ま、いっか!
「祐ちゃん?」
私が目を開けると目の前にいたお母さんが驚いた顔をした。
私は手を上げようとするが腕が鉛の様に重い。
「祐ちゃん、お母さんが分かる?」
「..わ、わか..る...よ」
(あれ声が掠れて上手く喋れない)
「良かった!!」
お母さんは私の体を抱き締める。
お母さんの腕が私の体に食い込んで凄く痛い、
それより何故こんなに軽々と私を抱き起こす事が出来るのだろう?
「い..たいよ...かあ...さん」
「ご、ごめんさない!」
お母さんは慌てて私を離してベッドに寝かせてくれた。
その顔に違和感を感じる。
(お母さん少し老けた?)
そんな事をぼんやり考えていた。
しばらくするとお医者さんや看護婦さんが一杯やって来て私に幾つか質問をした。
「名前は言えるかな?」
「し、清水..祐子です」
「生年月日は?」
「ろ、69年12月25日です」
「うん、最期に何があったのか覚えてるかな?」
「お寺の石段から落ちました...」
一生懸命言葉を出す。
声は掠れ掠れだが最初に比べて何とか出るようになってきた。
「はい分かりました。ゆっくりして下さい」
看護婦さんに背中を支えられ再びベッドに寝かされる。
「お母さん、ちょっと」
お医者さんがお母さんを呼んで部屋を出ていく。
この頃になって私はここが病室である事に気づいた。
看護婦さんが体に着いていたコードの付いたシールの様な物を沢山剥がしていく。
「なにこれ?」
あばらの浮き上がった体に唖然とする。
私が呆然としている間に看護婦さんは体に付いていた機械や器具を外して部屋を出て行った。
「一体どうなったの私...」
体全体が重く頭の中も霞がかかった様にぼんやりしている。
「姉さん!」
大きな声と共に病室の扉が開き1人の男の人が入ってきた。
(誰だ?知り合いでいたかな?)
私は男の人をじっと見つめる。
「姉さん、僕が分かる?」
私を姉と言うのは祐一だけだ。
でも祐一はまだ高校1年生、目の前にいるのはどう見ても成人男性。
いやよく見れば面影が...
「祐一...」
「そうだよ、祐一だよ...姉さん、弟の祐一だよ」
やっぱり祐一か。
祐一は私の手を握り泣き出した。
成長しても相変わらず泣き虫だ。
「大きくなったね」
何とか腕を上げて祐一の頭を撫でた。
「もう姉さん、僕もう20だよ」
「え?」
祐一の言葉に私は呆気に取られる。
祐一が二十歳?
いや私が16歳で祐一は私の1つ下だから15歳でしょ?
「祐一もう来たの?」
母さんが病室に戻ってきた。
「姉さんが目覚めたって聞いて車で来たんだ」
「車?」
思わず祐一に聞いた。
「祐一、祐子はまだ何も知らないのよ」
「え?そうなの?」
驚いた表情を浮かべる祐一に現状を聞く。
「私どれくらい眠っていたの?」
「あ、あのね...」
母さんは明らかに躊躇って私の顔を見ている。
「大丈夫よ、何となく分かるから」
「分かった、祐子、あなたは5年間間眠っていたのよ」
「5年?」
そうか5年って事は私は今21歳か、随分経っちゃったな。
でも何か幸せな夢を見ていた気がする。
全く思い出せないけど...
「でも大丈夫よ、お医者様はもう問題ないって、今から学校に入り直して、ね」
「学校?」
そうか5年経ったら友達は高校卒業して大学生か社会人だよね。
友達か、みんな元気でいるのかな。
その後私はゆっくり病室で過ごしながら体力回復のリハビリをしながら数日を過ごした。
「みんなは?」
ようやく元気になってきた私は母さんに尋ねた。
「みんな?ああ、お友達ね。
浩子ちゃんは由一君と関西の大学に進んで、孝子ちゃんは碧君と学生結婚してお母さんよ。
佑実ちゃんは和夫君と体育大学に行ってるわ...」
成る程、みんな大学生か。
孝子ちゃんがお母さんになってるのは想像出来るね、昔からお母さんみたいだったから。
でも私が一番聞きたい人は、
「律君は?」
「.....」
律君の名前を出した途端母さんの顔が強張る。
祐一は苦しそうに顔をしかめた。
「ねえ律君は?」
もう一度尋ねた、だって私が目覚めて3日、一度も顔を見てないから嫌な予感が...
「...律君は大学生よ」
「そっか、律君も大学生か良かった」
「良いもんか!」
安堵の言葉に祐一が拳を震わせて怒りを滲ませていた。
「どうしたの?」
「あいつは姉さんを捨てたんだ!」
「え?」
「祐一止めなさい!」
「嫌だ!あいつは吉田久子と今付き合っているんだ」
(律君が私を捨てて相手は久子ちゃん?)
頭の中はパニックになる。
「祐子、落ち着いて聞いてね」
お母さんが優しく私の手を握りながら話し始めた。
あの事件の顛末と律君に何があったのかを。
私を突き落とした犯人は律君に想いを寄せていた律君の中学校の同級生。
律君が久子ちゃんと別れたと聞いて自分が彼女になれると勝手に思い込んでいた。
もちろん律君にそんな気は無く中学の卒業式の後その人の告白を断った。
しかし律君を諦めないその人は、
『私が律君と付き合えないのは清水祐子が律君を束縛しているからだ』そう思い込み私を石段の上から突き飛ばした。
犯行を目撃していた人にその人は取り押さえられ、警察に捕まり精神病院に収容されて退院の目処は5年経った今も立たない。
一方の律君は私を守れなかったショックで酷いノイローゼの様になってしまった。
それでも毎日の様に病室の私の元に訪ねてくれていた。
しかし1年、2年と目覚めない私に律君は精神が追い詰められて倒れてしまった。
そんな律君を支えてくれたのが、
「久子ちゃんだったんだね」
「ええ」
「良かった」
「姉さん...」
「祐子...」
母さんと祐一が唖然としているが私は本当に良かったと思う。
律君まで何かあったんじゃ私が堪えられないから。
「良いの姉さん?...」
「うん、律君と結ばれなかったのは残念だけど仕方ないよ、久子ちゃんと幸せな生活を送れてるならそれで良いんだ!」
心の底からそう思った。
『ま、いっか!』
何故か頭の中にそんな声が聞こえた。




