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18/30

18.夜〜カリーン村の収穫祭(3)

「団長さん、今日はリーザさまをお連れくださって、ありがとうございました」


「いや、礼を言うのはこちらの方だ。陛下もあなたによろしくと言っておられた。王女さまも、ずいぶん楽しまれておられるようだ」


 弟子たちが客人のもてなしでひっきりなしに往来する中、広場の片隅の小さなテーブルに腰をかけて、オットーがラードルフと話している。


「楽しんで頂けているのは、見ていてわかります。……まさかリーザさまと皿を半分こして食べるとは」


「……それは、言わないでくれ」


 ラードルフは思わずぐったりと肩を落とし、頰を少しだけ赤らめて言った。

 最初からちゃんと自分のために料理を取り分けてくれているとはいえ、いろいろと問題があるんじゃないかとラードルフは思うが、リーザが何を考えているのかはよくわからない。

 少なくとも自分は戸惑って、どこか気恥ずかしく――しかし喜びがあった、確実に。


 軽く咳払いをして邪念を追い払うと、ラードルフは言った。


「それにしても、このあいだお会いしたときより、具合が良さそうで何よりだ」


「リーザさまの薬のおかげです。せっかく頂いた薬ですから、ちゃんと真面目に飲んでるんでね」


「……やっぱり、医者からもらった薬は飲んでなかったんじゃないのか」


「まあ、いいじゃないですか、過ぎたことは」


 オットーは快活に笑ったあとで、声のトーンを落とした。


「しかし、リーザさまは不思議な王女さまですな」


「不思議、ですか」


 オットーの視線の先をたどると、ちょうど広場の反対側あたりで、集まって来た子どもたちに菓子を分けている。しゃがんで、子どもの目線に合わせている。ひとりひとり手を握ったり、頭を撫でたりしているリーザは、子どもたちに勝るほどの笑顔だった。


 あんな笑顔を、近いうちにいつでも見られるようになったらいい。


 自分の目の前で花がほころぶように笑っている王女を想像し、そうして慌てて打ち消した。

 いや、打ち消す必要もないはずなのに……どこか居心地が悪い。


「うちのバカどもにあれだけひでぇことを言われて、それでも微笑んでいらっしゃった……ちょっとばかし、ご自身を責める向きがあるように見えますがな。団長さんも、そのへんがお辛いんじゃありませんか?」


「……それは、王家に仕え、陛下から王女さまをお守りするように言いつかっている者としては当然のことだ」


「そうですか。リーザさまがワシらの元にいらしたとき、あなたは強い口調で諌めておられたでしょう? 責めたいわけではないのに責めてしまっている自分に対しても苛立っておられたようだから、あのあと、団長さんがリーザさまに強く当たらなかったか、ワシは少し心配しておったんですが」


「……」


 言い当てられた気持ちで、ラードルフは返す言葉もなく黙り込んだ。


「それにしても、ワシの空咳なんぞより、リーザさまの具合のほうがよっぽど心配ですな」


 言いたいことだけ言って、オットーは話題を変えた。


「団長さん、今日収穫祭に来てもらったのは、リーザさまの気分が良くなれば、と思ったからなんですが……気分は良くなっても、悪いところが治ったとは言えねぇようですな」


 オットーには、リーザの状況をすべて話していた。

 何が王女の身体に障るかわからない、というラードルフの話を、オットーは今日のリーザの様子を観察したことではっきり理解したようだった。

 中には最初の晩に倒れたときに使われていた野菜も含まれていたのだが、今日のリーザは具合が悪くなって倒れるようなことはなかった。


「団長さん、こんなお願いをするのは図々しいことだとは思うが、聞いてもらえませんかね」


「なんだろうか」


 ラードルフが問うと、オットーが真剣な面持ちで言った。


「リーザさまの病が癒えるように、ワシらに何か手伝えることがあれば言ってほしい。そして、新鮮な作物をちゃんと王城に届けますから、ぜひ食べて頂いてほしいんです。今、リーザさまの食事は、ホラントさんが王城で作っている野菜だけでまかなっておられるんでしょう? ホラントさんの野菜も大したものだが、種類はさほど多くない。それを埋める分だけでも構わない、もちろん、お身体に障るようなら無理はなさらないぐらいで――だが、ワシらもリーザさまの病が癒えるように祈りを込めてお届けしますから」


