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第4話「その言葉は、敵」

 喃語に似ている。赤ちゃんが喋る『言葉』だ。庭園中に響いたその言葉を聞いて、MID達が集まってきた。


 私は何でもないよ、とMID達を返そうとしたが彼女らは遠巻きにこちらを見ている。ジッと、初めての御使いへ出る子供から目を離せないかのように。悪い感情ではないのは、確かだけど。


 しかし、でも……。


「スターニャ。MID達は何か話していましたか」

「なんとも。私達の言葉とは違うものを話し始めた。まるでーー」


 そう、まるで、


「ーー赤ちゃんが一斉に話し始めたみたいに」


 人工知能の心を読めるのは、仮説では意識がサイコウェーブとして放射されていて、それを受信しているからだそうだ。意識は量子的なもつれの中で生まれる、というのが主流の現在では量子コンピューターと精神は強く結び付けられる分野になっている。

 

 MID誕生の源流だ。


 ただし逆に、人工知性体側がヒトの意識を事細かに理解している、という事例はない。読めるのなら、野菜はオカズにするな! というコックのMIDと野菜嫌いの戦いには終止符が打たれている。これも謎として研究が続いている。


 いや、受信できていないのではない。心を解読できていないだけなら……MIDの喃語……MIDはヒトを理解しようとしている?


「ありえるのか」

「どうしました、スターニャ」

「仮説を思いついたよ、ラビ」

「よかったですね」


 いつのまにかラビの短い尻尾が、私の握り拳よりは一回り大きい、ちょっと鉤になっている尻尾に触れていた。


「MID達を受け入れられたのは、どうしてなんだろうね。疑うのはわかる。健全だ。大なり小なり、自分以外の、そして自分自身も人は疑う」

「ラビもですか」

「勿論。なんで今日は、キスをしてくれなかったのか、婚約破棄される前触れかな、と疑ってる」

「馬鹿ですね。……MIDを受け入れられたのは、意識があったから、つまり『ヒトと認められるもの』があったからだと思います。話せて答えて考えられる。これがヒトではないでしょうか」

「形は全然違う、しかも人工的に作ったのに?」

「形態の違いは、世にあふれています。それがヒトの指標であるなら、私達は旧時代の大戦まで時間を巻き戻さなければいけません」


 魚の尾で泳げる者がいれば、馬の四足で走る者がいるし、角もあったりなかったり。確かに色々なヒトがいる。


「それに人工的というなら、合成タンパク質系のクローン達も考えなければです」

「良い答えだ。つまりMIDはヒト足り得るに必要十分だね」


 私の『知っている人間』がどこにもいないけど、だからこそか。ヒトの定義てなんだろうね。


 ニュースを流し読む。MID関連が多いのは、社会的な衝撃の表れかな。よく話を聞くのがMIDだったのに、ある日突然よくわからない行動を始めたとなれば、怖くもなる。ラビがSMに目覚めて、鞭と仮面を付けたら……私が受ける側? 嫌じゃないけど……。


「スターニャ、難問でしょうか? ラビが手助けできれば良いのですが……」

「なんでもないよ、ラビ」


 心配そうに、そして極めて自然にラビのモコモコで艶やかな毛並みの手が、私の手に温かく触れた。私の月色の瞳に、彼女の夜色の毛並みが浸る。


「そうだね。じゃ、ニュースを一緒に読もう。なんだか学生時代に戻ったみたいじゃない?」


 マキタプを、私とラビの間に渡して、お互いが覗けるように肩を寄せる。


「MIDに警戒と再軍備の必要性、ですか」


 ラビの目に止まったのは、アイアンシェル新聞の見出しだ。この新聞は機械系に強いんだけど、軍関連ではちょっと過激だ。購読層にマシン教信望者が多く………って、アイアンシェル新聞がMIDを警戒、か。


「意外だね。彼らこそ、MIDを擁護すると思ってたよ」

「でも、MID脅威で自律ロボットをより導入しよう、とも言っています」

「なんでMIDだけを、一方的に切るんだろ。実害があったわけでもないのにね」

「不思議です」

「MID離れかな」

「あったとしても一部でしょう。MIDが見限るほどの影響があるとは思えません」

「だよね、私もそう思う」


 MIDを武力制圧だの恫喝して従わせようはともかく、多くのヒトは怖がっている。これは確かな事実だ。建設や福祉、保育にMIDを使っている人達も、別の意味で戦々恐々だろう。


 MIDはある意味では、体格があまりにも違いすぎる人々の緩衝材にもなっていたから、もしかしたら、衝突が増えるかも。


「ふむぅ……」


 AIの声が聞こえるーーと私は思われているが、正確には『語られた言葉を翻訳できる』というだけで心を読んでいるわけじゃないんだけどね。だから、庭園に集まっているMID達の心は『わからない』んだ。


「スターニャ。さっき、MIDの言葉が赤ちゃんが使う喃語みたいだ、と言っていましたよね」

「言ったね、どうかした?」

「保育の知り合いにデータを送って、どういう感情なのか聞いてみるのはどうでしょうか」

「ラビ、やっぱり君は最高だ」

「キスで我慢してあげます」


 喃語ーーと勝手に思ってるだけのものーーをラビの知り合いに転送した。問題ないだろう。機密漏洩とかになったら、ドーベル将軍に泣きつく!


「あっ、返信来ました」

「早いね」


 ティン!、そんな呼び鈴を叩く甲高い電子音と共に、届いたメールが開かれる。


 近い言葉は、


ーー『敵』。

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