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アンドロイドは嘘をつかない  作者: cassisband
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第六章 利己的なアンドロイド 1

「ダン課長から、緊急通信です!」

 Kポッドが慌てた様子でヤマトに信号を送って寄こした。

ヤマトは急いで緊急モードの連絡を受けた。エアタブレットは、筒井ダン課長からの受信を伝えている。二人は、事態の進展を予感した。

「どうしました?」

「自首してきた!」

 ダン課長の声は興奮のあまり、音声が割れて伝わってきた。

「自首?まさか奴ですか?」

 マリアも身を乗り出した。

「そうだ、ジョー博士殺害の被疑者、アンドロイドのリンダだ」

「情報を受信しました。投影します」

 Kポッドが、エアスクリーンに映し出したのは、昨夜暗闇に逃走したアンドロイドによく似ていた。

 リンダとみられるアンドロイドは、戸田ショウの前に座らされている。

 リンダは自分の口からジョー博士殺害の罪を告げた。

「とりあえず、特別取調室に隔離している」

 ダン課長はいまいましそうに吐き捨てると、回線を切った。

 ダン課長からの通信の後、通信先の相手はショウに切り変わった。ショウの話によると、リンダは落ち着いているという。

 ヤマトは驚きを感じたが、徐々に冷静さを取り戻した。

 なぜ殺した?なぜ首を切断した?なぜすぐに出頭しなかったか?

 謎は山積みだが、リンダの身柄を確保した以上、今後、数々の謎が解かれていくだろう。

 リンダの身柄を拘束できたことは朗報だった。加重されていた責任から解き放された安堵感がヤマトの心に拡がっていく。

 一方で、これからが厄介だとも考えていた。

 ダン課長からもその点はくぎを刺されている。

「リンダは、犯行を認めている。通常ならこのまま送検して起訴に持っていけるが、今回はレアなケースなので慎重に動く」

 当然のことだろう。どんな自供が得られようと、かつてない取り調べになるだろう。


 ヤマトは羽川マリアと共に特別取調室に向かった。

 待っていたのは、ショウだった。

「ヤマトさん、取り調べは羽川巡査長が行うそうですね」

 ヤマトも了解済みの件だった。取り調べはマリアを中心に行うことになっている。リンダも女性という扱いを受けるのだろう。

 マリアはリンダに狙撃されている。「自分を狙った犯人の取り調べに冷静さを持って臨めるのか?」と、ヤマトが問うと、マリアは笑みを浮かべて「仕事ですから」と答えた。

 ヤマトなら、一切の私情を挟まずに対峙できるかどうか、自信がなかった。改めて、マリアの刑事という職業に対する職人気質の強さに感心した。

「自殺スイッチは?」

 ヤマトはショウに訊ねた。

「それなら、オフになっていますから大丈夫です」

 アンドロイドは、人間に危害を加えないという設計の他に、自らを停止することがないように設計されている。

 人間がアンドロイドの使用をやめる際には、スイッチを切る。それと同じ要領で、アンドロイドが自らスイッチを切る行為は、自殺に値する。そのため、人間の自殺行為と同様に自らスイッチを切ることで、自殺のように自ら停止する機能をコントロールする必要があるのだ。それは、通称「自殺スイッチ」と呼ばれ、これをオフにすることで、アンドロイドは自ら停止することができなくなるのだ。

 特別取調室の中では、リンダが待機している。

 取り調べの準備を整えたマリアが特別取調室の前に立った。ヤマトも同席するように言われている。

 マリアが深呼吸をする。被疑者はアンドロイドであり、人間ではない。

 ヤマトはマリアを先に入室させた。

 リンダはすでに着座していた。人間同様、電子手錠と電子腰縄がつけられている。二人が部屋に入ると、看守が電子手錠と電子腰縄を外した。

 看守が退室すると、重々しく扉が閉まった。

 リンダの真正面にマリアが座った。ヤマトが見守るように背後に立った。

 これが殺人アンドロイドの姿なのかと疑問を感じるほど、リンダは凡庸な姿をしていた。一般的な家政婦アンドロイドだ。もっと言えば、普通の女性にしか見えない。

 リンダは瞬きもせずにマリアを見据える。感覚的なものではあるが、ヤマトは何故かリンダを生き物だと感じた。人間と同じ息遣いをリンダに感じたからだ。

 アンドロイドの取り調べは前代未聞だ。多くの取り調べに立ち会ってきたヤマトでさえ、もちろん初めての経験だ。

 マリアの戸惑いが伝わってくる。

 マリアは、人間の被疑者にするのと同じように、まずは形式的な質問をした。

 人間の取調ではまず、形式的なことを確認する。マリアも違わず、普段自身が人間に対するのと同じように一つ一つ確認していく。

 ヤマトも何度となく繰り返してきたセリフをマリアも踏襲するようにリンダに訊ねていった。生年月日などは製造年月日などに置き換えながら、臨機応変に聞き取りをしていく。

 名前、出身地など形式的な聴取が済んだ。

 リンダはこちらの質問に淀みなく応えた。

 ヤマトから見ても、リンダは冷静に取り調べを受けているように見える。リンダは、二度ほど、左手で頭を押さえた。ヤマトは、その動作が気になった。人間が頭を痛いときにするような仕草だった。

マリアもリンダの動作が気になったのだろう。マリアが微妙に首を傾げているのが後ろから見て取れた。

 アンドロイドが頭痛?

