表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/46

第20話「オリジナルの贖罪」

アコラは思う。

 スーパーラビット艦内は、ヒト独り軽くなったぶん心なしか加速が強いそんな気がする。


 そんなことはありえないのにな。


 計器でもし加速度に差が出たとしても、それをコンピューターは許容可能な誤差としてフィルターで切り捨てるだろう。


 ウィドォで置いてきた重量分だ。


 それ以上に推進剤のほうが遥かに減っているはずだが、空気はずっと、存在という意味では軽く感じる。


 スターニャ、バラストの名前を思い出すと少し気が重い。今日が初対面であったのに。


 私とスターニャに縁はない。だが彼は、『私の血』とは縁があるんだ。


「アコラ。暇なの? ボアちゃんは暇だ」

「カードゲームでもするかい?」

「それよりも、ラビてどんなヒト?」

「急にどうして訊く」

「置いてきたスターニャ、それにアコラにドーベル将軍と関わっていて、ということはバベルとも関係が深いなぁと思ったの」

「ラビか……私の親戚、になるのかな」

「……おっかない殺戮バニー?」

「デコピンでその蛇頭潰すよ」

「降参。茶々いれません」

「ラビはクローンだよ。目指したのは私の複製、再生治療と適応できなくてクローン培養して……つまりはラビの生体部品を私に移植する予定だったんだ」

「昔はよく聞いた話だね」

「まあ結果はこの通りだけど」


 私は義手を開いて閉じて見せた。


 昔は、よくあったらしい。


 少なくとも私が産まれるか産まれないかの時代だ。先天的に肉体の一部を欠損していた私に両親は、『クローン培養された私』から移植しようとしていたらしい。機械よりもより、自然な形を大切にして。


「内臓もいくつか無いんだ。だがラビはもっと深刻だ」

「具体的には?」

「必要最低限の臓器しかない。体の負担は普通に生きているだけで常人の数十倍だ。ヒトとして製造されなかったからな」

「じゃ、もうあまり長くはない?」

「そういうことだ」


 ラビはヒトとして産まれてはこれなかった。だが、彼女の「ヒトに成れたからなかなか満足してます」との言葉が耳を離れない。思い出すたびに、頭の中に引っかかり続ける。


 手紙のやりとりくらいは、私とラビには交流がある。


「消耗用クローンなのに寿命を長く設定していたんだね」

「さぁ? ただクローンでも生物なんだ、適応しようと変化する能力はあると医者は言っていた」

「生命の神秘だ」

「私が思うに、スターニャと会ったからだと思うがな」

「スターニャと?」

「そうだ。アレが拾うまで私は行方不明になったクローンの代わりが培養されていることも知らなかった。だが、スターニャが拾ったのも縁だな」

「拾ったて……まるで捨て犬捨て猫みたいに。プラントからどうやって逃げたのさ。自由意志がその時から?」

「いや、ラビはただの人形みたいに食べて寝て、最低限だけを出来るような状態だったそうだ。だがあの日は……自分の意志で導かれるように下水溝を通り、全身を糞塗れにしてまで脱出した」

「不思議な話だ」


 ボアは続けて、


「追跡部隊が出ただろうに、よく一緒にいらてたものだ」

「スターニャの前職は知ってるか?」

「ボアちゃん知らない」

「第五基幹部隊の幹部だ。つまりその前はスペースパイレーツ、“星を猫殴り団”のキャプテン。警備員に毛が生えた連中に、正規軍に転んだ荒くれ者と撃ち合う能力はない」

「よくもまあ犯罪者じみた武力解決ができたね」

「ヒトとヒトのわかりあいの中でクローン生産が問題になったゴタゴタだったからな」


 ふと、思い出す。


 初めて私のクローンに会った時、ラビ以上にスターニャが執着していたーーと『聞いた』のを思い出した。


「案外、大切なものを盗られたくないだけの子供だったのかもしれん」

「スターニャが?」

「スターニャがだ」

「何か思い出したらしい」

「どうしてそう思う?」

「顔がにやけてる」

「むぅ……」


 読まれるのは不愉快だ。


「少し思い出しただけだ。スターニャとはこの便が初めてだが、ラビと名乗った私のクローンとはそれ以前に会っている」

「それで?」

「すっかりと『ヒトにされてしまっていた』よ」


 ボアは愉快そうに笑う。


「それは、それはとても良いことを聞いた。そうか! ヒトにね」

「ラビと名乗って、笑いかけもしてきた。クローンがだぞ? 私はてっきりスターニャがーー」

「ーー無垢無知なラビを好き勝手に使うと?」

「……クローンよりも、ヒトから産まれた女のほうが多いんだ。そういうゲスを考えた私が恥ずかしくなる……」


 ヒトだった。


 ラビと会ったのは偶然だ。


 そして彼女が言ったのだ、「私のお姉さんになるのでしょうか?」と。私と似ていた。だが雰囲気のせいでまるで他人だったのを覚えている。


 思えばこの一便に無理してスターニャを載せたのも、『妹の初めてのお願いだったから』だ。


……まさかラビを半分捨てるような行為の片棒を持たされるとは思わなかった。


「それで今のラビは元気ですか?」

「まさか」


 クローンなんだぞ?


 私はそう言って席を立った。飯の時間だ。その後は……寄港地で手続きをする。既にスーパーラビットが減速に入っている衝撃を足で感じた。

スーパーラビット号。


正式には内惑星型打撃巡察艦89632号。ライオンズ星系のあちこちで見かけるありふれた艦影だ。同型艦はタンカーに改装されたり、旅客業に従事していたり、単純に個人所有だったり。スーパーラビットは軍籍のままの比較的珍しい人生を歩んでいる。彼女に標準搭載されたAIは極めて気難しいことで有名だが、これについては不思議とクレームがない。ライオンズ星系の不思議リスト(著者アコラ)では、軍メーカーが無かったことにしているらしいが……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