第9話「凍える空気」
スーパーラビットの加速は軍艦ならでは、重力装置がなくても太陽を下に、加速する進行先を天にして、逆の足場が地上になっている。軍艦、巡察艦というよりは超高層で横倒しの建築物の感覚だ。
『スーパーラビットは超光速ブースターによる巡航加速に入った。本艦と外の時間にズレが生じるからご了承しろ。バラスト諸兄、自由行動を許可する。あまりはしゃいではくれるな。それともし志願兵の書類が欲しくなった者は、手隙のクルーに話しかけてくれ』
アコラ艦長のアナウンスだ。
『ーーさぁ、坊や達汗水垂らして飯を稼ぐよ!』
とはいえ部屋から出る者はいなかった。スーパーラビットの見学ツアーは魅力にならなかったらしい。
私はマキタプを開く。
「何か速報とかあるかな」
「いえ、何も、ボア」
「スターニャ、ボアちゃんのことは、ちゃん付けでお願い。バベルの皆はそうしてる」
「呼んでないぞ、この蛇野郎!」とボア以外の全員が抗議している……が、ボアは気にしていない、聞こえないふりだ。
「そういえば、バベルのヒト達は誰もMIDを連れていないんだね。機械語の翻訳にもMIDがいたほうが早いだろうに」
「ボアちゃん達はAI親和者ですから、AIの思考を直接読み取れる。だから間にMIDや機械を挟まなくても大丈夫なんだ」
少なからず、ボアの言葉は私に衝撃だった。『私と同じヒト』ばかりなんだ。となると、バベルは本当に……。
「スターニャ、結婚はいつ頃の予定なの?」
「ボアはなんでも訊きたがる」
「じゃ、いいや」
「あっさり」
「MIDはどう思ってる?」
「ヒトの子、良き友、知っている範囲ではだけど。個体ごとに性格も経験も違うから全てのMIDが素晴らしいとは答えられないけどね」
「いいね、いい答えに聞こえる。でもドーベル将軍はちょっと違うっぽいよね」
「ドーベル将軍が?」
「バベルを新設して、MID問題を一任したかと思えば、いきなり宇宙にポン! だよ。ソラで勝手にやってくれってことなのかな?」
「ウィドォのスパイ基地が怪しいからなんだよね、ヒト聞きの悪い。ドーベル将軍はそんな無駄なことをしないと思うけど」
「友達の君も断言はしないんだ」
「友達だって話してないよね。ボアはドーベル将軍と私の関係を知ってるんだ」
「MIDの声を送ったのはボアちゃんだよ。ボアちゃんのデータが、どう使われるかキッチリ調べないと」
「私に届いてたの知ってたんだ。じゃ、MIDの言葉の答えがーー」
「ーー敵だって? 勿論知ってる、バベルはMIDを相手に遊んでるわけじゃないよ。同じ視点に立つのに共有できる言葉を準備しておくのは基本」
「そうらしい。敵て、何だと思う」
「調べる為に、ボアちゃん達はどこに向かってる」
「ウィドォの廃棄されたスパイ基地。なるほど少なくとも内惑星の何かではないかな」
「完璧だよ。MIDも隠蔽していないから、簡単に居場所を掴める。調べればね。だけど」
「陸では未知の事件として引っ張り凧」
「ボアちゃんはとても不思議だ。……ところでバベルで一緒に働かない?
ボアの言葉は、冗談とも本気ともわからなかった。
外では何日かが過ぎて、スーパーラビットの引き伸ばされた時間、光速航行の中では僅かな時間を過ごした。
バラスト役が終わったのは、艦内隅々まで非常灯が染め上げ、とても聞き馴染みがありすぎて条件反射してしまうサイレンのせいだ。
トランプをしていたレックスが驚いてカードを落とし、リオンが肩と頭を纏めて跳ね上げ、とぐろを巻いて寝ていたボアがゆっくりと鎌首のように上体を起こす。
ーー直後。
スペースラビットは激しく動揺し、床に叩きつけられた。何かが艦の至近を通過して衝撃波の波を作った、そんな感じだ。
「おい、どこの何か知ってる奴は」
「わからん。スペースパイレーツかな」
「馬鹿な、絶対防衛圏のほとんど目と鼻の先なのに」
「スーパーラビットは軍艦なんだろ、沈められないのか」
バベルらが浮き足立つ。
衝撃の度合いから、プラズマ化した実体弾だ。電磁波の暴風に少し揺らされたのかな。生半可ではない大口径砲だ。砲であるならば、だが。
『本艦は砲撃を受けている。巡航モードを解除、無秩序加速で躱すぞ目を回すな』
アコラの放送が終わる前に、誰もが体を固定していた。体にキツい時間になる。思っている側から『地上が入れ替わった』、加速度の変化だ。
「楽しいアトラクションが始まるぞ」
「タートル! 笑ってる場合じゃない」
「リオンは心配性だな。至近弾で揺れてから戦闘態勢に移行、しかもシールドに当たってない、初弾を外すのは威嚇だ」
「スーパーラビットを沈める気はないと?」
ーー艦内戦闘。
ーー艦内戦闘。
ーー艦内戦闘。
ーー敵艦が取り付いたぞ。
ーー機関室と操舵室の隔壁を食い破られた、現在交戦中。
ーー保安班合流させるな、各個で孤立させるんだ。
ーーサーチドローンの群れだ、ショックガンを早く持ってきてくれ。
ーー隔壁を切られる、硬化剤注入後放棄する。
ーーくそっ、敵は
ーーMIDだ!




