名探偵・たかあき -3-
「……死んでるってのは、どういうことだ?」
そう言って依頼人は私を睨みつけてくる。
私は平気な振りを装うが、少しばかり男の怒気に怯えた。
「……先ほど私が話した能力のことは覚えておられますかな?」
「あー……なんて言ったっけ?なんちゃらかんちゃらっていう」
「干渉する脳波です。」
私は相手が言い当てる気がないのを見て、食い気味に返答した。
「あーそれだ。相手の考えてることが分かるって言ったっけ?」
「いいえ、そうでは無いです」
そんな素晴らしい能力であったなら、私は今頃お金に困ってなどいないだろう。
私の能力は大して役に立たないのだ。
「【考えを読む】というよりは【追体験】という感じでしょうか」
私の説明を聞いて、男は少し不機嫌そうにしている。
「……お前さんの"それ"を信用した訳ではないけどよ」
「ええ、大抵の方には信用していただけないものですから、大丈夫です」
「まあいいや。それで、どうして女が死んだって分かったんだ?」
「先ほど噂の”それ”を発動しましてね」
私は男に種明かしをしようと試みた。
「なんだ、それで女が水死体になってプカプカと浮かんでいる映像でも見えたのかよ?」
「いえいえ、そんなものは見えていませんとも」
「じゃあ、何を見たんだ?」
「実は、何も【見え】ていないのです」
私の思わせぶりな言い方に、依頼人が更に不機嫌になるのが分かった。
「……それなら、どうして女が死んだって分かるんだ?」
依頼人は目を細めて、私をじっと睨みつけてくる。
私は 少々重たくなってしまった空気に喉を詰まらせて、咳払いをした。
「それを説明するには、もう少しこの能力について貴方に知ってもらう必要があります」
「おう、手短にしてくれ」
「私のこの能力は【他者の情報が映像で脳内に再生される】と先ほど説明しましたね?」
「ああ、そう聞いたな」
私は話を続ける。
「発動には3つの条件がありましてね」
1つ目、対象を私が知っている。
2つ目、対象に私が興味を持っている。
3つ目、対象が生きている。
「さきほど写真を見せていただいた際、その女性を干渉する脳波で見てみました」
「それで、失敗したってことか?」
「はい。なので、そのお探しの女性は生きていないということになります」
私はすっかり冷めてしまったコーヒーをずいっと飲み干した。
依頼人はしばらく黙り込んで、何か考えているようだった。
私は依頼人が何を考えているのか知ろうと干渉する脳波をかけてみた。
だがしかし、流れ込んできた映像は依頼人が自宅で猫と戯れているだけだった。
強面の中年男性が猫と遊んでいる映像は少々ユニークではあった。
だがやはり、この能力は大して役に立たないな、と思う。
机の下では話に退屈してしまったのか、ペケが丸くなって眠っていた。
「その話、本当に信用していいのか?」
依頼人はようやく口を開いた。
「ええ。なかなか信用し難い話だとは思いますがね」
「女は既に死んでるってことか」
「はい。それでよろしいのであれば、この依頼は喜んでお受け致しますよ」
私は自分で言いながら、大方断られるだろうと思った。
依頼人の話を聞く限り、依頼人の目的には見当がつく。
それは秘密を握る女性を捕らえ、"口のきけない"状態にすることだろう。
なので、私の話を信用してくれる時点で、この依頼は終わっているのだ。
「そうか。じゃあ頼むわ」
男がすんなりと私の話を受け入れ、依頼を続行したことに驚く。
「え、よろしいのですか」
「ああ、構わねえよ。むしろ探偵さんには余計に気合入れて探してもらいたいくらいだ」
男は薄い茶色のセカンドバッグから白い封筒を取り出すと私の方にそれを投げた。
「ほらよ。それが手付金の10万だ」
「それとな......」
男はズボンの後ろポケットから財布を取り出す。
そこから札を数枚抜き取ると、それも私の前に投げた。
「これは、俺から個人的にあんたへの期待を込めて渡しておくよ」
「なんか分かったら連絡くれや」
男は立ち上がると、足早に店を飛び出した。
私は残された店内で腕を組み、追加の料金と女性の死体を探す意味を考えた。
依頼人はこの探している女性との間に、何か私に話していない関係性があることは推測される。
「さて、ペケはどう思う?」
ペケは私の股の間から顔を出し、小さくワン と吠えた。
「なるほどね」
私もそれに小さく頷くと、早速捜査にかからねばと席を立った。
名探偵・たかあき -3- 終