勇者が攻めて来る前日の夜なのに魔王さまが死んだ!!
「……えっ、魔王さまが死んだ?」
魔王軍四天王が一人、『暁のケンタウロス』が素っ頓狂な声を上げた。
相対しているのは同じく四天王、『黄昏のドラゴノイド』だ。
「うむ、先程息を引き取られた」
「……大丈夫なのか、それ?」
「大丈夫ではなかろうな。翌朝には勇者一行が攻め入ってくると想定されているしな」
「だろうな!! 腕なんて組んでる場合ちゃうぞクソトカゲ!!」
ケンタウロスは前脚でドラゴノイドを蹴りつけた。
「大体なんでいきなり死んでんの!? まだたったの540000歳でしょあの人!?」
「酔って聖水のシャワーを浴びて消滅した」
「……うせやろ?」
「大マジだ」
ケンタウロスの角がストレスで爆散する。
その時壁を透過して、鎌を持った骸骨が現れた。
「むっ、お前は……『宵闇のエルダーワイト』!」
「魔王さまが亡くなったってマジなのですか?」
「どうもマジらしい……。しかも勇者襲来は明日だって、もう笑っちゃうんすよね」
ワイトは骨の手で顎骨を擦りながら歯をカタカタ言わせた。
「う~ん、それは困りましたね。勇者一行は、勇者・戦士・僧侶・女騎士の四人ですが、勇者と戦士の二人は私ども四天王をもってしても相討ちに出来れば万々歳と言うほどの猛者ですし……。何か対策を考えないといけませんね……」
「――話は聞かせてもらった!!」
その声は天井から聞こえていた。
三人が見上げると、天井には緑色の粘っこい粘菌的な半液体が張り付いていた。
『お前は……「真昼のカイザースライム」!!』
「とうっ!」
べちゃり。
音を立ててスライムは床に落ちる。
「女騎士がいるならばオーク部隊を送り込もう。間違いなく成果を挙げてくれる」
うねうねとうごめくスライムをムニムニと踏みにじりながらケンタウロスは言う。
「確かに女騎士にオークを当てるのは相性理論的には正しいが、他に三人の猛者がいるんだぞ? そう上手くいくか?」
「莫迦者!」
スライムが全身を覆う針のように体を尖らせ、針はケンタウロスの前脚を串刺しにした。
「ぬわーーっっ!!」
「莫迦者が!! 女騎士とオーク、エルフ娘と奴隷商人はあらゆる障害を無効化して作用する絶対コンビだ!! それらの前では森羅万象の物理法則は存在しないも同然!! ドラゴノイド、異存はあるか?」
「否、私も同意見だ」
「ワイトもそう思います」
「く、くそっ……!」
「さあ多数決によって可決だ、オーク部隊を放てぃ!!」
こうして勇者一行の魔王城攻略前夜、城の周辺には数千を超えるオークが放たれた。
ドラゴノイドは牙を磨き、エルダーワイトは鎌を研ぎ、カイザースライムは増粘材の風呂に浸かって各々決戦に備えた。
ケンタウロスは自分で脚に包帯を巻くのに手間取り、一睡も出来なかった。
――――――
「四天王さま!! 勇者が現れました!!」
翌朝早く、そう報告したのはゴブリン将軍だった。
カイザースライムがそれに応える。
「承知した。して、オーク部隊の戦果は?」
「一行の中に女騎士の姿は見えません!!」
「どうだ、成功したと思うか、ドラゴノイド?」
「ああ、間違いないな」
「ワイトもそう思います! ……ねっ、ケンタウロスさん」
ぐったりとしたケンタウロスが虚ろな目で、もっと空虚なワイトの眼窩を見つめていた。
「え? ……ああ、そうだね」
「だ、大丈夫ですか……?」
「うん、うん。起きてるよ」
「ダメみたいですね……」
「さあドラゴノイド、エルダーワイト、ケンタウロス、カイザースライム! 憎むべき勇者を迎え撃つぞ!」
ケンタウロスはぼんやりとした意識の中で呟く。
「ジェットストリートアタックでも仕掛けるつもりかよ……」
その時、城門が破壊される轟音が響いた。
「……来たか、勇者!!」
「女騎士を倒したとは言え、相手は強敵だ。だが……」
「ワイトたちには数的有利があります! 勝算は充分ですよ!」
「あー……俺も戦わないといけないのか……眠ぃ……」
扉がゆっくりと開かれ、朝日が魔王城内へと差し込んだ。
細かな埃が光を反射して、美しく輝いている。
「よくぞここまで辿り着いたな、勇者よ……」
「覚悟しろ魔王……って、スライム!?」
光の中から現れた対魔物戦闘の鬼、勇者は素っ頓狂に言った。
「我が名は『真昼のカイザースライム』! 今は亡き魔王さまに代わって――」
「今は亡き?」
「え? ……あっ」
しまった、と言う風にドラゴノイドの顔を仰ぎ見るカイザースライム。
「私は、知らんぞ。カイザースライムの勘違いだろう」
「ワイトも……そう思いますよ?」
すっとぼけ、というにも白々し過ぎる。
ドラゴノイドの心臓は滅茶苦茶に早鐘を打っていたが、その白々しさを除けば嘘がばれる要因はない。
全身を鱗に覆われたドラゴノイドも、骨だけのエルダーワイトも内心こう思っていた。
『汗かけなくて助かった』
汗腺があれば、きっと洪水になっていたろうから。
「ふぅん、じゃああと一人に聞いて確かめようか」
しかしその安堵を打ち砕くように、勇者が指差した先にはダラダラと滝のような汗を流す四天王、『暁のケンタウロス』がいた。
(ケンタウロス!! 汗を止めろ!!)
