第19話「助ける手に傷を負って」
助けるってのは、傷を負うということと同じなのです。
私達に休息はない。それは待っていても来ないし、作る為には努力がいる。努力とは戦いだ。
MIDのような硬い肌だけでなく、柔らかい肌のヒトも前線へと艦を動かし、そして散ることがある。指揮範囲は必ず安全を担保してはくれない。パラサイトも指揮個体の排除に乗り出してくるからだ。
時間とともに斃されるヒトも多くでた。
だがそれ以上に、ライオンズ星系に来襲するパラサイトへの不安から義勇艦隊のヒトは数を伸ばす。散っていったものを流してしまうほど、膨大に膨れていく。
ウィドォの一角では、MID以外の極少数が、袋に詰められ運ばれていく。斃されたヒトたちだ。彼らは数少ない、躰を回収できたヒトだ。ほとんどのヒトは、僅かな欠片さえ残さずに宇宙に消えている。その存在はただーー消えていく。
宇宙での戦いとはそういうものだった。
しかし、私と私達は忘れはしない。
ヒトとして、同胞として、耳の形、鱗、牙、その程度のものでヒトを定義せず私達は死者を戦友のヒトとして送り出す。
死者は必ず出る。
そして見送りは、初めてでも終わりでもないだろう。
ヒトはどこまでいってもーーヒトなのだ。
私は全員に自由な通信を許可されるようMIDに持ちかけた。スパイ基地を基本にした能力は、ちょっとやそっとじゃパンクしない、星系全域どこでも大体電話できる。
血気だけの若者は現実を打ちのめされ踵を返すこともあるだろう、老い先短いものが余生を惜しむこともあるだろう。
それでも……多くのヒトが日夜参加を希望してきた。MIDへの信頼と助けたいという善意が、皆を戦わせる。
「ふぅ……」
私は自分で耳を撫でて、頭や体を毛繕いする。身嗜みは大切だ。
傷つき、失い、涙を流しーーそれでも戦い続けたいと覚悟を決められる者は勇者と呼べる、私は本物の勇者を、後ろ指でコケとする者らを守る為に死なせなければいけない。
ラビの柔らかい、沈み込むような毛並みが恋しい。彼女の存在が心を弱くするが、同時に私の心を支えているのがわかった。
「MIDは頑張るな。疲れを知らないのかな」
そう言うヒトがいれば、
「何故貴方方ソフトスキンは脆弱な肉体でも戦う勇気をもてるのでしょうか」
と言うMIDもいる。
ベッドの中で布団を被る。照明を落として瞼を閉じれば、肉球の触覚も、髭が触れる不快感もなく、瞳の裏に広がって無限の虚空に心を染められるそんな気がした。
何が見える?
私は私に訊いてみた。瞼の裏には星ひとつない暗黒だ。
ーー夢を見ていた。
ずっと掴みたかった夢、そして産まれてからは持ってはいなかった夢。私は……この世界が馴染めない。『人間のいない世界』で『人間の姿を失い』生きている。確かに、私にはあるのだ。
ヒトではない人間の記憶が。
だから、いつかは帰りたいとも考えていた。必ずあると信じていた。肉球が馴染み、癖のように毛繕いが当たり前になり、卵を丸呑みできて初めて一人前とか言う蛇や、路地裏に連れ込もうとする半分蛸とかとも馴染めていても、やはり人間とは違う一線があった。
違う。
私は。
私はこんな世界の人間ではない。
疎外感があったから、旧時代の空気は肌に合っていた。異形であるから手を取り合うこともあれば利用する、逆に異形であれば拒絶してこれを滅ぼす。きっと、私達のような形状の違うヒトを粗製乱造した自然のコーディネーターはよほどヒトを苦しめたかったんだと思う。
違うということは、排除される。
大戦があって、ヒトとしての融和が勧められて人口も回復してーー私は居場所をまた失った。
告白しよう。
平和にはーー馴染めなかった。
私の心の拒絶感が、他のヒトには共有されていないように見えて、誰もがヒトとヒトが手を取り合っていた。私には、手を差し伸べられなかった。
人間ではなかったからだ。
対等な存在なのだろう。
だが私には、そうは見えない。
見えなかったのだ。
軍縮で追い出されあてもなく放浪していてーーラビと出会って変わったのか。彼女は人間ではなかったがヒトでもなかったから。そして彼女はーーたぶん、ヒトか……人間になってしまった。
してしまった。
私は、今でもそれを後悔している。何よりもヒトであることがラビを苦しめることを知っていたのに、ヒトではないヒトである私が、ラビをどこまでも不幸にしてしまうことに。
私は今でも後悔している。
だからこそ、せめて万が一に備えて、私のせいで追い詰められるだろうラビを守る援護を送る。ラビは賢い、必ず私以外の、そしてより頼りになる擁護してくれる組織に守られる道を選べるだろう。
そう思い込む。
そうすれば、少しは気が楽になった。
〈戦況報告〉
「野郎共ぶちかませー!」カッパー艦隊パラサイト艦の鹵獲に成功する。生きたまま鹵獲されたパラサイト艦は大変に貴重な資料とされるが、同艦での艦内戦では通路という通路を肉の網が掛けられており、これを切ると未知の液体が噴き出した。カッパーは全身を白く染められブチ切れ、星を猫殴り団に笑われ、スターニャの私室に突撃する姿が目撃されている。
【ウィドォのスパイ基地】
ライオンズ星系にはスパイ基地、情報収集のための秘密基地がいくつか建築されている。跋扈するスペースパイレーツへの牽制が主ではあるが、不穏分子が隠し持っているものの監視も仕事にしていた。スパイ、と呼ばれているがどちらかと言えば警察のようなお仕事だ。




