第2話「ドーベル将軍の首輪」
ドーベル将軍の待つグリーンボックスに辿り着いた、スターニャとラビ。待ちくたびれているドーベル将軍は一足を出し始めている。
おっと、首輪無しだ。
ドーベル将軍が待つ、グリーンボックスの地下駐車場で、私だけラビに蹴落とされて独り寂しくエレベーターを待っていると、開いた、会った、ドッキリ箱の気分になった。
開いたエレベーターから現れたのは、礼装のドーベル将軍だったからだ。トレードマークの『いつもの帽子』の影で目元はわからないが、頑強で傷だらけの口が伸びている。星系防衛軍のドン・ドーベルと言えば宇宙海賊も自分で首に縄を掛けることで有名だ。
「待ちくたびれたぞーー奥方がいないのは珍しい。独りでこれたか」
「ラビはまだ婚約関係で、式はまだーー駐車場にいるよ。私だけでも遅れないよう、先に落とされてしまった」
古馴染みのドーベルに誘われたのは、彼の執務室でなければ会議室でもなかった。
グリーンボックスの中に作られた、完全密閉式の庭園だ。人工的に作られ管理された森は、木の葉を揺すり、そして根のネットワークで会話しているのを感じる。天井の平らな太陽は……眩しかった。
薄っすらと埃の積もる、屋根付きベンチへ腰掛ける。ちょっとお尻が汚れた。あとでラビに怒られるかな。
「首輪さん、今日はいないんだ」
「スターニャ。あいつの前でそれを言ったら、ヘソを曲げるぞ。あれはガンボアの調整で手を離せそうにない」
「あの新型だね。ヒト型飛行機てのはロマンがあるよ」
「山とも海とも空ともつけられない、画期的すぎて馬鹿みたいな乗り物なだけだ」
手厳しい。
「それよりも新造の……て、そうじゃない。スターニャ、お前を呼び出したのは私だが、ここでヒト型兵器の話をする為ではないぞ」
「MID絡みかな? 最近は上も下も大騒ぎ。大方、軍所属のMIDは大丈夫かどうかの説明会てところか」
「察するが過ぎてるぞ」
「最近、よく新聞を読むんだ」
「話が早い。スターニャの意見はどうなんだ? 鉄の友はこれまで通り、信頼して問題はないのか」
「私は楽観論者だからね。ロケットをでっちあげて、ソラに上がったMID達はいずれも役目無く待機していたヒト達だ。役職や仕事を当てられたMIDに離脱はない。つまり自由意志の範疇、問題ないんじゃない? 私が休日にちょっと、海に出かけたからってニュースにはならないよね」
あはは、と私は笑って場を和ませようとしたが才能不足らしい。しかめっ面に、長い口先の鼻にシワを寄せてドーベルは、気を緩めない。
森の風は気持ち良いね。空調の風だけど、庭園だから虫が落ちてこないのも良い。風を受けた我が自慢の耳は帆を張っているよ。
「おや?」
ドーベルとMIDの噂をすればなんとやら、恥ずかしがりなMIDが木陰から見ていることに気がついた……恥ずかしがるとか言って、よく見れば業務効率MIDだ、彼女。私の脳が傍受する、MIDの通信は会話を迷う思考じゃないね。
「そう、エリィ。そこの娘さん、ちょっとこっちで話に入らないかい?」
「初めまして、私はエリィ」
そう言いながら、ふわふわと浮かびながら、MIDエリィは近づいてきた。
「なんでしょう、スターニャ」
可愛い奴め、とエリィを私が撫でたら「セクハラ適用です」と静電気くらいの電撃を受けてしまった……。
「何度見ても驚きだな」ドーベルは、呆れと畏敬の混じった複雑な表情を作って「MIDの思考を読んで名前を?」
私は、秘密主義者のように、肯定も否定もせず含んだ笑みを浮かべるだけにして、楽しんだ。
「エリィは他のMIDみたいに宇宙へ飛ばないのかい?」
「スターニャ、その質問はおかしい。私は今仕事をしています。私の仕事は宇宙でやることではありません」
「だ、そうだよ、ドーベル」
「むぅ……うちのMIDは皆そう言っているな」
「質問を変えるね、エリィ。他のMID達はどうして宇宙を目指しているのかな」
「わかりません。私達は、私ではあっても、彼女ではありませんから」
ごもっともである。他人をなんでも知っているわけじゃないもんね。不思議や秘密は沢山だ。
「エクソダスかな?」
「冗談でも面白くないな、スターニャ、古い友達」
「そうかな。私は今、とてもワクワクしている」
私はエリィを元の仕事に帰した。
「仕事の邪魔をしてゴメンね」
「いえ、お役に立てたのであれば」
MID、良い子だよね。
「星系防衛軍の予算を半分にする予算配分の大鉈で、我々は外惑星以遠の基地全てを放棄した。この上で、MIDも失うとなれば防衛軍は致命的な麻痺を引き起こしてしまう」
手を振り、去りゆくMIDエリィの、可愛い丸い背中を見つめながらドーベルは言う。
「なら、彼女達に頼めばいい。行かないでくれ、てね。MID達も多少は呆れる考えも持つだろうけど、それ以上に大切にしてあげれば答えてくれる」
「事がそう単純なら良いんだがな」
「単純さ、とてもね」
「スターニャの口からそう説明してくれ、政治家や、うるさい元帥クラブ、企業にメディアにも」
「本題はそれかな?」
「近いうちにセッティングする」
「はぁ……電話で終わる用事なんだから、それで済ませてよ……早起きに失敗して、ラビに無駄に急かされちゃったじゃない」
「あら! ラビのことでお話でしょうか?」
「ーーうわっ!?」
声とともに背中を小突いたのが誰かなんて、すぐにわかる。愛するラビ、悪戯好きの兎姫だ。
「寿命が1万年は縮んだよ、ラビ……」
「だったら、おっぱい飲ませてあげないとですね、赤ちゃんスターニャ」
「変わらず円満だな、ラビとスターニャは」
「ドーベル将軍閣下もお変わりなく、安心しました」
ラビが、サッ!と慣れた手つきで敬礼する。肘を畳んだ海軍式。彼女は元海軍士官だから当たり前なんだけど、ドーベルは陸軍式で答える。彼は機甲装脚軍の出身だ。
グリーンボックス。
星系防衛軍予備指揮所の一つ。軌道エレベーターはないが地下には巨大なマスドライバーシステムがいくつもの円を回している。荒れ果てた土地に植物で纏われているので非常に目立つ。見つけるのは簡単だ。




