第8話「蛇女の急襲」
バラストは息をしない、声を潜め、息を殺して……そしてお喋りする。
「ボアちゃんが美人すぎて惚れましたか? 可愛いと言うことを許可しましょう」
「少し黙ってくださいます?」
「ヒト最大の発明は国語、それを成したのは言葉、言葉は偉大な叡智です。喋らない会話しない実に勿体無い」
先客ボアちゃんて、バベルから送られてきた音声データの差出人だ。
何で乗ってるんだ、とは聞かない。機密かもしれない。ただこのお喋りとの時間は長くなりそうだとは思った。
しかもバベルは1人ではない。
「ボア、少し黙ってくれ。彼も困ってる」
「ではタートル君に訊きましょう」
「スネークにパス」
「俺にフルんじゃない亀野郎!」
「レックスと話してろって」
「トカゲはどこいったんだ?」
「タイガ、早くボアの話し相手になってやれよ」
バベルからスーパーラビットに出向いたということは、MID関連でまず間違いない。MIDは宇宙にあがったんだ、宇宙を調べるのは当然だ、当然のことではあるが、廃棄された基地を根拠地にするスペースパイレーツもいる以上は、外惑星の領域をわざわざ民間船で通過する危険は犯せない。
星系外に出るなら、内惑星軌道に組み立てているワープゲートを潜ればいいだけだ。外惑星には、資源と防衛の観点価値はあっても、通商には無かったりする。資源もマスドライバーで打ち出されるのをキャッチだ。
「スターニャ、スターニャ」とボアがぬるりと這い寄ってきた。巨大な蛇体の先端が暴れて、危うくバベルの仲間を引っぱたこうとしていたが当の本人は気にしていないらしい。
冷たそうな顔が見つめていた。ちょっと怖い。私が知る今の『ニンゲン』と同じ顔なのに、どこかやはり、強い違和感を感じた。
「MIDがどこにいるかわかる?」
「さぁ? 私にはまだわからない」
「ボアちゃんは、外惑星……その中でも第8惑星が怪しいと睨んでるの」
「ウィドォ、嵐の星だね」
「そう! 音速よりも早い暴風が吹き荒れ、カミソリのように金属化した氷が舞う極寒の台風惑星。でもここに、惑星防衛軍最大のスパイ基地があったって知ってた?」
「待って、何の話なの」
「MIDだよ。彼らは、このスパイ基地の長距離通信アンテナを利用して、星系中に暗号データを送信していたんだ」
むふん、とボアは豊満な胸を張る。
迫るボアに私が後ずされば、逃がさない、と言わんばかりに彼女の蛇に巻き取られた。ゆっくりと手繰り寄せられ、
「ボアちゃん達バベルは、ウィドォのスパイ基地に行く。MIDを調べるのがバベルの仕事だしね」
でも、とボアは呟き、
「スターニャ、貴方はどこで降りたいのかな? 迷子の子猫さん」
「特に決まっていない。強いて言うなら、MIDの調査で外惑星を外遊だよ。未来の奥さんの御使いで」
「スターニャはお尻に轢かれてるらしい。でもいいね、そのヒトは大きなお尻のようだ」
「あぁ、とてもね、そこが可愛い。そこも、か。どこに行ったのか、何をしているのか、それを探す最後の独身旅行だ」
ボアの重い空気が散って、根暗そうな顔の口が大きく裂け、笑いを作る。
「目的は同じで、やっぱり当たり前かも。この時期に外惑星に出るんだもん」
「どういうこと、ボア」
「知らない? スペースパイレーツが活発なんだって。どこからか、いや他の星系からか。流れ込んでるらしいんだ」
初めて聞いた。
ならばMIDもスペースパイレーツと交戦しているのではないだろうか。だとすれば、敵の意味はスペースパイレーツだということになる。だが連中に、MIDが戦いを決意させるような力が本当にあるのだろうか? ドーベル将軍が直卒した艦隊との決戦で掃討されたはずだ。
「バベルで一時的に共有した観測所で『そういうデブリ』が流れてくるんだよ」
「具体的にはどんなのだい。ミイラになったヒトとか?」
「まさかだよ。デブリは戦闘痕のある構造体の断片だ。ビームで焼かれていたり、実体弾の高速衝突でクレーターが生じていたり、そんなの」
私は「ふーん」と返しながら、外惑星で繰り広げられている宇宙戦を考えていた。ラビがいたら、と弱音を吐くそうになる。彼女はいないが、彼女がいれば別のものを閃けるヒントをくれたはずだ。
最近はずっとラビと一緒にいただけに、彼女が側にいないのは不安だ。時間は有限で、無限と信じているものはあまりにも短い時間でしかないのに……不安だ。
「むふふ。初夜前の最後のお楽しみ。これは、婚前の過ちの匂いがするよ、ボアちゃんの目は見えてるんだ」
「見えてるのは、ドッロドロの昼ドラマだけだろ、まったく」
「スターニャ、あそこにいるリオンとかどう? フサフサで猫らしい可愛さがある娘だよ」
「美人だよね」
「ヤル? やっちゃうかい? ボアちゃん的には苦悩という心理を理解する、また快楽が上書きする過程というものを観察したいーー」
「ーー怒るよ」
「スターニャがぶった〜!」
「ボア、俺の手で宇宙へ放り出してやる。エアロックにこい蛇女」
バベルのヒトが、ボアの巨体を数人がかりで運んでいった。
ーー手筈では。
ラビの親戚であるアコラに外惑星で放棄された基地の調査に同行させてもらう予定だった。




