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第28話「戦叫」

 ウィドォでの地上戦に備えた準備が進んでいた。弾薬が集積されて、要塞が拡大を続けた。急速に成長するそれは、粘菌的であり、MIDの動きそのものと似た、機械であるが生物と同じように動いていた。


 私は、その腹の中の共生生物でしかないだろう。ウィドォという体、MIDの殻に住処を借りている、小さい一人なのだ。

 

 宿主はMID。


 だが……。


「MID」


 私は特に意味もなく、MID、と呼んだ。丸い、そして輝く球体がフワフワと近づいた。一つ目が言葉を待った。聞きつけたMID達が「なんでしょうか?」と集まってくる。


 意味はなかった。


 だが来てしまったのだから、少し聞きたいこともあった。


「MIDはどうしてパラサイトと戦おうと思ったんだ。この戦いを真っ先に始めたのて、MIDだったよね」


 ニンゲンとしては、機械が暴走するとか、命令を貰って働くならともかく、MIDが創造主の意思を曲げて創造主を守る為に活動するってちょっと不思議だ。


 深い意味はなくて、なかった。MIDのヒト助けは、そう、ちょっと落し物を拾ったよ。その程度なのだ。


 それはウィドォで地上戦が始まる、少し前のことだった。MIDたちが戦う理由は、酷く単純で、命をかけていた。


 ヒトーーあるいはケモノが咆哮する。


 環境コントロールシステムのおかげで肺呼吸と常温が保持されているウィドォの大気と重力の底で熾烈な戦いが繰り広げられる。


 ウィドォ軌道上に陣取り、パラサイト艦が月と変わらず、だけど無数に浮かんでいた。連日の軌道爆撃が地上を硝子化させるが、吹雪といっていい白い暴風に冷やされ、急速にひび割れる。風はMIDのナノマシンを運び、破壊された環境を凶暴なシステムの巣に変えた。


 しかしそれは、私とは関係がない。


 外の世界だ。


 私の持ち場とは違う。バンガー、トレンチ、絶えることなく対宙砲撃を繰り返す砲台を守る防衛線。私がパワースーツを着て、スキャッターライフルをスリングする持ち場だ。


 火球が空から降り注いだ。パラサイト艦からの砲弾とは違った。細かな噴射を繰り返し、シールドの張られたそれは、軌道降下ユニットだ。パラサイトの本格的な降下が始まった。


 戦いだ。


 今も昔も、指先が石を持った瞬間からなんら変わることのない戦い。


 それが繰り広げられる。


「ファルコン! こっちのバンガーを狙ってパラサイトが軌道降下してきた! ポッドの直接打撃だ! 援護してくれ!」

「駄目だ! あっちもこっちもピンポイントで狙われてる。自力で乗り越えてくれ、スターニャ」

「畜生。最高だね。MID達、武装準備。バンガー内で戦いになるよ。前線を下げて。退路を断とうとする連中を叩く。どの道、下げないと全滅だ。トレンチとの通信網再構築はまだなの? 物理的な再接続も」


