第16話「衝突と遭遇」
ラビが心配だ。
だが同時に、私はMIDといるべきだとも考えているんだ。MIDが私を必要としているんじゃない。私がMIDを知りたいんだ。
沢山のヒトを巻き込んだとしてもだ。
ーーただ。
MIDの戦況の過酷さを、私は知らなかったんだろうね。だから簡単に、というわけではないがパラサイトを些か甘く見ていたことは認めなければいけない。
大多数のスペースパイレーツ相手のような、小規模な艦隊戦程度のことだと心のどこかで考えていたんだ。
違う。
何故思い至らなかったのか。MIDが、少なくともウィドォに築いた常軌を逸した規模の大型ユニット群を準備していたのか、必要だったからだ。
大きいってのは強い。建造するドック規模や技術にもよるけど、とにかく大きければより硬く、より火力があり、MIDはそれに忠実に巨大な要塞みたいな航宙体を無造作というには膨大に作り、そして揃えたんだ。
必要だから。
至極単純で絶対だ。
〈戦況報告〉
「パラサイトは自己改造ができるとしか思えない」パラサイトの半有機生体艦群、MIDの新型兵器であるイオン砲に、僅か数戦でパラサイト艦隊を全滅させたこの兵器に対して、既存シールドの強化と同時に、ある種の生体装甲のようなものが粒子の衝撃に著しい抗堪性を発揮する。この耐性を獲得したパラサイトに対して、スターニャは遮蔽装置付き量子機雷投射装置を備えたMID艦を多数投入することをコンダクター級に提案する。パラサイト艦隊は速度を定石通り加速させ光速をやや超えた速力を維持、相対速度にして光速の二倍という超光速戦闘が始まろうとする。光の壁を突破している為に、因果関係が逆転している世界での戦闘は、撃破されて撃たれたことを認識できる世界だ。それに加えて惑星を破壊する速さなだけに気を緩められないが、MIDは冷静に偏光したシールドの脆弱部へ砲口を備えた。太陽の重力圏内境界近辺で、MIDとパラサイトの間で、艦隊戦が始まろうとしている。
虚空突き進み、超光速ブースターの加速で光速状態にまで加速したMID艦隊は事象が反転する境界に接しながら敵に接近した。
小惑星に『加工した』岩塊が、エーテルの壁に僅かに削られながら粒子の尾を流星の如く引く。
ーーそして。
イオン砲が放たれる。重電荷の塊は光速から急速に減速を受けながら、宇宙を切り裂いた。
イオン砲の弾幕が敵艦隊の鼻を抑え、まともに突っ込んだ敵艦はシールドレベルを急激に破壊され、装甲を削る。動力炉を守るシールドが消失すれば恒星並みの熱量を持つ心臓は自己崩壊を加速させ、艦そのものを蒸発させる爆発が立て続けに煌めいた。軽装甲パラサイト艦の九割以上は初弾を生き残れなかった。一秒未満の刹那で数百の航宙艦が、火球と言うにはあまりにも禍々しすぎる作られた太陽の目も眩む崩壊の中を、シールド頼りに後続が突破してくる影が黒く浮き上がっている。
撃破したのは小型ばかり、逆に言えば破滅的なイオン砲を軽装甲の小型艦如きで完全に受け止められた。主力がなんらかの粒子兵器、そして側面にびっしりと張り付いた貝のような砲門から無数の半エネルギー実体弾が雨のように撃ち返されてくる。
「チャートに従い、第二斉射用意……撃て」
MID艦隊の動きは少し硬い。緊張で強張っているわけではないけど、ただ、絶対のルールを共有して一寸違わず動くから優雅なようで急速反転など迂闊なことをすれば衝突しかねない危うさを感じる。
尻尾の毛並みがビリビリと逆立つのがわかる。
フィルタリングされたモニターに映るのは点と線の集合だ。無数に飛び交う敵味方の攻撃は雨のようにというのにもまだ足りない、密度としか言い表せないもので埋め尽くし、そして急速に互いの背中を晒し急回頭へと移る。
巨大な円を描く艦隊機動は標準的な戦技だ。回頭の速さが強さと直結するけど、敵の練度は異常だ。中に何が入っているのかはともかく、少なくとも加速度だけで肉はグズグズの霧になるだけの急旋回をして見せている。
威力偵察も兼ねたあたりの一度目で早くも脱落艦が多数出ている。MID艦隊は小惑星の艦体を粒子兵装で貫かれ分解している艦が生じている。
パラサイト、火力も高いか。
ウィドォの通信施設から見ていた私は、二周目を中止してMID艦隊を離脱するよう提案した。既に艦隊は三分の一を損失している。パラサイト艦隊の損失は九割で圧勝ではあるが……。
「組織的能力を失った適性艦隊残存に対しては機動兵器による切り込みでとどめを刺します」
「予定通りだね。MIDの想像以上の損失を除けば。いや、これは私の致命的なミスだ。しかし強力なビーム兵器だな。スペックがまるで違う。換装しているのかな」
「不明です。ただ、パラサイトが運用する兵装は直接戦闘で確かめるまで性能がまったくわかりません。開戦当初よりまったく同じ兵器のデータを四度更新しています」
切り込み部隊がMID残存艦に苦戦していた。MID特有の緊急脱出、人格データ転送のやり取りが頻繁に発生している。……陸戦隊まで大量に乗せているのか。対艦戦に切り替えて砲撃で沈める為に、切り込み部隊の人格を転送し終わった、その時だ。
「未確認船団より戦闘参加要請。コマンダー級はこれを承諾」
パラサイトの戦闘艦が無数の閃光を装甲上に弾けさせた。それは……大口径レールガンから投射された量子弾頭弾だ。
データリンク更新。
未確認船は、パラサイトではない。




