第5話「外宇宙で揺れる影」
庭園から覗ける外の荒野でまた、轟々を白煙が空を目指して打ち上がっている。MID達だろう。ただ……廃品を組み立てた、ボロのロケットとは違う、最新の、そして本物のロケットと同じ火の色がノズルから噴かれていた。
軌道エレベーターを使えばいいのに。
それは、彼女達の理念に反するようだ。
「帰ろうか、ラビ」
「はい。少し疲れましたね。近くのデパートで軽くデートしませんか」
「良いね。財布が重いと思っていたんだ」
普段よりも少し騒がしいグリーンボックスは大きな計画に奔走しているのかも知れないけど、それを部外者の私が聴きだすことでもないだろう。秘密というものは秘密であることが大切なのだ、その方がーーワクワクする。
「帰りの運転は私がーー」
「ーーラビです」
ラビとのドライブなのに、私の気分は重かった。荒い運転で吐きそうなわけではない、帰りは丁寧な運転で乗り心地は良い、助手席から見たラビの横顔も悪くない。だが……。
「敵、か」
「MIDの喃語に似た状況に合わせた仮の答えです。気にしすぎる程のものではありません」
「でも仮にだよ、MID達がその、敵、と思う何かに向かって動いていたとしたら、どうする?」
「どうするとは?」
「敵なら備えないと。MIDが宇宙に行くのはその敵が宇宙から来るものだからだ、とは思わないかい? 私達はもしかしたら、非常に危険な状況に入ろうとしている……とか、なんちゃってね」
宇宙はーー高いよ。
見上げれば青い天蓋でベールの空が広がっている。飴細工の綿のような雲が、斑に群れて泳いでいる。太陽の青だけ透過する、大気の色だとは子供でも知っている。青のベールを突き抜けた先が、遥か遠方の星々と星系の兄弟姉妹星に衛星が浮かぶ、本物の空だ。
「スターニャは私が守ります」
ラビの心強い言葉に惚れ直した。ドーベル将軍達と一緒に戦っていた時を思いだす、勇ましい言葉、勇者達が当たり前に保障しようと……そして多くの約束を反故にしてしまう、そんな言葉だ。
「MIDよりも、MIDが察した敵のほうに俄然興味が湧いたよ。MIDは民間専門家集団バベルに任せよう」
「宇宙に行きますか?」
「話が早いね、流石はラビだ」
「ーーその前にショッピングは可能でしょうか?」
「勿論だとも。嘘の約束はしない。何か欲しいものでもあるかい」
「物はともかく、一緒にお食事でもと考えています。友人がレストランをオープンしたようですから。元は軍のコックで、良い腕でした」
「そいつは楽しみだ! メニューにはーー」
「ーーポテトと魚の揚げ物はありますよ。チーズとケチャップマヨネーズはセット、塩はお好みで振りかけます」
「良いね。でも、それってショッピング?」
「そのレストランは、オーナーの気紛れで玩具をくれるんです。ゴハンを食べて玩具を買う感じです」
「面白い。何が貰えるんだろ」
「えっと、色々……ですね?」
……何だ? ラビの歯切れが妙に悪い。珍しことだ。
「そのレストランの人は、軍で何をしていたんだい?」
「工兵です。手製の自走爆弾を作ったりしていましたね」
「本当にコックなのそれは」
「隊で一番料理の腕が良いから引き抜かれたのであって、化学薬品など手先が器用な人です」
ラビは難しい顔をしている。見ればわかることだ、私はそれ以上に彼女を困らせることをやめて、話題を切り替えることにした……のだが良い話題もなく窓の外を見つめている。ラビはそんな私に気分を害したわけでもなく運転に集中している。
「……」
助手席からぼんやりと外を眺めていた。
ーー五〇〇万人。
MIDがロケットを組み立て宇宙に行方不明になった推定数だ。五〇〇万という数字は、小さな衛星を丸々居住区に短期間で改造することが可能な仕事量を生み出せる。基地の一つや二つ、簡単に立ち上げられるだろう。外惑星に放棄してきた軍事基地を流用すれば、莫大な数のMIDを再生産も可能だ。宇宙トーチカで防衛線、自走要塞だって建造できる。
……軍事力にばかり隔たって考えるのは、悪い癖だな。
美人でお尻の可愛いラビが運転席にいるんだ。もっと華やかなことを考えよう。そうだな、MIDが五〇〇万いてくれたら、地平線まで続く山脈を全て、夢とメルヘンのお菓子の国にできる。資源が充分にあればだけど。MID事業最大のネックは、膨大な資材を滞りなく、かつ過不足なく輸送することだ。MIDの建設に消費される資材の供給が追いつかないことが多々ある。
MIDが数百万も集まって何かをやるというのは、余程の大事業だろう。それこそ、小惑星を丸々改造するとか、海水を直接宇宙まで吸い上げて燃料を作るプラントの建造レベルだ。
ーーもし。
MIDが一斉に叛乱を起こしたなら、全盛期の星系防衛軍でさえ一〇日と抗戦できずに降伏するという研究結果がある。MID達に戦闘用データはない。だがダウンロードできないわけではないのだ。戦艦の建造、戦闘用ボディの製造、それらの製造施設の稼働も可能なんだ。
「敵、か」
私は呟いていた。
MIDが一斉に動く必要性がある敵となれば、それは星系防衛軍よりも遥かに強大な存在だ。
仮定だ、単なる仮定……だが……MID、『私達の子供逹』。君達は一体何を考えているんだい? 私にはまだわからないよ。
見上げる空は、重力の底から見える空は青い影に隠されて見えない。
ラビとの楽しいデートが目の前にあるのに、私はドロリとしたものが胸に粘ついていた。




