第八章『トパズス』
控え室で独り、フルミノは試合場へ続く扉の前を落ち着き無く行ったり来たりしていた。腕を組み、爪を噛みながら額に眉を寄せるその表情は険しい。彼女は既にフェレスが怪物へ変異させられた理由にもその思惑にも大凡の当たりを付けていた。だからこそ彼女が頭を悩ませる理由は全く別の事柄だ。
フルミノはずっと、勇助を慰める言葉を探していたのである。
「全く…こんなにボクを困らせたのは二重メビウス環薄片リアクターの小型化以来だぞ」
独り言で軽口を叩いてみもしたが、一向に答えは見つからない。とうとう諦めた彼女は、何も言わず彼を抱きしめて頭を撫でてやろうと決心した。
だがそんな彼女の決意とは裏腹に、待てども待てども勇助は戻ってこない。普段の彼女なら業を煮やして回線越しに彼を怒鳴りつけただろうが、流石に今日はそんな仕打ちをしたくなかった。仕方なく彼女はせめて勇助が通路のどの辺りで立ち止まっているのか、位置情報を確かめようと端末を取り出す。ストーカーのようで気分が悪いため滅多に使わないのだが防犯上必須だった。
だが端末を開いた途端にフルミノは総毛立った。画面の中では彼に取り付けた筈の計五つのビーコンの反応が全て闘技場の外へ、しかも全く別々の方向へ移動していたのである。
「何のつもりだ、トパズス。このクソトカゲ野郎」
「そう怒るなよ、兄弟。全部アンタのためを思ってのことさ」
勇助は貨物室のような場所で彼を攫ったトパズスと対峙していた。辺りに響く規則的な振動と左右へ交互に押しつけられる感覚が、そこが乗り物の中だと伝えている。
勇助は今すぐ目の前でニヤニヤと笑うトカゲ男に飛びかかってやりたかった。だがそのために肝心な首から下の体はトパズスに取り上げられている。今の彼は首だけだった。
「テメエ、ボディチェック時に俺の体に細工しやがったな」
「御名答。いやぁ苦労したぜ。アンタのボスが四六時中目を光らせてたかんな。少しずつアンタの情報を探って……漸くだ」
「っ! まさか、フルミノのシステムにハッキングかけた奴ってのは……」
トパズスは喉元で堪えるようにクックッと笑い声を漏らす。
「これまた御名答。あのお嬢さんはぶっ飛んだメカニックだな。ありゃ、控えめに言っても軍事施設並の電子防壁だったぜ」
指先で鋭いナイフを弄ぶ様な声だ。これまで彼が相手にしてきた陽気なトカゲ男と同一人物とは、にわかには信じがたかった。
「何が目的だ。フルミノの作ったボディがそんなに欲しいのか?」
「ん?ああ、これか。確かにこいつも……ぶっ飛んだシロモノだぜ、兄弟。例えばこの装甲が何で出来てるか、知ってるか?」
「は?何の話だ。良いから俺の質問に……」
トパズスは勇助の声を無視して話し続ける。
「答えは純タングステン。ただし普通のタングステンじゃあない。『完全結晶』タングステンだ。知ってるか?普通はどんな金属でもな、原子レベルの隙間や断層、異物が混入している。きっちり綺麗に並んでるわけじゃあないんだ。金属学的にはそれらをひっくるめて欠陥と呼ぶ。破壊の基点になる意味でもな。もし、良いか『もし』だぜ。もし欠陥の無い完全な結晶が作れるなら、理論的にはその金属は通常の数千倍の強度が出る。アンタの装甲はまさしく『それ』で出来てんのさ」
トパズスは壁際の台に縛り付けられた勇助の首から下の体に歩み寄る。彼はその胸元をポンと叩いた。