 リールを背負ったMIDが、有線電話を新しく引き直した。惑星規模の通信障害だ。セオリー通り。結局、物理が一番信頼できる。


 くそぉ、懐かしの空気だよ。空爆の衝撃で落ちくる煤のくしゃみが止まらない。尻尾や髭がピリピリしてきた。


「スターニャ」


 泥だらけのMIDが帰ってきた。手には受話器だ。耳に当てれば、各火点と繋がる。


「来たか。……各自、持ち場さえ守っていればいい! 余計なことはするな、私の方から直接援護に行く」


 軽装な外骨格のモーターの駆動を確認していると、今までとは比べ物にならない衝撃が指揮バンガーを襲った。


 データリンクは……外壁を爆破され迎撃中だ。食い破られた。


「自動砲応戦中です」

「ライフル中隊は私と。コマンダー、迎撃の手を緩めないで。降下ユニットを少しでも減らすんだ」

「スターニャは?」

「対軌道兵器を叩けると甘く考えている降下部隊を潰してくる」


 指揮下に重装備MIDのライフルマン一個中隊を抱えて、強化構造材を爆破して侵入してきたパラサイトの迎撃に走った。


 私の体は小さい。それでもパワースーツでアシストされた脚はMIDと同じように走る。


「この壁を破壊しろ」

「いいのですか?」

「進行を止めるのが最優先! 穴はすぐに埋める」


 MID達が爆破準備を進めた。パワースーツを着ていた。退避を待たずに爆破した。


「カチ込めー!」


 構造材を爆破した煙に紛れて、パワーアックスを叩き込む。奇襲に首から下の動きが追いついていないパラサイトの一団を奇襲した。ブラスターを弾く装甲で固めた歩兵を、衝撃力だけで昏倒させる。昏倒? その前にミンチだ。


 私は蛸みたいな姿のスーツを潰し、配下のMIDも単純な体当たりで壁と挟み込み潰し、殴りかかって吹っ飛ばし、踏みつけて活動を停止させた。


「穴塞げ! 擲弾前へ、近づく奴らに撃って撃って撃ちまくるんだ。ほら何してる充填材、それと補強も! この通路を直通されたら冷却機が破壊されて、対宙砲台はあっという間に溶けるんだから!」


 ライフルに持ち替え、穴を塞ぐまでの僅かな間の激しい撃ち合いが何人かMIDを斃れさせた。だが穴は塞いだ。


「二人やられました。人格データは無事。再ダウンロードまでーー」

「構うな。メインホールはここだが、他にも小規模な穴が複数ある。中隊をわけ、小隊単位で塞ぐぞ。塞げなければ下がれ。抜け道を制限して、パラサイトの進路を管理できればいい。忘れるなーー」

「ーー攻撃的であれ」

「そうだ。小隊長、それぞれの担当をーー今リンクさせた。マップの穴を担当しろ。完全に塞げれたら他の小隊の支援」

「合流地点は?」

「私だ」

「了解」


 忙しいな。

 

 ライフルを撃ちまくり、パワーアックスを振るう。宇宙戦艦が飛んでいる時代に白兵戦で、モーターが焦げる臭いを嗅ぐ機会はそうない。


 最後のパラサイト装甲歩兵を、対宙砲台を防衛するバンガーから蹴り出した時、外の空が見えていた。


 醜く焼け焦げた空だった。


 降下ユニットが止めようがなく、炎雨として降り注ぎながら、地上戦では丘から丘までヒトで埋め尽くされ、同じだけのMIDと押し合い、獲物を啄むように気圏戦闘機が集団を纏めて吹き飛ばし、叩き落とされ破裂していた。


 そんなことはどうでもいい。


「ヒトの子、MID達! ちゃんと付いてきてる?」


 何人か欠けているが、MIDライフル中隊は戦力をほぼ維持している。各地の穴を塞ぎつつあるのがデータリンクで確認できる。パラサイトは単なる威力偵察だったのかも。


「よーし、あらかた片付けたけどまだ給料には遠いよ。通信兵、司令部に弾薬の補給と状況推移、命令待機を伝えて」

「了解」

「良い返事だ。それと破壊されたMIDの新しいボディも今のうちに合流させよう」


 私は見た。


 空が燃えている。


 戦っているのだから当たり前のことだけど、ヒトがヒトと戦えているのはーー楽しい。


 楽しんではいけない。


 悲しむべきことなんだ。


 だけど生きるって、腹を食い破って喉仏を食い千切り、息の根を止めて互いの肉をおぞましく貪りあうことだ。


ーーだけど。


 今はヒトが、戦場とはいえ互いのヒトを信じて戦えた。わだかまりさえも傍に追いやれる闘争が、ヒトの手を結ばせた。

 

 なんということだ。


 ヒトはーーヒトだったのだ。


 小休止の間、遠見すれば巨大な、ヒト最大種の、本来は海にこそ住んでいるヒトが巨体を外骨格で塞ぎ、踏み潰し、重兵器のように振る舞う。狙われるヒトを守るように、本来は、先祖は巨大なヒトにも食われていた天然の赤い外骨格を持つ小さなヒトが浸透してくるパラサイト歩兵を防ぎ、お互いを護りあっている。


 一つの『ヒト』が、いた。

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