第32話「吹雪の怪物」
奇妙な噂を聞いた。
怪物の噂だ。
私達はアルファと呼んでいる。
季節はウィドォに人工の猛吹雪を作った。
極寒の白い闇は、ヒトをパラサイトから守り、環境に特化したヒトの戦力は、超低音に晒されるパラサイト軍よりも少しは有利に立てる有利な気象だ。
だがその闇の中を、恐るべき怪物が潜んでいるとなれば別の話だ。
MIDが生み出した合成獣ではないことは、コンダクター級クラスの会議で確認済み。つまりこの怪物は、パラサイトの生物兵器なのではないかというのが情報分析の結論だ。
怪物は旧ホットリバー要塞近辺を斥候する小部隊を襲っている、らしい。だがその全てが未帰還であり、あくまでも噂だ。
「寒い……」
私は太陽からもっとも遠いウィドォの
夜の調査部隊に編入された。くじ引きなんだ、仕方ない。
潔くいこう。
防寒のモコモコを厚着して、下には保温機能付きパワードスーツだが寒い。
MIDは体温調整しないから、とても機能が低い、低すぎるんだ。
一方では、銀世界を素直に楽しんでいるヒトもいたりする。地上最大捕食者のホワイトさんは、ムーンサークルさんの首を掴んで雪に飛び込んでは急浮上、また沈降と繰り返しながら掻き分けて行ってしまった。
変温系のヒト達は氷のオブジェに変わった。冗談だけど。極寒の環境に適応できるヒトは多くはない。私と同じくらいの、空を飛べない鳥であるペンさんみたいな、特殊な鳥が主力だ。
私も炬燵で丸くなりたい。オヤツの蜜柑は凍りついてオレンジ徹甲爆弾になっていた。
「こう吹雪いては足跡は無理だな」
楔型に展開する先頭集団のペンさんの同族を追って、本隊は少し後ろで普通の行進の隊列を組んでいるがーーデータリンクの中で映る姿だけだ。肉眼と同じ視界では白い闇がどこまでも広がっている。
「ペンさん。具体的には、怪物はどんな痕跡を探すんだい」
「全長はそこのホワイトの三倍、自動車を跳ね飛ばして、ヒトの平均を煎餅みたいに踏み潰せる広い足跡」
化け物だな。
単独行動をしているし、群れのパラサイトの中でも異質だ。
ーーそういえば。
仮にその怪物と鉢合わせたとして、一個分隊一五人で太刀打ちできるのかな。
素朴な疑問だ。
武装は私含めて一五人全員が同じ火力。つまりスキャッターライフル、サーマルグレネードランチャー、ライオンズナイフ、使い捨てのヘルロケットチューブが二本。軽量パワースーツを着込んで装備している。
……単純な軽装甲の車両や斥候との交戦には充分なんだけど、戦車も破壊しそうな怪物を相手にするなら多弾頭式対戦車ミサイルあたりを持ってきても……。
「狩りの経験はあるか?」
「鼠や鳥、それに虫や蛇ならあるよ」
「ベテランだな」
「ひえぇぇぇッ!」
「ペン、その五月蝿い小心者達を黙らせろ」
「怖がらせてるのはお前達だ、肉食獣め」
アルファ調査に出向いているだけだが、いつのまにか『狩る』ことも視野に入っていた。まあ、そうでなければ重装備ではないだろうが。
アルファと遭遇したとき、充分な火力がなければ逆に皆んな倒されてしまう。アルファを倒せる火力が最低条件だ。理想は航空爆撃でミンチに変えることだけどね。
歩兵部隊を全滅させる怪物だ。
怪物というよりも、戦車みたいなものだ。ヒトを相手にするような考えはしていない。そもそもパラサイトはヒトから遠すぎるマインドに感じるわけだけど。
「MIDて、狩りとかやるのかな? そこんところどうなの?」
「私ですか?」
班員でライフルマン、半数はMIDなわけだけど、彼らの誰もが戸惑っているのを感じた。答えは急がなかった。無表情な顔しかないMIDでも、心は誰も彼も多彩だ。寧ろ時間をかけてくれれば、暇潰しも長くできる。
声の心配はない。
パワースーツのヘルムは完全遮蔽式だ。でなければ、剃刀霰の暴風で豊かな毛並みは禿げへと剃り上げられてしまうだろう。
他のソフトスキンも、答えを急いではないない。
言葉以上にーーMIDの機微を感じられる者が義勇軍のヒトだからだ。
そういえば、ラビはどうなのだろうか?
あまりMIDと話をしている印象の薄い彼女は、MIDに悪い感情はないのだろうけど、あまり話したがらなかった。もし生きて帰れたら、このことを聞いてみるのも……。
ーーPi……。
「……?」
一瞬、『未確認生体反応』が警告に光った。データ識別AIのフィルタリングにかからなかったのだから、硬度の高い情報だ。
「注意。生体反応検知、何かいるかも知れない」
私は分隊の仲間とデータリンクで共有した。折り重なる吹雪のせいで視界は悪い。データリンクと位置把握識別装置が頼りか。
「何も見えんな」
「気をつけろ、盲目戦闘だ」
「識別装置に注意、味方をスキャッターライフルで撃ち抜かないでね」
「MID、お前の片手持ちは本当に危ないから気をつけてくれ。一人で二倍火力なんだから」
「全力なら八丁まで撃てます」
「挽肉にしないでくれよ?」
MIDはわりと、おっちょこちょいな所がある。大抵は誰も巻き込まれはしないが、一番派手なのは工廠の超巨大重機MIDがオイルで脚を滑らせ転けた。大地が震えた。
気をつけてくよ。
冗談なしに。
そんなことを考えながら、雪原を踏み進む。