「完全結晶金属そのものはラボレベルでは成功してるんだが……あくまでマイクロオーダーの極小サンプルだ。こんな実用レベルの装甲板なんて誰も作れちゃいない。それだけじゃないぜ、大統一理論を応用した半永久機関である二重メビウス環薄片炉に再起性を持った高分子重合体人工筋肉、リアルタイムで作業内容を更新可能なナノマシン群……アンタの体はどれもこれも帝国技術院の老いぼれどもが見たら発狂するような技術の塊なんだ」
トパズスは再び勇助の頭部の前に戻り、簡素なパイプ椅子にどっかりと腰を落とす。
「アンタのボスは間違いなく銀河帝国最高水準の技術者だね。流石は帝国大学で九つの学位を取った才媛だ」
「……だったらどうした。なら、何故俺の首まで持ってく必要がある」
トパズスは再びクックッと笑みを漏らす。爬虫類らしい鋭い瞳が妖しく光った。
「アンタ自身に比べりゃ、オマケの玩具みてえなモンさ。なあ、帝国宇宙軍極秘特殊作戦班ニルの第一部隊隊長、検体二十号殿」
フルミノは即座にビーコンの軌跡を解析した。五つのビーコンは試合後に闘技場内の一画へ移動し、しばらく留まった後で五つに分かれて闘技場の外へ出て行った。
そこまで解析したところでフルミノはビーコンの行方を思考から遮断した。勇助を攫った『敵』はビーコンの存在に気付いたに違いない。だからこそ五つに分けて散らばらせたのだ。となれば、最悪の場合これらのどれも正解ではない。行方を追うのは無意味だ。
フルミノは闘技場の地図と電力消費分布図を端末に呼び出した。
「どこから話したもんかね……全ての始まりは連邦のクソ共との戦争だった」
何処か遠くを眺める様な声でトパズスは語り出す。
「帝国はお世辞にも優勢とは言い難かった。伸びに伸びきった戦線のせいでとにかく人手が足りなくてよ。船はあっても操船クルーが足りない様な有様だったんだ。そこで帝国宇宙軍は秘密裏にある計画を進めていた。こいつはさる止ん事無き御方の肝いりでね。実を言やあ今回の件もオレはその御方の御意志で動いてる。何しろ帝国宇宙軍も連邦のクソ共も、噂を嗅ぎ付けた営利企業から宇宙海賊までが血眼になってアンタを探してるからな……オレみたいな日陰者が呼びつけられるのも道理さ」
勇助はトパズスの声を黙って聞くほか無かった。『二十号』と呼ばれた瞬間、彼の脳内の奥底で固く閉じられた扉の閂が外れかけていた。
彼はその裏から扉をこじ開けようと暴れる何者かを押し止めるのに必死だった。
「話が逸れたな。計画は地球人頭脳デバイスの応用だった。飛び抜けて高いデバイス適正を持つ地球人の頭脳にあらゆる航宙機や設備の管理システムをぶっ込んで、数百人の操船クルーをたった一個の頭脳で代替しようって途方も無い試みさ。誰だって無茶だと思ったろうよ。ところが、あるバイオ系企業の協力で部分的にせよ成功しちまったんだな」
トパズスは膝の上で手を組み、じっと勇助を見つめていた。
「問題はここからだ。欲をかいた宇宙軍のお偉方が研究チームに注文を付け加えた。曰く『白兵戦と情報戦、破壊工作も可能なようにしろ』ってな。つまり、船の操舵、空中戦、地上戦、情報戦、全てを一人でこなすスーパーソルジャーを作れってんだ。全く馬鹿げてるだろ?実際上手くはいかなかったさ。ところが研究中に思わぬ副産物が生まれるんだ。アンタも良く知ってるはずだぜ」
勇助はもはや限界だった。閂をへし折って開いた隙間から誰かが叫ぶ。
「サイボーグ・コンバット……」
トカゲ男は牙を剥くような笑みを浮かべた。
フルミノは即興ででっち上げた解析システムで闘技場内の消費電力の推移と年間平均値のずれを調査する。平行して闘技場内の監視カメラ映像をハッキングしていたがどのカメラにも『敵』と勇助は映っていなかった。フルミノは映像が加工された痕跡を発見し、映像から追跡するのは不可能と断じた。
