幸せにね。
「う!」
「久子ちゃん?」
久子ちゃんは口を手で抑えて応接間を出ていく。
しばらくして戻って来たが顔色は更に悪くなり立っている事さえ辛そうだった。
「大丈夫?」
「ええ」
ふらつく足取りでソファーに向かうが途中で倒れそうになる。
「危ない!」
間一髪の所で久子ちゃんを抱き止める事が出来た。
「誰か!誰かいませんか!」
人を呼ぶが誰も来る様子が無い。
「祐子、夕方までこの家には誰もいないの」
「そうなの?」
「ええ、今日の話を聞かれたくなかったからね。両親は孫の顔を見に姉さん達の嫁ぎ先へ」
私の腕の中で力なく笑う久子ちゃん、確かに前世の記憶なんて話を大真面目でされたら家族も困るだろう。
「とりあえず横になろう。久子ちゃんの部屋の場所は昔のままかな?」
「ええ」
久子ちゃんに寄り添いながら部屋まで付いて行き、ようやく久子ちゃんをベッドに寝かせる。
横になった久子ちゃんは随分楽になったようで顔色も落ち着いて来た。
「ありがとう祐子」
「どういたしまして。ところで久子ちゃんのお姉さん結婚しちゃったの?」
「ええ、3人共」
「そっか、一緒に遊んで貰ったり勉強を教わったりしたよね」
「そうね懐かしいわ」
私達の脳裏に幼い頃の光景が甦る。
なにしろ私と久子ちゃんは保育園の頃からの幼馴染みだもの。
「私頑張ったんだ」
「久子ちゃん?」
「私前世では兄さん達と比べられてる気がして兄さん達に絡んで親には拗ねて...子供よね」
夢の話を前世と言い切る久子ちゃん。
(今は何も言わず話を聞こう)
何故か素直にそう思った。
「だから私は前世での反省を踏まえて今回は素直に姉さん達と接して家族仲良く出来るように頑張ったの。
そしたら姉さん達の嫁ぎ先と両親は仲良くなってね、今はどの嫁ぎ先に行っても大歓迎よ」
「良かったね」
「うん。後は変な儲け話に乗らないように説得して家を守ったの」
「儲け話?」
「詳しくは言えないけど前世で両親は騙されてしまったの」
「凄いね!」
「ありがとう」
私の言葉に微笑みながら久子ちゃんは頷いた。
「ちょっとごめん!」
久子ちゃんは突然口を抑えてベッドの脇に置いてあるバケツに顔を入れ激しく餌付いた。
その光景は私でも分かった。
「久子ちゃんまさか...」
「うん。私妊娠してるの...」
「律君の?」
「...ええ」
「良かった」
「良かったって?本当なら祐子が律君の...」
「無理なんだ」
「無理?」
「うん。私もう子供を産めないの」
「まさか...」
「残念だけど本当よ。昏睡から覚めてから生理が無くなったの。先生に聞いたけど回復は難しいって」
「そんな...あんまりよ!!」
久子ちゃんは私を見つめて泣き出した。
「仕方ないよ、命が助かっただけで充分だから」
「祐子...」
「だから久子ちゃんは絶対に律君の子供を産んであげて、私は律君と久子ちゃんの幸せを祈ってる」
「ありがとう...」
「今律君は?」
「うん。律君と私は今北海道の大学に通ってるの」
「北海道?」
「ええ、律君はあの後祐子の事で酷い鬱になってね。転地療養も兼ねて私の両親と律君の両親が相談して決めたの」
「今もなの?」
「最近は殆ど出なくなったけどね」
「そうよね、子供を作るくらいだもん」
「ご、ごめんさない」
「違うよ、それだけ立ち直ってくれた事が嬉しいんだよ」
「祐子」
「今日はありがとう久子ちゃん。元気な赤ちゃんを産んであげてね。私そろそろ帰る。
ノート貰って良いかな?」
「突然どうしたの?良いけど、車呼ぶわね」
「いい!」
私はノートを掴み私は立ち上がる。
「祐子?」
「ごめんさない。久子ちゃん元気でね、律君と幸せに」
そのまま久子ちゃんの家を飛び出した。
目から再び涙が溢れだす。
流れる涙もそのままに歩く私を道行く人が振り返るが涙は止まる事が無かった。
「ただいま」
「おかえり祐子」
「姉さんどうだった?」
気遣う母さんと祐一の声を無視する様に部屋に篭る。
療養の為購入したベッドに突っ伏した私は涙を流し続けた。
(律君を諦めるなんて出来ないよ!!)
(本当は律君と幸せになりたかったのに!)
(久子ちゃんが羨ましい!)
(どうして私はこんな目に)
(...こんな馬鹿な事って)
(...律君、久子ちゃんと幸せにね...)
そのまま泣きつかれて眠ってしまった。
「祐子」
母さんの声に目覚めた。
「母さん」
「頑張ったわね」
母さんはそう言って私の頭を撫でてくれる。
もう涙は出なかった。
「心配かけてごめんさない」
「大丈夫よ、家族じゃない」
「うん。祐一は?」
「止めるのが大変だったわ」
「止める?」
「怒っちゃってね、久子ちゃんの家に行こうとして大変よ。久子ちゃんのご両親が来てくれて事情を聞いてやっとおさまったの」
久子ちゃんの両親が事情って事は母さんも律君の事を詳しく聞いたのだろう。
それなら仕方ない。
「ありがとう落ち着いたよ」
「良かった、夕飯は?」
「今日はこのまま寝ます」
「分かった、おやすみ」
「おやすみ母さん」
母さんは安心して部屋を出ていった。
私は持って帰ってきたノートを机に置くとスタンドの電気を点ける。
「さて」
ノートを捲り先程見た記述を読み返す。
しかし何も思い出せない。
「やっぱり作り話よね、恥ずかしい昔の思い出だから書いた事を忘れたのかな?」
でも久子ちゃんは事実だと言っていた。
その様子に嘘は感じられなかった。
「そこが分からないよ、でも書いてる時凄く楽しかったみたいね...」
記述の中に何度も出てくる一つの名前。
その名前が出てくる項目はとても楽しそうで愛しさを感じさせた。
「山添浩二君か...」
ふとその名前を呟いてみる。
「あれ?」
その途端私の心臓は早鐘を打ち始め、頭に血が昇り、顔が真っ赤になる。
「え?え?」
気づけば私の目から再び涙が伝っている。
「な、何故?」
涙の訳は分からない。
でもその涙は再び目覚めてからの悪夢を洗い流して行く気がした。
混乱した頭を抱えてベッドに戻った。
その後辛い時や悲しい時、色々な事がある度にノートを見返した、その度に何故か救われた気持ちになるのだった。
...そして10年が過ぎた。
後2話です。




