第36話「見上げる炎」
ソラがパラサイトに埋め尽くされて久しい。ウィドォのソラはパラサイトのものなのだから、ありふれた日常だ。
白い月に混じって、パラサイト艦がいくつも空を引っ掻いた傷のように白く痕を残している。
消えてくれないと宇宙に帰れないが、それは取り敢えず考えないことにした。地上に集中しよう。
指揮個体のパラサイト、アルファと呼称した奴を仕留めて幾月かが過ぎた。
アルファに関する戦略情報は共有され、このアルファと類似した個体が前線の指揮を担っているーーと言うよりは知性の大元であることらしい。詳しくはわからないけど、サイキック的な繋がりで他のパラサイトと同化して、実質的な手足にできるとかなんとか。
アルファを叩けば、他の下位個体もショックで斃れるということだ。
アルファ狩りに集中し、発見次第、空中砲台ユニットの急派で速やかに駆逐していくことを徹底し、パラサイト前衛は崩壊した。
とはいえ、油断できない状況だね。
パラサイトはアルファを隠し始めている。重要な個体ではあるようだが、具体的に指揮をしている上級個体なのか、高級な兵器という役割なのか、そんなことさえも私達にはわからなかった。
貴重な時間を稼いだけど、振り出しの均衡に戻った。
それだけだ。
「スターニャ、通信局からの噂」
「どんな噂だい、MID」
MIDはよく、噂をする。おしゃべりが多いのだ。話しかけてきたMIDもそんな一人だった。どことなく楽しそうなのは気のせいだろうか。
噂。
星系防衛軍が動いた、という噂だ。封鎖の一部がカッパーの艦隊で崩れた通信妨害の隙から押し込まれてきたそうだ。
まあ、そんな噂。
スキャッターライフルを整備しながらの暇潰しに、話のタネだ。
そう思っていた。
随分と空を眺めすぎていたのかもしれない。パラサイト艦が埋め尽くしている空をだ。もしこの包囲が崩れたなら、なんて考えることはほとんどしなくて、宇宙からの援軍が来る! と夢を見る前に目の前のパラサイトと戦う方が大事だった。
だから、その速報はまず、疑いから聞いていたんだ。
〈戦況報告〉
「正気の沙汰ではない! 奴ら本気で突破するつもりだぞ! 対宙砲台集めろ、一角でいい撃ち崩すんだ!」戦力の温存でひた隠してきた大型巨重兵器が久方ぶりに夜空の下へ姿を表して。大口径粒子砲が輝き、戦艦でさえも沈める破壊の渦が軌道上のパラサイト艦を襲う! そしてパラサイト艦隊とはまた違う艦隊が滑り込んできたのが、地上からでも双眼鏡の拡大ズームで見えただろう。その艦隊はパラサイト艦隊を押しのけ、次々と何かを射出しては離脱していった。地上の様子などわからないだろうに、無差別に打ち出されたそれは星系防衛軍の降下部隊だった。小康状態だった雪原に再び、黒煙と血肉、鉄が満たされる。
パラサイト艦隊の封鎖を強引に破って降下した!
なんて無茶なことを!!
星系防衛軍の艦隊であることは間違いない。それにしても無茶を押しすぎている。艦隊単独の作戦とは思えないがーー無茶苦茶だ。ウィドォ防衛艦隊の生き残りと合流に成功していたから、可能?
いやいや。
そんなことはどうでもいいんだ。
今は、降下してきた部隊を助けに行かないと。
それも今すぐに!
でなければ……。
救助の為に戦線では撹乱砲撃が繰り返され、パラサイトとの陸上戦を経験して新造されたコンバットスーツを配備した精鋭が、偽装フィールドに輪郭を溶かしながらパラサイト哨戒線を容易く突破する!
「出してくれ!」
私はウォーワゴンの装甲を叩いて、ドライバーに合図を送った。ウォーワゴンのタイヤが凶悪に転がり始め、錆だらけの、そして開け放たれた門から飛び出す!
跳ねた拍子に浮遊感、そして胃袋が持ち上げられたかと思えば、ウォーワゴンは衝撃吸収装置で自重を受け止めながらバウンド、そして安定した。
雪煙を巻き上げながら、大規模な車両部隊が飛び出していく。もしパラサイト艦隊が完全な目を維持していたなら、軌道爆撃されているところだ。
だがお互いソラも地上も大混乱でそれどころではないらしい。
忙しくなるぞ。
「思ったよりも大規模な降下だ」
流星が降り注いでいた。
ウォーワゴンの跳ねる、天井を切り欠いたシートから見つめながら、なんて無茶を!と何度目かの強襲に対する愚痴だ。
だが、貴重だ。
ヒトをできるだけ多く助ける。
MIDと戦う理由は今でも曇りはない。それはMID以外も例外ではないのだ。
MIDは震えていた。
恐怖にではない。
ヒトを助けたいと思う心に。そもそもMIDはライオンズ星系を守りたいと考えて誰よりも早く駆けつけ戦っていた。
そして今、ウィドォに星系防衛軍の降下部隊が、そして艦隊が姿を現したーーかもしれない。ライオンズ星系の力が集まった。正しかった証明は、MIDの中の僅かな迷いも振り払い、勇気を作る。
「引き潰せ!」と誰かが叫ぶ。ウォーワゴンがパラサイト歩兵集団に突っ込み、弾き飛ばしながら割いていく。両側で対人地雷がばら撒かれ、銃火が飛び交い、装甲をプラズマアシッドの暴風が削り、しかし決して誰も怯まない!
「リオン、オートキャノンはどうした!」
「あんなの持ってこれるかと! タートルが担げよ!」
敵、敵、敵。
かつてないパラサイトの数は、まさしくヒト義勇軍最後の拠点である南極要塞を攻略する本気だろう。
集結していたパラサイトの軍団、そして近い未来に、私は冷たいものに鷲掴まれた。