端末内で動くシステムが解析完了のアラームを鳴らす。フルミノは闘技場の見取り図と照らし合わせた。概ね誤差の範囲内だったが、一カ所だけ怪しい点を見つける。それは地下だ。闘技場の地下には運び込まれた資材が出入りする入出荷場がある。荷下ろし後の貨物車は空っぽで空港まで戻るのだが、今日に限ってごく僅かに貨物車料の電力消費量が大きかった。ちょうど成人男性一人分と、重戦闘サイボーグ一体分程度の重量を運べばこの程度は変化するだろうという差だった。
ファイバーチューブを走る貨物車両はもうすぐ地上に出る。向かう先は宇宙港だ。方角も速度もまちまちに動く五つのビーコンのいずれとも合致しない。
フルミノは控え室を飛び出した。
「当初研究は難航した。山ほど捕獲した地球人の頭脳も情報入力過多で発狂するケースが多くってな。サイボーグ化までこぎ着けたのは十に一つや二つってとこだった。ところが、その研究過程である一体のサイボーグが奇妙な現象を引き起こした。体内のコイルを繋ぎ合わせて電磁力を発生させ、スペック以上の加速力を生み出す荒技だ。当然、研究者の誰もそんな細工は施してなかった。しかもそれ以降、その奇妙なサイボーグは与えられた機能を組み合わせて次々と謎の技術を生み出していったんだ。それが……かの有名なサイボーグ・コンバット、その発端さ」
勇助は何かに頭の中をかき混ぜられるような感覚に必死に抗っていた。混濁する意識と解れ行く自我をあらん限りの意思でつなぎ止める。
「お偉方はその技術を体系化し、発端となったサイボーグを筆頭とした特殊部隊を作り上げた。それこそが特殊作戦班ニル。アンタが率いた無敵の部隊だよ、隊長さん」
勇助に答える余力など無かった。
「公式に発表できないとは言え、華々しい戦歴だったぜ。アンタが現れなきゃ帝国は連邦のクズ共にやられてた可能性すらある。ただ……最後まで順風満帆とは行かなかった」
トパズスは視線を手元に落とし、声を抑える。
「終戦間際の秘密作戦であんたらの部隊は連邦の思わぬ反撃に遭い、壊滅した。それでも任務そのものは達成した辺り、流石だがね。生き残ったのは兄弟、アンタだけだった。終戦後は懲罰と機密保持の意味も含めてアンタの脳を解剖する話まで出たんだ。とは言えそれはすんでの所で止められた。アンタに目を付け、ニルを指揮した将官殿の働きがあったのさ。ともかくどうにか標本室行きを免れたアンタは、さる止ん事無き御方の直属としてある秘密任務に付くことになった。だが……そこでアンタは事故に遭って行方不明になっちまった。俺がこうして見つけるまではな」
トパズスは勇助を見つめる。その瞳には英雄を前にした兵士の、深い敬意があった。
「いいか?アンタは特殊作戦班ニルのたった一人の生き残りであり、その頭脳には、あらゆる軍事機密と戦争の記録、戦場を一変させたサイボーグ・コンバットの秘密が納められてるんだ。オレは銀河中に蔓延る『敵』に渡る前にアンタを連れ帰りに来たのさ」
フルミノは通路を走りながら端末であちこちに連絡を取っていた。息を切らせながら矢継ぎ早に指示を飛ばす。汗だくの彼女は駐車場に辿り着き、端末を作業着の胸ポケットに押し込んだ。彼女は赤銅色の額に流れる汗を振り払い、勇助と乗ってきたトロビスに乗り込む。モーターキーを回してから操縦席中央のボックスを開いた。
「逃げられると思うなよ……ここはボクの庭だ……!」
フルミノは勢いよくボックスの中の赤いスイッチを押した。
「尤も、オレがこの星に居たのは偶然だがね。情報屋からゴーレムの群れを木っ端微塵にしたサイボーグの噂を聞いて、半信半疑で闘技場に整備士として潜り込んだって訳だ」
