第25話「牙はどこに向けるべきなのか」
溜め息。
私は深い溜め息と共に、疲弊していくヒトの顔を見ていた。強がる顔を信じてはいけない、私だけでもその顔の裏の疲れに気がつかないと自滅するのは目に見えている。
そしてそれは……MIDにはわからないことだった。彼らは疲れを知らず、次第に生身のヒトを置き去りにし始めた。疲れが遅くさせていく。
「スターニャ」
「コンダクター、わかってるよ。生身の新しいターンテーブルだ。参加比率を大きく下げる。MIDだけでやれるかい」
「無論」
非常に不味いことになっている。パラサイト艦隊先遣であるパ・一号の規模が想定以上だった。
〈緊急報告〉
「奴ら無限の壺から溢れてるのか!」パ・一号とこれに備えて構築されてマジノ線を指揮するブルの艦隊群が触接。パラサイト艦隊は初めから総力をあげた猛攻を繰り返し、マジノ線のブルは大きく苦戦し押される。急遽増援として、近傍から艦隊を急派するが、これもまた飲み込まれる。しかし、MIDの増援を強要するだけで、マジノ線突破を計らないことからコンダクター級と他ソフトスキンの幕僚はこの総攻撃が、予備戦力を全て吸い上げる為の前攻勢であると判断する。戦力を温存しつつ、各要塞からの砲撃に終始し、漸減に重きを置いた。現在マジノ線で先頭は継続中。
「不味い、不味い」
スターニャは急速に予備戦力を吸い上げる、マジノ線の戦闘に強い危機感を覚えていた。膨大なMID艦とその艦隊が編成されているが……その膨大な備えでさえも食い潰されていく。
パラサイトめ!
無尽蔵の悪魔か何かか!
まるで銀河中から集まってきているようじゃないか。
「コンダクター級および指揮官クラスと緊急会議だ」
会議はすぐさま開かれた。マジノ線でおこなわれている激戦区に対しての対抗に他ならない。危機的状況だ。会議は、とても全員を一箇所に集めるわけにはいかないのでホロ会議だ。
会議の椅子に立ち上がったホロは、いくつか空席のままだ。
「カッパーは?」
「重傷を負い回復ポットの中で治療中」
「負傷したのか、あのカッパーが」
「乗艦が大破しましたが、残存クルーの脱出に成功しています」
「死んでいないほうが不思議か」
「イーグルだ。現在マジノ線に急行中だがボチボチ、逸れと交戦している。手短に頼むーー」
「ーーイーグルの通信はどうした?」
「回線が切断されてる。アンテナをやられたか、轟沈したか」
「マジノ線近辺は地獄か」
ブル艦隊はよく粘っている。中身はほぼ星系防衛軍と同じなのだから当然だけど、いかんせんリクルート(新人)を数多く抱えていては思うように戦えないだろう。実戦で練度を上げているとはいえ、パラサイト艦隊は精強すぎる。
「朗報もある。星系防衛軍が動いた」
「……本当か?」
会議がざわついた。
「将軍らがキレたらしい」
「あー」
「やりそうだ」
「となれば、星系防衛軍のそれも最精鋭が合流するのか。かなり大きな戦力アップだ」
「ありがたいな。MIDの生産工場の開設も終わってもう少し増産できる。踏ん張りどきか」
「マジノ線以外でのパラサイトの動向は?」
「緊張が続いている。マジノほどじゃないが、規模の大きな分艦隊が威力偵察してくるのは厄介だ」
「逆に分艦隊から喰い千切るというのはどうだ?」
「……予備戦力は抽出できそうなの?」
「難しいが、MIDと物量差で押し潰す」
「あまり賛同できない。我々は確かに膨大な兵数を再生産可能だが、資源消耗は最も高い。マジノの不安定な供給ラインを脅かすかもしれない」
「コンダクター級を信じるよ」
「信じる、最も迷信的言葉だ」
マジノは、ブル将軍指揮の作戦群に抑えてもらい、残りはパラサイトが広く伸ばした触手を切り落とす方針となった。
ブル将軍が少し心配だが……。
「戦艦も肥大化の一途だな」
「設計局では既に、当初の300%、つまり三倍は全長を延長した」
「別物だろ」
「基本設計を同じにする、拡大型だ。形は同じ」
「艦と言えばマクロガンの増設はできないのか? 大口径砲が必要だ。パラサイトの連中、何に使うつもりなのか惑星制圧クラスの大型兵器の顔出しを始めているぞ。イオン兵器やラス兵器の効果が薄い」
「マジノ線で予備戦力を払底させる戦略をとってるし……どこを突破するつもりか……」
「ルートは二つだろう。外惑星の抵抗拠点、つまりここウィドォか、内惑星の星系防衛軍根拠地」
「確率が高いのは、ウィドォだなーー要塞化の進捗は?」
「惑星改造だ。地平線の先まで山脈並みの装甲と対軌道砲、工廠設備は分解して極地要塞地下かアステロイドベルトまで後退」
「順調というわけだな。パラサイトが今襲来しない限りは」
誰もが、中央の戦況マップを見つめて唸り、腕を組み、悩んでいるのがわかった。
敵ーーパラサイトを示す赤い輝点がライオンズ星系を完全に包囲している。ついでにいえばさらに悪いことにも、外星系に通じるワープゲートは封鎖されたままだ。脱出不可能。原因はパラサイトの工作だ。平面宇宙航路上で、かなり酷い破壊活動を継続している。排除は不可能で、放置している状態だ。
入り口は、爆破された。
「新しい補給作戦のおかげで資源は最低限確保できているが……」
「補給といってもパラサイト艦から剥ぎ取る行為だ。確実な供給プランじゃない」
「それに艦内に何が仕掛けられているかわからん。余計な手間暇も小さくないぞ」
「手間暇よりも資源だ。あらゆる資源が足りない」
「……」
「……」
「……」
「いっそウィドォに引き込んで、地上戦の泥沼に沈めるか。制圧部隊を送り込んできて、艦隊を軌道上で待機させたところを一斉に叩く」
「制圧部隊を送り込むくらいなら、艦砲でーー」
私の中で閃きが起こった。
パラサイトは、パラサイトなのだ。
「パラサイトは宿主を探しているんじゃないのか? ならば目的は有機資源。地上と宇宙の挟撃で挟み潰す?」
私は、MIDのパラサイト解剖担当といくつか話し合った。そして確信する。奴らの餌はーー私達自身だ。
「防衛だけじゃ駄目だ。どこかで反攻作戦が不可欠。餌は我々、獲物はパラサイト。ウィドォに引きずり落とすのは良い作戦かもしれない」
「スターニャ、地上戦はおそらく凄惨を極めるぞ」
「一つの惑星全体を完全に包囲するのは、パラサイトといえども至難だ。MIDの数も多い。分散したパラサイト艦隊には大きな負担になる」
「敵を崩して、こちらは戦力を集中して各個撃破。言うのは簡単だが、難しい要求さ」
「……となれば、マジノ以外にも肩を守ってくれる明確な防衛地が必要だね」
「スペーストーチカをいくつか配置換えして、パラサイトを釘付けよう」
「決戦はウィドォ?」
「古き良き、ずっと存在する地上戦だ。涙が出る」
マジノだけでは持ち堪えられそうにない。会議の誰もが、まさかマジノ線とブルが永劫パラサイトの侵入を防いでくれるとは考えていなかった。
ーー決戦はウィドォだ。




