第3話「笑う猫は噛む」
ーーヒトの声が聞こえる。
「オフレコだ。道楽どもの資料を渡す」
勤勉だね。
庭園から去るドーベル将軍の背が消えるのを見届けて受け取ったメモクリスタルーー透き通った小さくて柔らかい石か紙ーーを読む。
バベルが調査しているMIDの異常行動について、事細かに纏めたものだ。かなりMIDに詳しい集団なのだろう、バベルという組織は。彼……ドーベル曰く、道楽愛好家を遊ばせておく代わり、とも言ってたような気がするけど。
「スターニャ。ラビ達もMIDの調査をしなくてもよろしいのですか」
「ラビ、私の役目はなんだと思う?」
「MIDの異常行動の究明でしょうか」
私は首を横に振り、
「違うね。それはバベルの仕事だ。私の仕事はバベルの報告に、お墨付きを書くこと、これが大切で私の仕事だよ」
「わかりました。何もしない、ということですね」
「……なんか棘があるんだよなぁ」
最近のラビちゃんはキツい。
「良い庭園だ」
「暖かいですね」
「外は寒いからありがたい」
「しばらくここで休憩しますか」
「そうしようか。車はいつもの駐車場?」
「はい。電源は繋げています」
「ありがとう、ラビ」
私はドーベル将軍から貰ったメモクリスタルを携帯端末ケーテルに挿れた。
それとは別に、ポケットから巻物ーーマキタプて電子端末紙ーーを一枚。紐を解いて広げても、半透明な柔らかい紙質のものでしかないが、読みたいデータを選び始めれば、それはモニターを兼ねた紙として情報を浮かべてくれる。
今朝のニュースだ。
〈MIDの叛乱か!?〉
センセーショナル、過激な見出しを一面にしたのはマグロザ新聞だ。芸能人のスキャンダルやら何やらを選んで、読者を刺激する方向にないことでも煽って誘導するので、あまり信憑性はない。
ただーーウケが良い。
「それ買ったのですか?」
ラビの切れ長の目が豊かな長耳と一緒に、少し跳ねた。彼女はあまり、好きではないのだ。いや、とても嫌いらしい。引き締まったお尻を縁取るズボン、それから見える丸い団子の尻尾が揺れている。イライラしている、ということだ。
「色々な考えを読みたいんだ」
「スターニャの自由ですが……ラビはあまり好きではありません、マグロザ新聞は上も下も嘘吐き連中です」
「そう嫌わないで。過激でも、ドラマを求めてる人達の心を掴んでるのは確かだ。上手い乗せ方だと思うよ」
「なぜこんな新聞が……」
ラビはぶつぶつと小言を言っている。片方の兎耳をクイッと上げているラビのそっぷを向ける横顔を見つつ、MIDのニュースを読み始める。
「宇宙に飛び出したMID達は、少なくとも内惑星のどの居住エリアにもいないんだって。外惑星以遠に飛んで、叛乱軍を作っているそうだ」
「阿保ですね」
「ついでに、予算削減で外惑星やら遠くの基地全てから撤収した軍と政権を猛烈に批判してる」
「たまには良いことを書きます」
「審議じゃ、どうしても予算を切り落とすしかなかったんだよ。失業率も高まって生産人口も大混乱だけど、もしダラダラと温いことをやっていたら、10年後には致命的な経済破綻を引き起こしていた。銀行は本来の業務である投資を放棄するし、民衆個人に低額の出資を呼びかけた程度ではーー」
「ーースターニャ、貴方を間違いなく愛していますけど、愛を疑うことが稀によくあります」
「あっ、やっぱり?」
そんなことよりもMIDだ。
「MIDの叛乱が大ウケということは、少なくともそれだけMIDが叛乱するかもしれない、と考えているてことだよ」
「MIDが、戦艦やミサイルを使うと? 可能なのでしょうか」
「彼女達はなんでも作れる。実際、宇宙行きのMID達は廃材からロケットをでっちあげてるよね」
「軌道エレベーターを使えばいいのに、とは思っていました」
「不思議だね」
「不思議です」
ラビは肩をすくめたが、崩した姿勢はすぐに正され、肩を落ちた長い耳を背中へ流し戻した。
私は自慢の猫耳を撫でながら考える。
あっ、寝癖がちょっと戻ってる……。
「MIDかーー新婚旅行の前に、宇宙旅行に行ってみたいね、ラビ」
「ウェスプラ防衛基地には一度足を運びたかったんです。化学物質が漏れて凍った姿を見てみたいな、と。伝手の巡察艦がパトロールコースに乗る日程を調査しておきます」
「いや待って、なんで?」
「旅行と言えば視察でしょう。星間弾道ミサイルは圧巻ですよ」
私はラビの水着姿の為に、暖かい観光地の海に行きたい。彼女が大きな、そして美しさジャンプを水を引きながら披露するのは癒しだ。脚が綺麗だ、丸いお尻と毛並みを彼女は嫌がってあまり見られないけど。だが口にはしなかった。
ーーテケン。
受信を知らせる電子音「バベルの記録だ」とケーテルにメールデータが送られてきた。「ドーベル将軍も行動が早い」犬頭は休むということを知らない。もっとのんびりすればいいのに、戦争じゃないんだから、と思いながら開く。
ラビは視線を庭園の風景に移し、データを覗き見ないように私の隣へ座った。ちょっと赤くなりながら、お尻と手でジワジワとにじり寄りながら、髪と耳の位置を何度も調整している。
〈バベルのMID愛好家ボアちゃんです。
最近、MID関連でお電話を沢山いただくのですが、それってヒトがヒトに足をかけて転んだから、人は皆んな悪い奴だ!て言っているのと変わらなくない?と思うボアちゃんです。
本題に入りまして、MIDの言葉というものをご存知でしょうか?MIDにもちゃんと言葉があるらしいのです、ボアちゃん大発見。普段はボアちゃんも使う、共通言語を話してくれるので気がつきませんが、彼女達は彼女達独自の言語で会話するのですよ。不思議ですね。機械言語とも違う、より原始的な言葉、ドキドキですね。
解析中の元データを音声化して添付します。
ボアちゃんを讃えなさい〉
……なんだこのヒト……私は添付データを開く。音声ファイルだ。
声が、聞こえた。
【ヒト】
それは彼らを一纏めにする共通項、魔法の言葉、そして拒絶の意思。貴方は私ではない、私は貴方と違う。ヒトとは最も共感に遠い言葉です