「それは……」


 ラードルフはオットーと同じくらいの熱を込めて返した。


「それを王女さまがお聞きになれば、本当にお喜びになるだろう……感謝致します!」


 王女さまは、ご自分の力で味方を増やしたのだ。


 そのことが、ラードルフには心から嬉しかった。



 ***



「王女さま、大丈夫ですか」


「ええ、ラードルフ殿。少しずつだけど頂けていますから」


 扉を開け放った教会の中、長椅子に腰掛けているリーザのところへ、ラードルフがコップを二つ持ってやって来た。

 見ると、湯気のたった淹れたての紅茶だった。

 差し出されたそれを礼を言って受け取り、隣に座るように促した。

 ラードルフは失礼しますと言って、リーザの隣に腰掛けた。

 今日は教会の中での飲食が許されているらしい。広場の方を向いて座れるように、いちばん後ろの長椅子が祭壇を背にするように反対向きになっている。


 遠くに音楽隊が奏でるゆるやかな音色が聴こえる。


「何を召し上がっておられるのですか」


「これ? かぼちゃとたまねぎのパイ包みと、さつまいものマフィンを頂いてきました。ほら、まだあたたかいんですよ。マフィンをもう一つ王妃さまに、って、包んでくださいました」


「かぼちゃにさつまいも……甘いものばかりではありませんか」


「……ラードルフ殿こそ、そのお皿、カリフラワーのピクルスだけ除けてるでしょう? だめですよ、好き嫌い」


「……」


「……」


 思わず返す言葉を見失ったラードルフとそれを見つめるリーザは、小さな沈黙の後にふっと吹き出して、あたりはくすくすという笑い声に包まれた。


「それにしても、オットーは本当にこの村の人たちから慕われているんですね。オットーの具合が良くなったこと、たくさんの人が喜んでいらっしゃいました」


「カリーン村の農家を束ねる役目を負っているのがオットーですから。人望がなければできない仕事です」


 リーザさまのお薬のおかげで良くなって、と感謝の言葉を述べる村人に何人会っただろう。

 リーザはオットーのぶっきらぼうな物言いを思い出して、思わず笑ってしまった。

 あの少しだけ乱暴な感じは、きっと彼なりの照れ隠しなのだ。


「オットーの相手はしなくていいのですか? ずいぶんとお酒を召してご機嫌だったみたいだけれど」


「彼の弟子たちが頑張ってくれていますから。それに、彼とじっくり話すのはまた今度、私用で来たときにしますよ。そのときには浴びるほど飲んでも大丈夫でしょうから。今日はさすがに飲むわけにいきませんし」


「団長殿は、浴びるほど飲めるのですか?」


「言っていませんでしたか? 私は王城で二番目に酒に強い人間なんですよ」


「知りませんでした……ちなみに、一番目はどなたなの?」


「陛下です」


「お兄さまが!?」


「ええ――もっとも、陛下がお強いのは酒ではなくて、酒の誘惑に耐えられる強さ、という意味ですが」


「……からかってはいやですわ、団長殿」


「あはは、申し訳ございません、リーザ王女殿下」


 からからと気持ち良さそうに笑うラードルフの横で、リーザはもう、と膨れっ面をしながら、しかしすぐに笑い出した。

 気持ちいい笑い声がすぐ隣にある。

 最初に出会ったあの晩よりもずっと、打ち解けて、あたたかくて、穏やかで……流れを堰き止めていたつかえが解けてしまったよう。


 ひと呼吸置いて、ラードルフが真剣な声音で言った。


「王女さま、おうかがいしたことがあります。よろしいですか」


「なんでしょうか?」


「どうして、オットーに薬が必要だということがわかったのですか」


「……」


「薬のことだけじゃない。あなたは最初に出会った晩からそうだった。知らないはずのことを知っていたり、まるで心の中をのぞいたかのようなことを言う。……あの日、貯蔵庫でいったい何があったのですか」


 ずっと訊こうと考えていたに違いない。ラードルフの言い方には、迷いや淀みはなかった。


 訊かれたリーザは、しばらく黙った後に、言った。


「いつか、そう訊かれると思っていました」


 それが、こんなに優しい夜でよかった。


 その思いを心の片隅にしまい込んで、リーザはすべてを話す覚悟を決めた。


「信じられないかもしれませんが、聞いて頂けますか」

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