「お前は……誰なんだ……?」
勇助は苦悶に満ちた声を吐き出す。それは彼自身が聞いたのか、それとも別の誰かが聞いたのか、勇助にも分からなかった。
「まあ……大体想像は付くだろ。大きくは外れねえよ。ともかくオレはアンタを帝国宇宙軍に連れ帰る。アンタの力は『ごっこ遊び』の場で振るうモンじゃあない。もっと相応しい場所があるんだ。それがアンタのためにも、あのお嬢さんのためにも良いのさ」
勇助の苦痛はトパズスにも伝わっていた。彼はバツが悪そうに頭を掻き深く溜息を吐く。
「オレがこんな機密をベラベラ喋くってるのも、さっさとアンタに自分を取り戻してもらいてえからだよ。言っとくが、こいつはオレなりの親切心だぜ」
だがそんな言葉を聞いたところで勇助の苦しみは一向に収まりはしない。自我を引き裂かれるような感覚の中で、フルミノの顔やフェレスの最期の言葉などが渦を巻いていた。
そんな彼を見透かしたように、トパズスはポツリと呟いた。
「……フェレスのことは…残念だったな」
その声が楔のように勇助の脳内に突き刺さり、逆に勇助の自我は繋ぎ止められた。
「あの魔女とオレは一時的な協力関係にあったが……駆け引きや騙し合いをお互いに承知の上での間柄でね。今日の試合も孤児院のガキ共を使った実験と裏試合もオレは関与してない。事前に知らなかったと言ったら……嘘になるけどよ」
勇助はレンズの奥底から憤怒と敵意に満ちた視線を投げかける。トパズスは目をそらさずにそれを真っ直ぐ受け止めた。
「なぁに…キツいのは今だけさ、兄弟。もうすぐ港に着く。ワープドライブ便に乗って、帝都へ行って再洗浄を受けりゃあ……すぐ楽になる。それまでの辛抱だぜ」
「死……ね………ク…ソ……野………」
トパズスは深いため息を吐き、膝に手をついて立ち上がろうとした。
その時である。突如として直下型地震のような激しい振動が車両を襲った。トパズスはよろめいて舌打ちすると、壁際に駆け寄って窓のシャッターを開け放った。
「おいおい、マジかよ……いくら何でもぶっ飛びすぎだろ。どこから嗅ぎ付けやがった」
見開かれたトパズスの視線の向こうには、ジェット噴射の煙を棚引かせながら猛烈な速度で空をすっ飛んでくるトロビスが浮かんでいたのである。
操縦席でハンドルを握る蛍火の髪の美少女が般若の形相で叫ぶ。
「ボクのユースケをぉぉおおおおお!!!!かぁえせぇぇえええええええ!!!!!」
吠えるや否や、少女はトロビスに備え付けられた機関銃を車両へ向けた。改造機関銃が吐き出す18ミリ徹甲弾の雨霰が耳を劈くような音を立てて車両を穴だらけにする。
「どわぁッ!ッぶねえッ!どうかしてんじゃねえのか、あのアマ!大体、兄弟に当たるとか考え……ああそうか、クソッ!そりゃ頭部装甲も完全結晶タングステン製だよなッ」
フルミノは容赦なく射撃を続ける。メクラ撃ちだった弾丸も遂に主動モーターへ命中し、車両は空港を目前にして火を吹き上げた。しかしトパズスもやられっぱなしではない。彼は懐からビームマグナムを取り出すと、射撃が途切れるタイミングを見計らい窓から身を乗り出して発砲した。一発目の高圧エネルギーの塊はコックピットの強化シールドに弾かれる。だが二発目で見事に改造トロビスの姿勢制御ノズルを破壊した。
トロビスは大きくバランスを崩す。コックピットの少女は青ざめてハンドルを握った。彼女は懸命に堪えようとするが一度安定を欠いた飛行機械は容易に立ち直らない。
だが逆にそれがフルミノの闘志に火を付けた。真紅の瞳が燃え上がり、蛍火の緑髪が雷光のように揺らめく。
