。
草薙は宙に浮かぶ霞を見た。そして呟いた。
「―――化け物が」
草薙は生涯忘れないだろう。
夕日が沈むというのに未だに明るい空には、はっきりと月が空に浮いているのがわかる。月と霞が重なったそのとき、草薙には彼が天から舞い降りてきた使者のように見えた。口は歪な三日月、眼は悪魔の如く鋭い。しかも身体は機械。そんな歪な三拍子がそろった悪魔。
―――こんな化け物を忘れろと言うほうが無理だ。
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その後、霞が去った戦場は、昔の落ち着きを取り戻した。
草木が生い茂る穏やかな土地は、枯れはてた荒野のような"何もない"土地になってしまった。