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第21話「暴力装置の足踏み」

残されたヒトだって、その日、その瞬間、生きています。

 空と地上では時間の流れが違う。距離、それは見かけ以上の時間というもので隔絶されてしまう。


 三角耳が好きなスターニャは、ウィドォでMIDとともに戦うよう星系全体に広域通信を流して、どこからかこの家の存在と僕を知ったヒトが「裏切り者」と張り紙や石だし、情報局ぽいヒトが付いている。


 スターニャを恨んでる?


 僕は、『だからこそ送り込んでよかった』と心から思っている。


 どの道、この脚ではもう遠出はできない。スターニャが好きになってくれた、彼よりもずっと速く走り、彼よりもずっと遠くに跳べる脚を失ってしまった。


 悲しいことだ。


 ヒトとして、何もかもが新鮮に見えて走り回っていた頃が懐かしい。今では靴を履く代わりに椅子に腰掛けている。長い時間を。


 だからこそ、スターニャを止めたくはない。歩くことを教えられて、歩いて。そして充分に走った。教えてくれた。だから……僕のせいでスターニャを止めたくはない。


 歩き続けるのが、ヒトなんだ。


「日記か、それも手書きとはレトロだな」

「ドーベル将軍、お暇なら公務に戻られるべきです」

「休暇だよ。それと諜報部よりも私から直接訊いたほうが円滑だ」

「スターニャのことですか?」

「ーーと言うことになっている」

「成る程」

「食料を調達してきた。古い友人が帰ってきたとき、奥方を疲弊させたとあればまた蛮族だと言われてしまう」

「ドーベル将軍は技術蛮族でしたね」

「古い話だ。スターニャは宇宙海賊だった。これも古い話か。混沌としていた時代だった」

「スターニャから聞いたことがあります」

「アレが話したか、そうか」


 ドーベル将軍は、屋内でも軍帽を脱ぐことはなく、カップのコーヒーを音もなく飲む。


 僕はそれに合わせてホットミルクだ。少し口周りについたミルクをナプキンで拭う。毛並みが吸いがちなのが気になるけど、優しい味は嬉しい。


「パラサイト、と言ったか」

「MIDの敵ですね」

「そういうことになっている」


 とドーベル将軍は続けて、


「評議会は今荒れている。議員の大きな汚職対して党をあげての吊るし上げに注力しているからだ」

「このーー」


 僕の手は温かいはずなのに震えた。


「ーーこのソラの中で、今まさに多くのヒトが斃れているのにですか?」

「斃れていても、だ。宇宙は君が思っている以上に、重力井戸の底から見上げると遠すぎる」

「スターニャは」

「戦っているのだろう。ウィドォのスパイ基地のアンテナを使って、グリーンボックスに戦闘の詳細を送ってくる。連戦というには多すぎる戦闘頻度だ。このライオンズ星系は完全に包囲されているらしい」

「のんびりしていられる暇はないはずです。すぐに艦隊を再編しないと。今動かないと間に合わない……」


 椅子に腰掛けていた。激しい動きはなかったのに、胸が息を拒むように苦しい。脳から酸素と血を奪いながら足りないものを誤魔化しているのを感じる。目の前がほとんど見えなくなり、頭が落ちかけ、しかし踏ん張った。


 スターニャに、支えていられなくても立てることは、彼を支えることでもある。


「スターニャから送られてきたデータは、ドーベル将軍への援護射撃と同じです。今何が起きているのか理解していない評議会を攻撃して、皆の支持を得れば……」

「支持を得て、軍を動かすか?」

「そうです」


 僕はハッキリと言い切った。


 戦いが始まりそうで、備えるのではない。もう始まっているのだ。あまりにも遅すぎた。


 ドーベル将軍は軍帽の縁に手をかけ、被り直す。


「艦隊は動けない」

「……どうしてですか?」

「かつてのライオンズ星系は、戦乱に明け暮れていた。スターツリー条項。軍部は何人も軍事力をライオンズ星系で行使してはならない」

「それは……それなら、星系防衛軍は……ライオンズ防衛軍とは何なのですか」

「ライオンズ星系の治安維持活動と遭難者救出だ。かつてのスペースパイレーツ討伐はこの治安業務の一環として、自治政府から評議会経由の依頼として遂行した。戦争ではない。ヒトはあの大戦を生き残り、すっかり疲れてしまった。警察としての軍を認めるが、軍が軍足り得るのは嫌う」

「今回のパラサイトは治安の危機なのでは?」

「どこが治安を乱されている? 外惑星は全て空き家であり、軍の各拠点も安全を保障できなくなったということで人員を引き上げている最中だ。ささやかなとはいえ、分散して配備されていた警戒艦隊もいずれ、ここに帰ってくる」

「ウィドォで戦っているヒトは、見捨てられるのですね」


 ドーベル将軍は答えなかった。それが答えなのだとわかった。


 星系防衛軍は動けない。


 動かない。


「わかりました」

「何がだ、ラビ」

「立ち上がらなければいけないのは、軍隊ではなくヒトだと言うことがです」


 立ち上がれないのは、ヒトが望んでいないから。


「僕なりに、スターニャを助けます」

「君に何ができる、ラビ。スターニャと同棲していることで、ヒトの裏切り者の共犯とされている君に」

「僕にも友達ができたんです」

「……?」

「やれることをやりたい。それだけです」


 僕はドーベル将軍を追い出しーーごめんなさいーー片っ端からケーテルを繋いだ。ヒトの縁が必ず世界を動かせる、個人だって世界の一部なんだ、誰かが動けば、誰かに影響してより大きな影響になる。


 そう教えられた。


 信じて。


 スターニャの言葉が、今でも耳に残っている。今が信じるときなんだ。

 

スターツリー条項


何人も軍事力を振りかざしてはならない……それは、絶滅寸前に瀕していた全てのヒトが和解し、暴力から守られるために、平和のために祈り、紡いだ言葉。

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