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第23話「雪兎の黒い足跡」

 あーあ。


 ラビの家からの帰り道、失敗したなという後悔で胸が膨らんだ。


 もしかしたら、そんな甘い考えは抱くべきではなかったし、やっぱり、私の、アコラのクローンなんだとわかった。

 

 意地っ張りの頑固者!


 性格は環境で変わるんじゃないのか。


「艦長」


 夜の街灯の中で背後から部下が合流してきた。


「付けられています。やはり、ラビ嬢の家でマークを」

「軍か、諜報屋?」

「まさか。ど素人のペーペー、悪ガキ連中です」

「始末ーーはしなくていいから、軽く驚かせて」

「了解」

「ところで」

「なんでしょうか?」

「私はウィドォでMID軍と合流して戦うべきだと思うか?」

「領分を越えています。お互いの、です」

「それが答えか」


 ラビに言われてしまったな。動けない言い訳か。危険を前にしても、纏まらない意見に従うのが下っ端だ。一艦長が集められる戦力は大した力じゃないんだよ。たかだが一隻、それでも力不足で、それでも何人もの命を預かっている。


 命を預かっているのに、私の勝手で動けないじゃないか。


 私はーー艦長なんだ。


「迂闊には動けない」


 星系防衛軍に忠誠を誓った軍人だからこそ、私は私にこそ言い聞かせた。


 誰かの為に命を使いたくて、軍人になるような殊勝な考えでなったわけではないが、まったくこのライオンズ星系の役にたつ気がなかったわけでもない。


 私は、私はやはり英雄みたいにとはいかずとも、誰もがアコラの名前を覚えるくらいには偉大な功績を軍であげてみたかった。


 実際には、驚くほど複雑な指揮系統やシガラミで上から絶対の命令を遂行するだけの末端が関の山だ。


 カフェで一服、冷えた体を温めるついでにマキタプを開いた。当たり前の日常、危機感はなく、普通の世界が垣間見えて、マキタプで読むニュースは物珍しいイベントとしてMIDの戦いを他人事に報じていた。


 今、ウィドォに置いてきたスターニャは何をしているのだろうか?


 少なくともまだ生きてはいるようだ。


 自由の身であるヒトは続々とMIDと戦う為に外惑星圏に飛び出している。MIDと同じように。


「野蛮だね」

「旧時代にあれだけ殺しあってまだ殺したりないらしい」

「惑星をいくつも死なせておいて、何十年も経ってるのにまだ回復できてない。酷い爪痕ばかりだ」

「ライオンズの最果てで、また戦争やってるんでしょ?」

「戦争なんて反対」

「MIDもきっと、どこかの悪党がプログラムを書き換えて都合良く利用しているに決まっているわ」


 ケーテルにメールが来た。ドーベル将軍からだ。何かと世話を焼きたがりな技術蛮族の犬は忠義に厚いのか残虐な野生に忠実なのかは悩むところだ。


〈ラビの状況〉

〈意思を曲げるつもりはないようです〉

〈監視を続けろ。接触も密に〉

〈了解〉


 繋がりとは、厄介なものだ。


 ドーベル将軍は、スターニャともラビとも特別な関係があるらしい。それが、将軍の彼に余計な仕事を増やしている。


 MIDの反乱を防げなかった無能として、ドーベル将軍吊るし上げの対応だけでも大変だろうに、まったくその素振りを見せない。グリーンボックスで踏ん反り返るドーベル将軍のままだ。


「相席失礼」

「バベル……随分と大所帯で来たな」

「ボアちゃんはアイドルですから」

「面白い冗談だ」

「リオンです。よろしくお願いします、アコラさん」

「タートル」

「タイガ」


 随分と大所帯だが、対面に座ったバベルはボア、タイガの二人だけだ。ボアの半身が長過ぎて、タイガはほとんどシートから追い出されてはいたけど。


「要件は何、バベルのボア」

「バベルはMIDと戦えないわけなんだよ、民間人だし」

「そうだな。期待していない」

「酷い。でも事実。でもでも、MIDがこのままだと滅んじゃいそうで、それは愛好家としてはとても悲しい」

「長い」

「傭兵の伝手とかありませんか? 軍事力相当の戦力をMID援護に送り込みたいなぁとかボアちゃん考えたり」

「……かなりグレーだぞ」

「違法なのかな」

「微妙なところだ」

「ならそこは、バベルということで灰色は強制的に白だ」

「強引な」

「急いでいるんです。どうも最近は、MIDも形振り構わなくなってきているようで……」

「と言うと?」

「最近、MID見た?」


 道中では見ていない。そういえば、その前も。MIDの姿を見なくなった。


「殆どのMIDが戦いにあがったんです。この宇宙の先に。MIDは文字通り総力戦体制を敷いたようだ」

「戦況が動いたのか」

「パラサイト主力の先遣と接触したようだよ」

「芳しくはないだろうね」

「その為の動員だろう。ヒトに構ってはいられないレベルだ」

「あるいは……」

「なんだい?」

「……いや、気にしないでくれ」

 

 MIDがヒトを見限って自分達だけで決着をつけるためにしたのか、という言葉は喉から口に出そうになったのを飲み込んだ。


「MIDが全力ということは、後がない。ヒトもひと押し欲しいな、と」

「傭兵頼みだがな」

「そこは現実的な戦力として有効に使わないと、と思ったんだよ」

「雇って死なせに行くというのに、金の心配はないのか」

「お金は充分、意外と自分は動けないけど、誰かが動くなら支援したい、協力している気になりたいヒトというのはおおいものだ」

「バベルがラビをそそのかしていると聞いたぞ」

「ラビさんから誘われたんです」

「どうだか。もしーー」


 私は腕を組んだ。義手の腕には、もしかしたらラビの腕が付いていたかも知れない。彼女は、ラビはもう一人の私だ。


「ーーラビに余計なことをさせているとわかったら、バベルは死体を残さず消されると覚えておけ」

「感情的でボアちゃんビックリ」


 私も驚きだ。


「話はそれだけか? 見当違いだったな」

「えぇ。ボアちゃんの予想は大きく外れてしまいました」


 ボアがバベルを連れて去る。コーヒー代を押し付けられて。まあいい。


「追いますか、アコラさん」

「いや、追うな」


 ラビとの繋がりでも確認に来たのか。だとしたらアイツはまた、ラビを通じて何かやるつもりかも。


「民間資金で傭兵を買う動きを調べておけ。動きたくてうずうずしている傭兵公社もだ」

「了解です」


 私はすっかり冷めたコーヒーを飲み干した。

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