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第7話「空に続く塔と船」

 宇宙旅行は、初めてだったか。軌道エレベーターで衛星軌道の宇宙港までの束の間、そんなことを私は思った。


 宇宙戦艦だって分解せずに持ち上げられる軌道エレベーターの箱は、ホテルよりも巨大な物体が上下に動いているのと同じだ。快適な宇宙への切符を握りしめているが、それもラビがいなければ楽しみも半減の気分……。


 宇宙に到着するまで、短いようで長い。待ち時間を使って2通ほどメールを書いた。


〈軌道エレベーターに乗ったよ。もうじき宇宙で、君の紹介してくれた巡察艦を見られそうだ〉と、これはラビ宛に。筆まめでないと忘れられてしまう、それは悲しいことだ。


 もう1通は、


〈スターニャです。到着まで2時間〉


 ラビ紹介の巡察艦ーー親戚が艦長を務めているのだそうだーー宛だ。星系防衛軍が内惑星まで下げた艦隊根拠宙域の外まで、彼らの艦にバラストとして乗り込むことになっている。私の体重と食料や水分、補給品を削る無茶をしてくれているのだ、頭が下がる。


「くぅ〜」


 変な声が出た。気圧の変化は一定に保たれているが、足元から伝わる微細な振動が靴から肉球を伝わる。ゾワゾワとしたものが背筋と毛並み、尻尾を逆立たせる。踏んだだけで装甲の厚みがわかる特技には自信があるが、こういう時は気持ち悪い。


 お客は私以外にも多い。


 自然と独り身の耳は傾く。


「MIDて怖いね。宇宙で反ヒト連合を作ってるらしいよ?」

「宇宙軍は最強だから大丈夫だよ、旧大戦の英雄ドーベル将軍もいるんだ」

「退役軍人もあぶれて、なんか嫌な社会よねー」

「俺の知り合いが軍人なんだけどさ、また退職者を募られて辞めさせられたらしいぜ」

「MIDが職を奪うし、勉強、勉強、馬鹿は死ねって言われる社会にした政府は最悪だな」


 ヒトの中にはMIDも混じっていた。


 機械のモノアイが沢山の手足と一緒に遊んでいたり、巨大な翼手をくすぐったり、片手間で転がしてじゃれさせていた。


 外部カメラをモニターしたテレビへはいつのまにか、青い水平線が見えていた。海ではない。星と大気の境界だ。


 何度も見慣れた光景を見つめているうちに、エレベーターは主要宇宙港の1つ、ホワイトロップ宇宙港入り口に着いた。


ーーさぁ、巡察艦へ急ごう!


 意気込み足を踏み出した瞬間、紺色の制服と帽子を被る犬の警備員に囲まれた。見ていた他のお客がざわつく。


「マクベス・スターニャ?」

「そうだよ、私がスターニャ。第5基幹部隊OBとして年金の禄を食んでるしがないおじさんさ」

「ご同行を。……戦略諜報部から出ています」

「任意かい?」

「勿論です」


 犬の警備員さんに連行される猫としては、彼らの皮下装甲や戦闘用に調整された『音』が気になった。明らかに警備員がやるレベルではない。軍人、か、あるいは元・軍人だ。


 答えはすぐにわかった。


 管理者用の通路の先で待っていたのは、取調室でもカツ丼でもなく、ドックの停滞フィールドに立て掛けられた巡察艦だ。


 垂直にそびえる巨体は、ヒトの限界を超えた機械を骨の髄まで伝えてくる。


「待っていたよ、スターニャ」


 巡察艦の前で待っていてくれたのは、ラビと同じ兎のヒト、彼女は艦長の制服を着ている。見た目がラビにそっくりどころではない、瓜ふたつだ。いや、雰囲気のせいか少し、やっぱり違うか。


「アコラさん、かな」と私は握手を求め、「そうだ!」とアコラから力強い返しを貰った。肉球やモコモコの手にしては、機械的すぎる。


「義手?」

「……手袋をしていたんだがな。末端腐れ病だよ。クローン培養した腕脚を移植する予定だったんだが、色々あって機械さ」

「良い腕だ」

「褒めてくれてありがとう!」


 アコラは腕を褒められて、内心マズイことを言ったかと焦る私を裏切り、満面の感謝と笑いを見せてくれた。……もし演技だった時これからの航宙が少し怖くなった。


「では、我らが第2の母、強襲型巡察艦スーパーラビットのバラストくんを早速積み込もう」


 ラビとそっくりなのは、見た目だけのようだ。


 客船とは違う、華やかさでお客さんを迎える気はさらさらない雰囲気の中でスーパーラビット艦内へ招いてもらった。勝手はどの軍艦も似たようなものだ。


「お客さんには悪いが、うちには捕虜拘束室くらいが空き部屋だ」

「上等だよ」

「先客がいるが、許してくれ」

「先客?」

「バベルとかいう、対MID調査局だったかな。彼らも同乗してる。目的はスターニャ君と同じだよ」

「挨拶が必要かな」

「代表はボアとか言ったな、蛇女だ気をつけていけ。ーー従卒!」

「はっ!」

「お客さんを案内しろ」


 案内されたのは、捕虜を放り込んでおく為の一室、小綺麗で、普段はクルーの共有スペースとしても使われるのはどの艦でも同じなのかな。


 中に入ればアコラが言っていたとおり、先客がいた。


「初めましてだよ。スターニャだ」


 挨拶を手短に決め、適当に空いていたソファに腰掛けた。高G時にも対応するために、アンティークの高級さを出していながら可変式の沈み込みで、体を固定するベルトも付いている。今は不要なものだ。

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