第27話「世界はいつも愚者が回している」
生きて。
ただ、僕には祈ることしかできない。
お風呂の中で、ふと目を瞑ると、瞼の裏には燃える艦内で骸に変わり果てたスターニャの姿が浮かぶ。不幸な想像。いつかの未来。
自分はいつか死ぬ。
それはずっと覚悟してきた。
でも……それでも、スターニャが僕よりも早く死ぬかもしれないなんて考えたこともなかった。
ーーずっと昔。
スターニャは、僕独りでも生きていけると言ってくれた。僕は一人前と認められたと思った。でも本物の独りはーー寂しいよ、スターニャ。僕が死ぬ日、君はいないかも知れない。そんなもしもを考えたら、胸が張り裂けそうになる。
MIDは大切な友人。
でも今、僕はMIDが憎い。
大切なスターニャを連れ去った原因、スターニャを殺す理由、MIDが憎かった。
湯船から出れば、豊かな毛並みかいくらでも滴った。全身温風機に体を入れて、耳の先から足までいっぺんに乾かす。
ゴウゴウと激しい風に吹かれていると、初めてスターニャと会った日を思い出す。あれはこんなに熱い風じゃなくて、もっと冷たくて、泥で汚れていた。
「地上戦が始まったんだ」
テレビニュースで、星系最果ての惑星ウィドォで、未知の発光現象が多発していると報道されていた。
未知なんかじゃない……戦っているんだ。
『なんなのでしょうね? オカルトマニアの間では超古代文明の遺跡がーー』
『教授、それではウィドォの放射性物質が太陽フレアで飛ばされた粒子と反応しているということもあるのですねーー』
『可能性としまして、もっともありえます』
『スペースパイレーツがまた、いつもの要求をする為に打ち上げたーー』
『まあ大した現象ではなく、即座に影響はなくーー』
そんな、ニュースだ。
僕はテレビの電源を落とした。
メールが届いた。裸のままケーテルを掴んだ。バベルからだ。全てのデータは公開された。パラサイト、そして戦うヒト達のデータだ。バベルが充分に働いてくれて、スターニャから送られてきた最後のデータも、僕にできることはもうない。
しかし、ぼんやり考えた。
本当に?
朽ちていくだけのこの命が、このまま死ぬのか!
それでいいのか!
鏡を見た。僕そのものが写っていた。全盛期とは比べものにならないほど劣化した僕が、鏡に写っていた。
酷い体だ。
永久に毛並みが揃わず、醜い地肌が露出している。醜い、とても……服で隠せても、生きる見栄えは、僕が産まれた時それは邪魔だった。スターニャはでも、綺麗だと言ってくれた。
誰の為に命を使うのか、自分を見ていてくれるヒトにだ。
教えてくれたのはスターニャ。
ならば僕がやることも決まっている。
「なんだお前は?」
「新兵募集ポスターを見てきました」
「わかっているのか? 今徴集される兵はウィドォ送りだぞ」
「はい」
「むぅ……よし、その勇気は本物だな。ドーベル将軍と面接だ。後発は彼の部隊だから、彼自身もきっと君達のことを知っておきたがる」
絶対、スターニャは怒るだろう。
ーーだけど。
僕には僕の生き方と死に方があるんだ!
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「大馬鹿者供め」
新兵募集のポスターを握りしめた一人に、ラビが混ざっていた。絶対に折れない強い意志を秘めてだ。
大馬鹿者だ。
「ドーベル将軍」
「採用してやれ」
「わかりました」
「安心しろ、新兵を鉄砲玉にはしない。機動ユニットを扱えるだけの訓練を。車を運転できれば一〇時間でマスターできる」
教導隊から根こそぎ、ガンドラを捥ぎとった。というよりも、教導隊ごとだ。既に教官は育てられた。教導隊の役目も終わったわけではないが……退屈している連中だ。最後の花を持ちたがっていた。新兵を航宙の中で鍛えあげ、同時に最低くらいは守るベテランでもある。
ガンドラは、悪い兵器ではない。なによりも乗りやすく、頑丈だ。ついでに飛べる。飛べるのだ。逃げるには難しいだろうが、逃げ足は、大切だろう。
後発艦隊は、私の指揮になった。
先発は無事だろうか?
パラサイトと苦戦していると聞く。評議会が重い腰をあげたのは、ウォーモンガーのモモンガ達が遂にキレて、乗り込んだからだ。あの小動物どもは見ため小さいが、気も短い。獰猛な連中だ。
後発の艦隊には潤沢な、と言えば聞こえはいいが掻き集められるだけの武器弾薬、惑星内では扱い辛いヒトを目一杯積み込んでいつでも出港可能だ。
先発よりは少し、マシな準備期間があった。充分だろう。時間をかけても、充足率が上がるわけでもなかった。
後発艦隊のヒトの中には、募集にあたって参加した新兵未満も数多い。新兵と言ってもヒトなのだ。戦えばーー戦える。
ーー最近は。
独りで考えなければいけない決断が随分と増えたな。従卒にさえ弱音を吐けない。冗談交じりに本音を交えれば、それは大スキャンダルとして広まるだろう。
将軍は兵士ではない、政治家なのだ。軍人であると同時に、政治家のように暮らさなければいけない。将軍とはそういうものだ。英雄は決して将軍から生まれることはない。
私は、英雄の資格を失っているのだ。
英雄。
ならなければその言葉の重み、言葉の意味、言葉を考えることはなかっただろう。
スペースパイレーツを討った、『市民の英雄』……当時は甘美な響きだった。だが今はいつも考える、英雄であるならば本当にこれで良いのか?
英雄であるからこそ、いや、英雄となった瞬間から真の英雄とは何かを日々、太陽の下、影の中で問われ続けていると思うのは考えすぎだろうか?
「ヒト、か」
私はいつのまにか、スターニャのような言葉を呟いていた。おかしな話だ。ヒトとは何か、などと。
アレはニンゲンだと言っていたな。
随分と昔だが、私や他のヒトをそのニンゲンではないと毛嫌いして、同族にも目を逸らしていたような男だ。
今でもまだ、少しヒトから一線を引いて見ている。そんな気がする。
ヒト……。
ライオンズ星系には、今も昔も、ヒトと定義されたヒトは数多くいた。だがあまりにも形が違いすぎる。
組織的な行動を重視する軍隊では悩みの種そのものだ。
同時に、形体が違えば感じるものも違い、酷い争いは差別撤廃を推し進める今でもそう変わらない。どうして、同じヒトと見られるのだろうか。『私と違うのに』ーー正直な本音だ。