(ケンタウロスさん!! 勇者にばれてしまいますよ!!)
筋骨隆々の大男、勇者の仲間である戦士が両の拳を突き合わせて吼える。
「さあ、どっちなんだ!? 魔王は死んだのか、死んでないのか!!」
「…………」
「どっちだ!?」
「……いいいいいいいや? しっしししんしんしっ死んでない、んじゃない? 知らんけど」
(ケ、ケンタウロスさんのバカーッ!! これもう絶対ばれましたよ!!)
「クソッ!! しょうもねぇハッタリかましやがって!! 魔王が出て来るまでもねぇってわけかよ!!」
(……!? いや待て、誤魔化せている!? 誤魔化せているぞ!?)
「落ち着いてください、戦士くん! ここで我を忘れてしまっては敵の思うつぼです!」
そう言って諫めたのは法衣を着た細面の男、僧侶だった。
「女騎士さんもいなくなってしまったわけですから、相手のペースに呑まれては危険です」
「そ、そうだな……悪かった」
「――ああ、そうだ、そうだよ!! おおおお女騎士!! いないじゃないか!? 勇者御一行様の一員はどこにいったんだ、ええ!?」
ケンタウロスが勇者を指差して言った。まだ汗は止まらないらしかった。
「……女騎士は、嫁いだ」
「……は? どこに?」
「オークの族長に」
雷に打たれたような衝撃が四天王を襲った。
まさかそんな明後日の方向に向かって策が功を奏すとはまるで思いもしなかった。
すると戦士が膝から崩れ落ちて拳を床にたたきつけ始めた。
「クソッ……! 女騎士の奴、書置き一つで消えちまいやがって……! 俺の……俺の気持ちにどう折り合い付けろってんだよ!!」
「戦士……! 気持ちは分かる。でも今はその時じゃない、戦うんだ……!」
(ドラゴノイド、一体何が起きているのだ?)
(私には皆目見当も……)
(お二人とも分かってないですね。青春……青春に決まってるじゃないですか……!)
ワイトは心に響くものを感じたが、ぽっかり空いた眼窩から何かが流れる気配はなかった。
ここでようやく落ち着きを取り戻したケンタウロスが一歩進み出た。
「……勇者よ、我が名は『暁のケンタウロス』。魔王さまを倒そうというのなら、まずは我々を倒してもらおうか? ……フッ、だが、貴様にそれが出来るなどとはゆめゆめ思うなよ……!!」
言い終えて後ろを振り返ったケンタウロスの顔には筆舌に尽くし難い満足感が浮かんでいた。
それに続いてドラゴノイド、ワイト、スライムも進み出ると、再びケンタウロスが吼える。
「我ら魔王四天王!! さあ勇者よ、最終戦争の刻だ!!」
光を背に立つ勇者が呼応して進み出る。戦士は号泣しながら腕を組んで仁王立ちしていた。
「俺の名は勇者!! 世界の安寧を取り戻すため、お前たちを討つ!!」
「さあ来るがいい、勇者ァァァアアア!!!」
「――よし、みんな、出てきてくれ!」
勇者は振り返ると、そう呼びかけた。
そしてぽかんと大口を開ける四天王の前に現れたのは、優に100を超える鉄砲隊だった。
「……は?」
「撃ち方用意!!」
「いや待って!! ちょっとタイム!! ……そちらの方々、どなたですか?」
ケンタウロスは人部分も馬部分も縮こまって訊いた。
勇者は腰に差した剣に手を掛けようともせずにあっけらかんと言う。
「俺の仲間だけど」
「いや、どう見ても多すぎるだルォォ!?」
「当たり前じゃん。敵の本拠地に攻め入るってのに三人とか四人だけで来るわけないじゃん」
ケンタウロスは雷に打たれた。
ドラゴノイドは全身の鱗が吹っ飛び、ワイトは聖水の海に飛び込んだ。
スライムは寒天となった。
それくらいの衝撃に襲われた。
よく考えれば当たり前だったのに、なぜ当然の如く四人パーティで最後まで来ると思っていたのか、↑キーかスクロールバー、あるいはホイールを操作して千数百字前の自分を殴り飛ばしたくなった。
と、そこに柱の影に隠れていたゴブリン将軍が飛び出して喚いた。
「四天王さま方、安心してください!!」
「な、なんだ? 履いてるのか?」
「履いてます!! ……ではなくて、普通の銃で我々魔物を殺そうなどとは笑止千万の極みでございます!!」
ケンタウロスは正気に戻ってぱっと顔色を明るくした。
「そうか! 我々魔物を倒すには勇者が神から授かった祝福か、それに準じる聖なる力が必要なのだ! ならばそんな銃、いくつあってもこけおどしにも――」
「撃ぇ!!」
勇者の号令と共に十の弾丸がゴブリン将軍に突き刺さった。
そしてゴブリンはそのまま動かなくなった。
「神のご加護を受けた大聖堂の銀十字を錫溶かして作った13mm爆裂鉄鋼弾だ。これを食らって死なない魔物なんていないよ」
勇者はそう言って笑った。
四天王は全員で抱き合ってガクガクと震えた。
『ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!! 待って!! 助けて!! 待ってください!! お願いします!! アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
それからはと言うと、四天王四名は無事蜂の巣になり、魔王軍は壊滅した。
凱旋した勇者は国王の娘と結婚し、十年後に王位に即位することとなった。
そしてそのさらに十年後、かつて魔王城があった地域に新しく興った『神聖オーク朝廷』の女王となった女騎士と勇者は再び戦争に身を投じていくのだが、それはまた別のお話である。
終わり! 閉廷!!