第34話「カイブツというヒト」
ヒトは、完全に統一された一つの意思で、無数の肉体を末端としているわけではない。
少なくとも私はそう信じている。
そう言った視点からだと、パラサイトはヒト的からは遠い存在だ。奴らの意識はパラサイトという一致したものでしかない。だから、パラサイトと戦うのは無数であって一人なのだ。
「焚き火なんて原始的だな」
「うるせぇ、ならお前は外で見張ってな」
「あ〜、あったけぇ……」
「見張りはMIDが」
「いやお前らも温まれ。冷えすぎて体の性質が変わっているかも」
ホットリバーの要塞跡地で私達は暖をとった。風を防いでくれている壁はなんともありがたい。
「傷は塞いだ」
「痛み止めは?」
「必要ねぇ、デブだから全部、毛と脂肪が吸収してる。擦り傷だ」
「医者が言うこと!?」
熱源なんてセンサーですぐに感知されそうなものだが、吹雪は分厚い。余程至近じゃない限り、熱も白い闇に飲み込まれる。
だからこそ私達は今、放棄された土地で焚き火ができるわけなんだけれども。パワースーツとは便利な装備だ。熱透過の非対称性、冷たさは遮断して温かさだけを投下してくれる。完全に密閉されていても、焚き火に肉球をかざせば温かかった。
バッテリーが少しは節約できるだろう。
「ウィドォくんだりで、まさか焚き火を囲むとはまさか思っていなかった」
ペンさんが両翼手をかざしながら、ポツリ、
「変人ばかりだ。MIDなんてものを助けにここで凍え死のうとしてる連中が見える」
「しっつれいなやつ」
「焼き鳥にするぞ、鳥」
「こいつ手羽先にしようぜ!」
「火はあるしな!」
ペンさんが丸焼きになるかはともかく、冷えすぎたMIDの金属殻が現実的な脅威なのでソフトスキンは皆距離をとっていた。もし金属に肌が触れようものなら、皮膚を剥がすことになる。
MIDはソフトスキンではない。冷たい金属の殻だ。ヒトではあるが、ソフトスキンとは違う気の配りがいる。MIDにも、ヒトにも。
「スキャッターライフルの整備か? MID」
「はい。待機モードに入るには、少し勿体ない」
「勿体ない」
「はい。この空気がヒトなのだと感じています」
あれ?
カーマインどこに行った。
あの鰐こそ火に温まらないと氷のオブジェに変わってしまう。
冬眠している……。
「寝かせてやれ、疲れたんだろう。お前も寝ろよ。少しは体力が回復するぞ、スターニャさん」
「ありがと、ベアさん」
「……しかしあんた、思ったより小さいな。うちの子供くらいしかないぞ」
「形体が違うからね」
「そうだな。時々思うよ」
「何を?」
「形体が大きく違うのに、本当に同じヒトなのかって」
「……」
「あんたもそう思わないか?」
昔なら、悩んだかもしれない。
「いや? ヒトだ。例えば今、私はここにいて、ベアと話しているな? つまり対等に話せているということだが、ヒトでなければ対等に会話はできないだろう」
「成る程。形体にこだわりはないか。道理だ」
「何がだ」
「MIDをヒトと考えていることだよ」
ベアは熊特有の凶暴な笑みを見せた。笑っているが威嚇と区別は難しい。だが蛇虫鳥ほど縁が遠いわけでもない。不思議と素直に受け取れた。
「ペンの野郎が焼鳥にされそうだぞ、ベア、連れ戻してこい」
「ホワイトさん、いつも思うんだが命令はやめてーー」
「ーーあっ、ペンの仲間が助けた。だけど一緒に焼かれそうだ。今晩は美味い肉が食えそうだな」
「聞いてくれよ……」
寝ているものは寝かせておいて、班長同士で会議があった。
揺れる焚き火。
荒らしい吹雪が勢いを増していた。
「アルファを仕留めるのに、要塞の構造は有利だ。立体的に戦える」
「それはいいんだが、問題はどうやってキルゾーンに、それ以前にアルファを追跡するかだ」
「獲物を罠に嵌めるなら、獲物の位置を正確に知っておく必要がある」
「問題ない。ホワイトの鼻がある」
「浴びる程血を嗅いだから、体が覚えてる」
「寒いがやれるのか?」
「寒いところの出身だ」
「ならホワイトに頼もう。一応、各自鼻の効く者も注意しろ。パワースーツの嗅覚補正機能をオンにするんだ。鼻水は垂らすな? アルファはそこそこ知恵がある。臭いを偽装することだってありえる」
罠を仕掛けながら、
「MIDは力持ちだな。ありがたい」
「ソフトスキン用パワースーツと違って神経系に相当するものと機械の直結ですから。安全装置はありません」
「加減を間違えて握り潰してくれるなよ」
「ハンドセンサーが絶えず監視しているから大丈夫だよ、ビビるなクマ・ザ・ベアー」
ホットリバー要塞の地上施設は頑丈な市街だ。軌道爆撃から守るシールド発生機は失っているが、まだある程度の重砲の砲撃にも耐えられるだけの頑丈な施設だ。
私達はそこに、センサーを張り巡らせた。
幸い、弾薬庫のいくつかからは地雷や砲弾、信管の生き残りを回収でき、それぞれ仕掛けていく。例え戦車でも、重量級の砲弾を重ねれば吹き飛ぶだろう。
アルファへの罠だ。
足りない火薬の代わりは、施設の破片を使った、極めて原始的な重力落下式の罠だ。つまり、落ちて潰す、刺す。原始的だが、怯ませられるかも。
「落とし穴なんて何年ぶりだ」
「俺は掘ったこともない」
「本当か? 教師を落としたりするだろ」
「お前はどんな学生生活を送ってきたんだ……」
吹雪がーー止まった。




