第22話「バベル・データ」
肌を重ねなければ、ヒトはわからないことが多い。ましてや言葉も交わさずに理解するなんて……不可能だ。
ネットワークに流出させた。今このライオンズ星系で何が起きているのか、スターニャから送られてきた戦闘記録の映像をだ。
よくできた作り物として評価されていた。
誰もが、現実だとは考えていない。こんなことはありえない、と。同じライオンズ星系内でのことなのに……。
一刻を争う。
僕はスターニャから送られてくるデータを全て開示した。
やがて、僕がスターニャと親しいラビだとどこからかリークされて、不安を煽って扇動する嘘吐きになった。
誹謗中傷はどうでもいい。
そんなことは、どうでも。
嘘吐きの日々が続いていたとき、バベルというヒトからメールが届いた。バベル、対MID調査局だ。
〈情報の発信源はウィドォですか?〉
その一文から始まったメールのやり取り、データのやり取りは爆発的に拡大して、バベルという公権によって生まれた機関を経由することで僕のデータは権威付けされた。
少しだけ、ヒトの反応が変わる。大きな耳は伊達じゃない!
〈ラビさんは、ウィドォと直接やり取りをしているのですか?〉
少し長くメールのやり取りをしていると、そんな関係のない話が送られてきた。
〈いいえ。スターニャから送られてくるだけです〉
〈スターニャを帰そうとは考えては?〉
おかしなことを言う。
僕は思わず、くすりと笑う。
〈帰ってきてほしいです。でもそうしたらスターニャではなくしてしまう。僕のせいでスターニャのヒトは殺せません〉
〈と、言うと?〉
〈スターニャは、ウィドォでMIDと戦えるからこそのスターニャなんです〉
〈よくわかりません〉
〈ヒトは、そう生きているからヒトなんです〉
メールを打ち込むと同時に、チャイムに呼ばれて会いに行けば、ドアの向こうにアコラが立っている。
僕のオリジナルで、もしかしたら僕が解体されて彼女の一部になっていたかもしれないもう一人の僕だ。
「入っても?」
別に拒絶する理由はなくて、僕はいつものテーブルに、いつものように、そして紅茶をアコラに出した。
姉妹の会話になるのだろうか。
カップを両手で持っていると、温かいとわかる。持っていれば、触れていれば、白い毛並み越しでも肌に伝わる温もりでかじかむ指先が温められる。
二、三他愛なく世間話をして『僕から』切り出した。
「ヒトは触れることをとても怖がります」
「それは見ず知らずだからだろう」
「はい。知らないから怖い。ですが本当に白痴ならなんでも受け入れられる筈です。かつての僕のように」
「……」
「ヒトがMIDを恐れるのは自分自身の鏡としてMIDを見ているからです。よりよくMIDと接したものは仲を深められ、より悪くMIDを扱ったものはMIDをヒトとした場合、それがそのままヒトとして返るのが怖いだけなのだと思います」
「成る程ね」
アコラは、私の話を聞いているわけではないのが察せてしまう。彼女は僕を見ている。MIDも、やっていることも傍に置いて、ただ、僕を。
「真面目に聞いて!」
僕は本気で怒った。
どうして、どうして僕の話をちゃんと聞いてくれないんだ!
「ラビ」
声を荒げた僕と対照的に、アコラはどこまでも……どこまでも穏やかな声で言う。
「ラビ、そんなに一生懸命になる必要はない。個人が体を張らなくても、組織はよりよく動いてくれる。君みたいな民間人がわざわざ危険を犯して矢面に立たなくてもいいんだ。それはーー」
「ーーそれで? 何をしているのですか、アコラ」
「私は」
「何も、何もしていない。スターニャは民間人になったのに、戦っている。他のヒト達も。でも本当に立ち向かわなければいけないヒト達は、くだらない話ばかり。戦いは始まっているのに、誰も見ない、他人ごとだから」
「そんなことはない。だが軍とはそんなに気楽に動ける者ではない」
「役に立たないのなら、いないのと同じです」
僕はどうしても厳しく突きつけた。
感情論が半分だが、もう半分は本来責務を果たすべきヒトがまったく関係のないヒト達にその責任を押し付け、勇気あるヒトから死んでいくのがたまらなく不快だった。ことに当たってあるべき存在を否定する。それは……裏切りだ。後々酷い結果を招くのは目に見えていた。
その日が来たとき、ライオンズ星系はどうなるのか。
また旧時代のような、酷い時代が来る。
来させようとしている。
「誰かが動かないと!」
「その誰かは、ただの民間人ではない。それは政治家だ。政治家を選ぶのは民衆だが、民衆の意見に左右されず、より良い平和を」
「本気ですか?」
「……」
「本気で言っているのですか、アコラ」
私はテレビをつけた。連日中継されている評議会の迷走っぷりがそこにはあった。MIDや、宇宙で戦って、散って……そんなヒト達のことなんて誰も気にかけてはいなかった。
今、宇宙で果てている者達は、星に帰ることもなく、ヒトを守る為に戦っているのに。
「軍に任せればいい」
「その軍が動かないのです」
「だからと民間が勝手に武力を使えば、それこそ平和の破壊に繋がる」
「国家は国民に支えられる、でも役に立たない国なら首を切り落として新しい首にすげ替えます」
「過激なことを言っている自覚があるのか」
「勿論です。死ぬ僕は、全員を地獄に引きずり込みます」
「最悪だな」
「えぇ、それが『僕というヒト』です」
「帰ってください」と僕は、アコラを追い返した。電話の留守に記録される心無い言葉、何も知らない正義面の言葉を聞いて、僕は電話を叩き潰す。
鏡を見れば、赤い目が見えた。
燃える目。
命を燃やす、それは一番、スターニャの為になると信じている。




