第11話「スパイ基地」
「スターニャ。俺はこの糞みたいな世界が嫌いだ。野蛮で下卑で、殺すことでしか自分の価値を見せない。全部殺す、皆んな殺す、ヒト以下なら獣のように殺す。だからお前も一緒に……」
ーー嫌な夢、昔を見た。
「あれ? ラビ、どうしたんだい今日は随分と遅くまで寝かせてくれるんだね」
私はそこまで言って、やっとスーパーラビットのベッドの中だということに気がついた。ラビはいないんだ、気づくのに一瞬かかった。
「……」
寝ぼけていたか。周りを見れば他にも、バベルの連中が寝ている。ボアの尾がリオンを潰して、たてがみの彼を苦悶させているが大丈夫だろう。
「おはようございます」
「おはよう、MID。スーパーラビットは動いてないけど、どこかに寄港したのかい?」
「はい。ウィドォの大気圏内宇宙港に降りています」
「ウィドォ?」
ボアが言っていた、放棄されたスパイ基地でMIDの基地にされているかもしれない星だ。思ったよりも遠くに来ていたらしい。
「少し外を散歩してもいいかな?」
「同行させていただけるなら大丈夫です。基地は改修の際、MID以外の存在を考慮していませんから」
「勿論だとも、私は迷子になりたくないからね。ガイドをお願いするよ、よろしく」
「かしこまりました」
MIDらしい拒絶のない純真さで提案を受け入れてくれた。宇宙MIDは、他のMIDと何も変わらないようだ。特殊なMIDという雰囲気ではない。
開かれたままのスーパーラビットの出入り口から見えた光景は、工場とも基地ともつかない、あるいは一面が巨大な作業機械のようなマシーンの森で埋め尽くされていた。
「これは……」
「星系防衛軍ウィドォ2ベースを元に要塞化した施設です」
と、ガイドは説明してくれた。
重機の獣が巨大な、高層建築物のような脚を何本も動かしながら、空間、そう空間としか言いようのない巨大な何かをのし歩く。吊り下げているのは超光速ブースターだが、規格が通常のものと桁違いに巨大だ。超光速ブースターは運ばれている間にも、一軒家はある浮遊工作機械が仕上げの組み立てを継続していた。
それがどこまでも……地平線が見えるまでそれは続いている。
天井にいるのは、もはや目測で測ることもできない巨大な何かが目的を持って動いているのだということだけがわかる。
ーーあらゆるものが大きすぎる。
私は巨獣の群れに圧倒された。たしかにこんなところで生身で歩けば、あっという間に踏み潰されてしまうね。
「凄い工場だ」
「最終組み立てだけですから、まだ小さいくらいです。衛星軌道に惑星の地殻の一部ごと浮上させた工廠はさらに巨大な、オービタルシップ一次加工場です」
「スパイ基地の面影がないよ、まったく」
「実際、通信区画以外は全て建て直しました。小さ過ぎましたから」
だろうね、と地震とともに過ぎ去る巨獣を見送った。
「MID達は随分と巨大な戦いをしているようだ」
「ドックを見せましょうか? 損傷からより詳しい戦闘資料を推測できるものになると思います」
「良いのかい? 秘密にしなくて」
「MIDはヒトに隠し事をしません、今までも、これからも」
「ドックはまたの機会に。ーーところで随分と巨大なブースターだけど何につけるんだい」
「オービタルシップです。小惑星など岩塊ですね。超光速でぶつければ敵は沈みます」
星系防衛軍の建造ドックとは桁違いだ。ラビに自慢したくなる、男の子としての高揚感に尻尾がピンッと針金が入ったように伸びた。
MIDは変わらず、モノアイを僅かに明滅させながら制御翼を手持ち無沙汰に動かす。やろうと思えば不動になれるが、まったくの静は負担になる、と、このMIDは考えているようだ。
MIDもヒトだ。猫が犬や獅子との付き合い方を考えるように、MIDも考えている。ヒトだから、だ。
「本当に体当たり戦術なんだ。聞いてたけど、もっとマクロガン、プラズマバッテリーとかフォトンランスなんかの武器は幾らでも積めるのに搭載しないんだね」
「それは『兵器』ですから」
兵器だからーー『何』なんだろう。
私は訊くべきか悩み、やめた。戦いは躊躇わない、だが兵器であることには拒否感がある。少なくともMIDが効率を最重要視する、巷の血も涙もないマシーン軍団というわけではなく、普通のヒトと変わらず『持っている』ということで充分だ。
「やっぱりここは、生身だと危ない。スーパーラビットの艦内に戻ろうか」
「見学を希望なら、すぐに調整も可能ですが?」
「いいよ、『戦争』の邪魔はするもんじゃない」
私がきびすを返すと、ボアとアコラがいつのまにか近づいてきていた。
「お〜? スターニャもボアちゃんと同じ見学希望?」
「うん、そうだよ。諦めたけど」
「ボアちゃん、その辺気になります」
「見たらわかるよ、ここは私達には大きすぎる」
と、注意したのだがボアはますます目を光らせ外に飛び出した。彼女の背後には慌てたMIDが続く。彼女担当は気苦労しそうだ。
「……」
「……」
ラビと同じ兎の艦長アコラと目があう。赤い瞳が、私を見つめていた。




