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アンドロイドは嘘をつかない  作者: cassisband
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第三章 存在と思考 3

 ジョー博士の勤務する大学は、ホバー専用の超高速自動走路を外れてすぐの場所にあった。国内最高学府の権威を誇るかのように、校舎は堂々たる存在感を示していた。超高速自動走路からは、大学まで続く専用道路が整備されている。

 スマートカー専用の大学パーキングに到着すると、ヤマトたちの公用車は、エアレーンに吸い込まれていった。

 大学の建物外観はレトロな造りだった。最近ではすっかり建築されなくなったレンガ造りの校舎である。赤茶色のレンガで外壁が覆われていた。レンガの壁面には、蔦のような植物が建物を包み込むように生い茂っている。

 殺されたジョー博士は脳科学が専門だったという。建物の古めかしさに反して、研究の中身は最先端だというのだから驚かされる。

 最も、最先端を扱う機関ほど、自然回帰の傾向が強いのかもしれなかった。蔦で建物を覆う壁面緑化には、CO2排出量への配慮があるのだろう。

 正門入口にはセキュリティ専門のアンドロイドがいた。

「警察です。中に入れてもらいたいのですが」

 マリアが、受付のセキュリティアンドロイドに告げた。

 アンドロイドが、ヤマトとマリアの顔をスキャンすると同時に、認証パスから電子警察手帳をスキャンしている。

「古田ヤマト警部補、羽川マリア巡査長、認証終了いたしました。どうぞお入りください」

構内は、さまざまな年齢の学生がひしめき合っていた。

 二人のように入構する者よりも、校外に出ようとする者の方が多いようだった。正門に向かう人の流れに逆らうように歩かなければならない。

「人が多いな」

 混雑する構内で、ヤマトはひときわ大きい体を身動きがしにくいとばかりに縮めた。

「ちょうど、昼の休憩時間なのでしょう」

 マリアが大学の授業時間と時刻を確認する。

 教場から次々に出てくる学生を横目に見ながら、マリアは人の波も介さずにすいすいと目的の研究棟に向かっていく。

 一昔前は、大学生と言えば、二十代前後が学ぶ場所だったらしい。今では、大学と言えば、生涯学習の場としての機能が強い。ヤマトが学生だった時分には、すでに学生という概念は固定の年代を指す言葉ではなくなっていた。

 あらゆる年齢、あらゆる人種、多様な学生がキャンパスで学んでいる。

 よく見ると、構内にはアンドロイドも混ざっている。業務用の旧式アンドロイドだ。それぞれ専用の職務をこなす特化型アンドロイドたちだ。掃除専門、各種受付、学食の調理、教授の補助をするアンドロイドもいる。

 二人は、建物から続々とキャンパス内へと排出される人の流れに逆らいながら、Kポッドに教えられた教務部が入っている事務棟を目指した。

教員とのアポイントのオフィスアワーには、まだ時間がある。

 先に休職理由についての情報を得ておいた方が、話も通じやすいだろう。Kポッドが機転を利かせて用意してくれたせっかくの情報だ。

 広いキャンパス内でも、ルートナビゲーションが機能したのは幸いだった。二人はどうにか事務棟の正面へ到着した。

「これ食うか?」

 ヤマトはカプセルフードを取り出した。ヤマトにとって、カプセルフードは、時間がない時の非常食と決まっている。特に、捜査が立て込んでくると、昼食のために時間を割く余裕がなくなってくる。時間短縮のために、昼食をカプセルフードで済ませることは必然的に多くなる。

 カプセルフードが食事というのは、何とも味気なく、気が進まないこともあるが、三食を欠かさずにいられるのは、カプセルフードのおかげだった。

 マリアは、差し出されたカプセルフードを受け取った。

「時間があまりない。すまんが昼食はこれで済まそう。せっかくだから、学食くらい寄りたかったがな」

 ヤマトとマリアはキャンパスの緑地に配置されたベンチに座ると、カプセルフードで昼食を済ませた。

 教務部は事務棟の中でも一階のアクセスのよいフロアに配置されていた。昼時だというのに、窓口には学生がぞろぞろと並んでいる。 

 ヤマトは整列している学生の横をすり抜けて、事務職員がいない場所のガラス窓をコツコツと叩いた。

 ガラス窓が下から自動でスクロールして開き、男性職員が顔を出した。

「警視庁のものです。ご連絡した件で参りました」

 ヤマトは男性職員にだけ見えるように、電子名刺を表示した。

「伺っています」

 男性職員は表情を硬くして、窓口が並ぶずっと左の方を手で示した。

「中にお入りください」

 二人が通されたのは、教務部長室とプレートが掛けられた部屋だった。

「失礼いたします」

 男性職員が先に部屋に入り、続いて、ヤマトとマリアが入室した。室内には、大きな事務机と書棚があり、その手前には応接セットが設えられていた。すでに一人掛けのソファに男性が座っている。