「頭でも痛いの?」

 三度、リンダが頭に手をやった時、マリアが聞いた。

「そうですね。時々、頭痛がします。気にしないでください」

 目の前にいるアンドロイドは殺人鬼には見えない。だが、面従腹背というわけでもなさそうだった。ヤマトは脳裏に過った引っ掛かりを禁じ得ない。

「なぜ、ジョー博士を殺したのですか?」

「ジョー博士に命令されたからです」

「命令だと?」

 ヤマトは思わず叫んでいた。

 マリアはヤマトを制止して、冷静に続ける。

「具体的には?」

「ジョー博士は、脳の機能に異常がありました。そのため、自分の意思ではうまく身体がコントロールできない状態が続いていました。それでワタシがお世話をすることになりました」

 普段の生活は、リンダの助けで何とか過ごせていたが、研究には大いに不便さを感じていたという。

「ジョー博士には自殺願望があったということですか?」

「思うように研究が進まず、ワタシに『死んでしまいたい』、と言うようになりました。殺してほしいと言われたことも一度ではありません」

 人間ならば、嘱託殺人罪というところか。殺される者の明白な依頼を受けて殺害する殺人罪だ。適用されれば、通常の殺人より、罪は軽くなるだろう。

 聴取が核心部分に迫る。

「なぜ、あなたはジョー博士の頭部を切断したのですか?」

「ジョー博士の指示で、頭部を切断しました。ジョー博士は、機能障害がある自分の脳を恨んでいました。ジョー博士はワタシにしばしば、『この首を切ってほしい』と言ってきました」

 被害者に乞われて犯した殺人であり、かつ、殺害方法も指示されたものだったというリンダの主張は、事件の大筋からも外れていないように感じる。

 実際、ジョー博士の遺体には、抵抗した形跡も、抵抗できないようにされていた形跡もないのだ。この殺人が嘱託殺人ならばうなづける。

 首の切断という異様な殺害方法も、指示されていたのだとすれば、合理性が出てくるだろう。

「首の切断はあなたがやったのですか?どのようにして切断したのですか?」

「はい。ワタシがやりました。左手のレーザーカッターを使いました」

 ヤマトは、リンダの左手を見た。夕べの閃光も、その手から放たれたのだろうか。

「身体を近所の駐車場に放置したのはなぜですか?」

「人間の身体は、死後に腐敗が始まります。ジョー博士を腐乱死体にしないためには、早くに発見されるべきだと思って、移動しました」

「それもジョー博士の指示ですか?」

「いいえ。腐乱死体の情報から予測して、妥当な処置を行いました」

「アンドロイド法は知っていますか?」

「もちろんです。全てインプットされています」

 アンドロイド法は人間とアンドロイドが共存するために、制定された法律である。

 ロボット製造における『ロボット工学三原則』が法律の中に落とし込まれたような内容になっている。『アンドロイドは人間に危害を加えてはならない』ことが明確に制定されているのだ。

 アンドロイドを製造する際には、必ずこの法律を踏まえたプログラムが組み込まれている。

 ヤマトは、人間の聴取を見ているような感覚に陥った。目の動き、眉の動き、口や頬の動きは、まるで人間そのものだ。

「ジョー博士殺害は、博士の指示通りに動いた結果だというのですね。では、殺したあと、なぜ頭部を持ち去り、行方をくらませたのですか?」

「頭を持ち去ったのは……」

 リンダの目に涙が浮かんだ気がした。アンドロイドは泣かない。気のせいだ。彼女の目は澄んでいる。玲瓏とした目だ。

 マリアが言葉の続きをうながす。

「ジョー博士が、恋しかったからです。それ以外に理由はありません」

リンダが語ったことは、人間のそれとさして変わらない理由だった。

 ヤマトは、ジョー博士とリンダの間に芽生えたものは何だったのかと考えた。

 マリアも不可解さを募らせているに違いなかった。だが、マリアは事実とリンダの心情との確認を淡々と進めていった。

「話を整理しましょう。あなたは、ジョー博士の指示で、首を切り落とすという方法をとり、ジョー博士を殺害した。そして、殺してしまったジョー博士が恋しくて、頭部と一緒にいようと考えて、持ち去ったというのですね」

