第33話「指揮個体アルファ」
パラサイト指揮個体。
私は猛吹雪の中で、巨獣を見た。……反応はノイズではない。勘が、警戒を促した。そしてあれこそがそうだったのだと確信した。
情報分析室が『アルファ』と名付けたパラサイトの新型個体は、周辺のパラサイトに対して強い命令権と、高い生存能力を持っているようだ。
「データリンクに注意! 吹雪いてきた! 視覚に頼りすぎて逸れないで!」
猛吹雪だが、パワースーツのマイクやデータリンクのおかげで隊列を正確に維持はできていた。
長距離斥候の終着点、旧ホットリバー要塞は目視可能な距離の筈だけど、雪の夜が深すぎてよくわからない。
ーーその時だ。
一番先頭を歩いていた輝点が何の前触れもなく、遥か真横に吹き飛ばされた。
「?」
豪雪の中で滑ったのかな。それなら助けて、その周辺を注意しないと。
私は呑気なことを考えた。
だがすぐに気がついた。
何であるかをだ。
「うおおおぉぉぉッ!?」
マイクから拡声される叫びはホワイトだ。ぶちぶちと裂ける音を聞いた。私はデータリンクの位置情報からホワイトの位置を割り出し、スキャッターライフルの安全装置を解きながら、パワースーツの脚を唸らせ跳んだ。
高感度熱センサーが、吹雪で細切れにされたホワイト、そしてそれに噛みつき組み伏せる『怪物』を見つけ出した。スキャッターライフルは……駄目だホワイトに当たるかも。私は腰のライオンズナイフを引き抜き、怪物に突き立てた。
ナイフは硬い外骨格に弾かれることなく、根元まで肉に食い込みーー根元からへし折られた。
「マジか」
怪物は呻くホワイトを咥えたまま、私へと振り向こうとして、ホワイトのナイフに頰あたりを裂かれた。
怪物の悲鳴。
ホワイトは血塗れになりながらも怪物の顎門から逃れ、私はスキャッターライフルを撃ち放つ!
だが怪物に少々の、熱い、赤い血を流させただけで白い闇へと消えていった。
「なんだアレは!?」
ホワイトは叫びながら、パワースーツの止血機能に呻きをこぼしかけ噛み殺していた。傷は深くなさそうだ。分厚い脂肪と豊富な毛並みに助けられた。
「アルファーーと呼ばれる怪物を聞いたことがあるが……」
「何もんだ」
「怪物だ。アイツと出会ったら全滅すると」
「馬鹿らしい、じゃ、情報源は?」
「コンダクター級の仮説だ。パラサイトには時折、異常な指揮系統の分化が発生する。つまりその異常を指揮する個体がいるのではないか、てな」
「クソッタレ」
「アイツとここでやりあうのは不利だ」
「……要塞に立て籠もるか」
「パラサイトが駐留している可能性は?」
「祈ろう。だがパラサイトの大規模な部隊は少なくとも駐留していない。いても小規模だ。要塞の広さを考えればーー」
「ーー幾らでも隠れられる」
何か踏んだ。
硬い雪を砕けばそこにいたのは、雪が圧縮された氷の中から少しだけ砲身を出していたMID戦車だった。
戦場跡地に辿り着いたらしい。
そんな不規則な金属の岩肌が、いくつも埋まっていた。
「うおっ!?」
「どうした」
「こっちを見てた、雪中で寝ていた連中と目があった」
「合掌しとけ」
「なんまいだぶ、なんまいだぶ」
ーー死。
「まるで墓場だ」
私達は墓を横断した。ホットリバー要塞は近い。
「何かいます」
先頭のMIDからデータリンク。墓場を横断している中でセンサーが動くものを捕まえた。複数のセンサーがトレースを開始して……。
「なんだアレは?」
声を出したのはベアだ。荒れていた吹雪が去り、しかし太陽から遠いウィドォの、昼でも夜のように暗い空の下に『それ』はいた。
生き物ではない。
だが、ヒトだ。
「重機型MID……大きいな」
「違う、装脚型の対宙砲台だ。山みたいな巨獣だが、こいつはまだまだ子供同然サイズだな」
凍りついた氷山として、死んだMIDの骸が横たわる。そこから先に見えるのは、破壊され尽くしている、しかし瓦礫と頑健にすぎる防衛線の名残りが延々と雪原を黒く線引いていた。
ホットリバー要塞だ。
跡地、ではあるが。
ヒトは私達以外にいなかった。
「動体反応はなんだ。彼らは死んでいる。屍人が動くならわかるが……」
センサーから動体反応はいつのまにか消えていた。データリンクの誰も反応を見つけられない。
嫌な感じだ。
だが、嵐がくる。
パワースーツを着込んでいても凍りついてしまう極寒は、パラサイトの侵攻を度々食い止めてきたが、私達にも等しい爪を向けてくる。