 ヤマトたちが部屋に入ると、男性が立ち上がり、教務部長を名乗った。ヤマトたちもそれぞれ自己紹介をして、電子名刺を交換した。

 電子名刺には、教務部長という役職と併記して、学部名が記載されていた。教員と部長を兼ねる教員部長というものなのだろう。

 挨拶が済むと、教務部長は二人に座るようにすすめた。

「書類は用意してあります」

 男性職員がうやうやしくヤマトの前に書面を置いた。表題には、休職願とある。

 内容はいたって事務的なものだった。フォーマットにそれぞれの固有の情報を書き入れる様式のようだ。書き入れの部分にしても、すでに印字で埋められている。所属学部名と氏名、休職に至る開始日のみが印字されていた。黒岩と隷書体で表された朱印だけが、人的な生々しさを感じさせた。

 文末には、業務外の傷病の場合は、診断書を添付のこと、との文字がある。

 休職願をめくると、診断書が添えられていた。これも印字された文面のようだったが、医師の朱印が押印されている。どうやら、こちらの書類も原本のようだった。

 病名の欄には、「脳疾患による機能障害」とあった。固有の病名を指す名称でもなさそうだ。

 マリアが早速、ネット回線にアクセスし、「脳疾患による機能障害」について、データを検索しているのが気配でわかった。ヤマトは、率直に男性職員に尋ねた。

「ジョー博士の疾患はどんな傷病なのでしょうか?」

「私たちもよく知らないのですが、どうやら脳の機能障害の一種らしいです」

 男性職員は、診断書通りに答えた。

「それを発症すると、大学の仕事は不可能なのでしょうか?」

「ええ。無理だと思います。私はこのとおり、教務部の人間ですから、黒岩先生が最後に大学に来られた時にお見掛けしております。試験担当ではありませんから、お話はしていませんが。とても、教壇に立てるような状態ではないと感じました。不随意運動って言うんですか?頭が勝手に動くそうですよ」

「そんな状態で、大学に来たんですか?」

「ええ。年度末の期末試験日でした。真面目な先生でしたから、無理して出講されたのでしょう」

「いつ頃のことか、覚えていらっしゃいますか?」

「四年前の一月半ばです」

 男性職員は当時の様子を回想しているのか、顔を歪めながら答えた。

「ずいぶんと印象に残っているようですね」

「そうですね。職員の間でもしばらくその話が話題になっていましたよ。その時は、私たち職員サイドも、ご病気の症状だということを知りませんでしたので、どうしたんだろう、何があったのだろうと、憶測で話をする者もいました」

「そんなに目立つ症状なのですか?」

「ええ。だって、それは、もう奇怪なご様子で」

 そう言うと、男性職員は口を噤んだ。見ると、教務部長がたしなめるような顔で男性職員に視線を送っている。教員同士の連帯感なのか、滅多なことは言うな、と諭しているようだった。

「まあ、大変、体調がお悪いようでしたので、試験室には代わりの主任監督員を派遣して、試験を実施することになりました。黒岩先生は、それが決まるとすぐにお帰りになられたようでした」

 男性職員が教務部長の顔色を窺っているのが感じられた。ヤマトは、この場では、これ以上の話は聞けないだろうことを察した。

「それから休職のご相談がありましたが、あとは郵送やネットを介したやり取りでしたので、お会いすることはありませんでした」

「なるほど、貴重なお話をお伺いさせていただき、ご協力に感謝いたします」

 ヤマトは頭を下げた。教務部長と男性職員は、「また何かあったら協力させていただきます」と言ったが、社交辞令の範疇であることは明らかだった。

 教務部を出ると、マリアが話しかけてきた。

「先ほどの病名ですが、やはり特定の病名ではないようです。ただ、先ほどの職員からうかがった症状からしますと、脳の伝達異常のせいで、身体に影響が出る疾患と考えられます。身体が意思とは関係なく動いたりする症状が出る場合もあるようです。重度になると、骨格にも影響が出て、骨が曲がることもあるそうですので、見た目も相当インパクトがあったものと考えられます。認知度の低い病気ですね。病名が付いていないところを見ると、まだ解明されていない疾患なのでしょう。治療法が確立されていない可能性が高いですね」

 ヤマトは、見た目のインパクトという部分に反応した。四年前のことにも関わらず、先ほどの男性職員がよく記憶していたこともうなずける。

 ヤマトはデジタルインプットを済ませておいた診断書の解像度を上げた。診断書の日付は、三月になっている。一月から体調に変調をきたしていたとすると、診断されるまでの二か月余りの時間がかかったということになる。その期間が長いのか、短いのか、ヤマトにはわからなかった。

「そんなに身体に負担がかかる疾患なのに、診断まで二か月もかかったとは大変だったでしょうね」

 ヤマトの心を見透かしたように、マリアが言った。

「ああ。脳科学者なのに、まだ解明されていない脳疾患にかかるとはな。随分と皮肉な話だ。しかし、医療分野では、他の分野よりも人工知能の活用が進んでいるはずじゃないのか。二か月もかかるとはな」

 人工知能による病名診断は、今や医療業界の常識だろう。

「ええ。ただ、こうした疾患は脳梗塞などの脳疾患と違い、身体をスキャニングしても発見できないそうです。心疾患と間違えて、発見が遅れてしまい、重症化することもあるそうです」

「そういうものなのかね。まして、脳の疾患となれば、脳科学者の研究範疇に入る話じゃないのか」

「さあ。どうなのでしょう。わが身のこととなると、いくら優秀な科学者でも、落ち着いて正常な判断をすることが難しいのかもしれません」

 冷静なマリアらしからぬ感情的な分析だった。



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