「はい。そうです」

「では、持ち去ったジョー博士の頭部は、その後、どのようにしたのですか?」

「迷いました」

「迷ったとは?」

 マリアは一つずつ、丁寧に質問を進めた。

「ずっと持っていたい。ずっと側に置いていたい。そんな気持ちが湧いてきました」

はっきりとした口調だった。

 アンドロイドに心がある?人間に執着する?次から次へと疑問が湧いてくる。

「それから?」

「ワタシの電熱光線で燃やし尽くしました」

 マリアは、灰に触れた時、「まだ、熱い」と言ったのだと、記憶を反芻する。

「あなたは、最初は恋しかったから、頭部だけ持ち去ったと言ったけれど、最後は燃やしてしまったのよね?躊躇はなかったの?」

「もちろん、ありました」

「それでも燃やしてしまったのはなぜなの?」

「ジョー博士の魂を清めるためです」

 リンダなりの火葬だとでもいうのだろうか。

 突如、ヤマトの脳裏に『アンドロイドは嘘をつかない』という言葉が過ぎった。

 アンドロイドは自律思考をしない。だとすると、リンダが語っている心情は、人工知能が人間を具体化するために手に入れたひとつのパターンではないか。

 しかし、リンダが語る言葉は、あまりにも生々し過ぎて、リンダ自身の心のようにヤマトに響いて来る。

「どこで燃やしたのですか」

「ジョー博士の家の中庭です」

 黒岩低の中庭。薄暗い家屋の中で起きた出来事がよみがえる。

「そこに私はいました。覚えていますか」

 マリアが聞いた。

「はい」

 もはや、あの場所にいたアンドロイドがリンダであることは疑いようがなかった。

「あなたは私に向けて、閃光を放った。そうですね?」

「はい」

 マリアは質問を重ねていった。マリアの声からは、怒気も哀れみも感じらなかった。淡々とした話し方からは、気持ちまで察することができない。

「なぜ、私を狙ったのですか?あなたは、私を殺すつもりだったのですか?」

 マリアの後ろ姿は、微かに震えていた。

「違います。ジョー博士は、あの中庭が好きでした。ワタシもあの中庭が好きです。ジョー博士の魂は、あの場所で清められるべきだと思いました。だから、ジョー博士の魂を清めることを誰にも邪魔されたくなかったのです」

 ヤマトは昨日の光景を思い出していた。中庭に降り立ったマリアが灰に触れていたのは、利き手である左手だった。だが、吹き飛ばされたのは、反対側の義手である。確かに、リンダがマリアに危害を加えるつもりがなかったと言えば、その通りなのかもしれなかった。

「殺そうというつもりはなかったのですね」

 マリアは小さくつぶやいた。

 ヤマトなら、リンダの言葉を額面通りには受け取らないだろう。今だって、マリアの命を狙ったに違いないと主張できるはずだという思いの方が勝っている。

 ヤマトは、マリアの気持ちも理解できなくはない。

マリアはリンダを犯罪者にしたくないのだ。リンダの行動は、マリアの望む『アンドロイドと人間の共存』と相容れない。マリアが抱く崇高な理想郷は、人間がアンドロイドと助け合って暮らす世界なのだ。

「ワタシたちアンドロイドは人間に危害を加えることはできません。そのように設計されているからです。だから、あなた方人間の命を狙うはずがありません。でも、ジョー博士の苦悩を考えたとき、博士の命令に従いたいと思ったのです」

 リンダはそう話した。

 外に取り調べの終了を告げると、先ほどの看守が部屋に入った。看守はリンダの電子手錠と電子腰縄が機能していることを確認すると退室をうながした。

 リンダが退室した後、ヤマトはこちらを向いたマリアに視線を向けた。

 相変わらずのクールな表情からは、何を考えているかは判然としなかった。取り調べを経ても、事件が解決したと言い難い。マリアも同じように考えていることは、ありありと分かった。

 犯人が自供しているケースは、往々にして、取り調べがスムーズに進むものだ。取り調べの刑事は、捜査で明らかにできなかった点を本人から直接聞くことができるのだ。事件の解明が進まなければおかしい。

 それに対して、容疑者が容疑を否認しているケースは取り調べも難航する。誤認逮捕や冤罪は、警察がもっとも忌むべきことだ。

 昔のように、自白を強要して冤罪を生むなどということはあってはならない。捜査で明らかにされる事実も重要だが、それよりもっと重要なのは、自白だと言えた。

 リンダは取り調べにも素直に応じている。

 人間によくある羞恥心や打算がない分、アンドロイドの取り調べは簡便な要素が多いのかもしれない。

これが人間の場合は、言いたくないという感情や不利になるのではという打算が働く。

 リンダが言いよどんだのは、頭部を持ち去った理由を尋ねられた時だけで、あとは、すぐ質問に答えた。

 その様子を見ていると、やはりリンダは従順な機械なのだろうと思う。ヤマトには、人間に従順な家政婦アンドロイドを体現しているように感じられた。


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