「…おい……おいっ!ふざけッ」
フルミノは滞空を保てないと見るやトロビスを車両目掛けて突っ込ませた。鱗肌を引きつらせたトパズスの眼前にジェット噴射で加速する改造トロビスが迫る。
割れ鐘を砕くような猛烈な破砕音を立ててトロビスと車両は激突した。そして勢いを増したまま空港の搬入口へ突進していく。一塊の燃える鉄塊と化した車両とトロビスは貨物がひしめく入出荷場へ突っ込み、大爆発を引き起こした。
燃えさかる炎と立ちこめる黒煙の中、フルミノの改造トロビスはつぶれた粘土細工のようにひしゃげていた。
「んんんんんあああああああ!!!!」
若干間の抜けたうなり声とともにトロビスのハッチが蹴り破られる。中からずたずたに切り裂かれた白衣と作業着を纏った傷だらけの少女が勢いよく転がり出た。瓦礫の山をごろごろと転がりながら滑り降り、ポンと尻餅を付く。
激突と墜落の衝撃こそ備え付けのショックアブソーバーで防いだ物の、粉々に砕けたシールドと金属片から身を守る術はなかった。彼女の白衣と作業着は滲んだ血で所々えんじ色に染まっている。顔は煤だらけ、髪は埃塗れだった。しかし真紅の双眸に宿る決意の炎は些かも陰りはしない。フルミノは立ち上がって素早く辺りを見回し、地面に転がるサイボーグの頭部を発見する。彼女は遮二無二駆け寄って彼の頭部を抱き上げた。
彼女は胸の中に彼を抱きしめたまま、改めて周囲を見渡した。
周囲は爆発で瓦礫の山と化した空港の搬入口だ。辺りには様々な貨物や搬送ロボットの残骸が散らばっている。更に遠くを見回すと広々とした空港と、建設中の滑走路、そして数々の大型重機ロボットが並んでいる。彼女はそう遠くない場所にもう一つの入出荷場を発見した。搬送ロボットの整備道具くらいはあるだろう。彼女は迷わず駆け出した。
フルミノが去ってしばらく後、血塗れのトカゲ男も瓦礫の中から這い出る。体格の分だけフルミノよりも彼の方が重傷だった。鱗肌が赤く濡れ、油っぽい光を放っている。しかし彼も同様に、黄色い瞳に宿る鋭い光を鈍らせてはいない。
「チッ……平和惚けのし過ぎでカンが鈍ったか……面倒なことになったぜ……」
トパズスはシャツの裾を引き裂いて帯を作る。素早く止血を行い、続いて銃の動作チェックを行った。予備のエネルギーパックは破損していたが、一戦交える分には支障無い。
彼はまず勇助に使用されていた特殊なオイルの匂いを辿ろうとした。しかしラケルタ人の優れた嗅覚で煙と粉塵が舞い散る瓦礫の中で油の匂いを判別するのは難しい。だがその代わりに彼の鼻は真新しい血の匂いを嗅ぎ取った。それはトロビスの残骸から始まり、遠くへ見える入出荷場へと続いている。
トパズスは銃を構え、腰の超振動ナイフの安全装置を外した。
「起きろっ!スズキ・ユースケ!! いつまでも寝ぼけてるんじゃあないッ!」
その声を聞いた瞬間、勇助の途切れかけていた意識の繋ぎ目は立ち所に結びついた。
「おい、フルミノ……なんっつー格好だ……傷だらけじゃねえか」
「馬鹿だなぁ、ボクの心配なんかしてる場合か」
そう言いながらもフルミノは傷だらけの顔を綻ばせた。
勇助は辺りを見回す。体育館ほど広々としたスペースの簡素なプレハブ造りで、その中を大小様々な貨物が整然と並んでいる。二人は奥まった場所にある整備スペースに居た。周囲にはアームが付いた乳母車程度の大きさのフォークリフトのような物が並んでおり、いつの間にやら勇助はそれらと同じ姿になっている。
「急ごしらえのでっち上げだからな。自分で動作確認しろ。生体の接続が不安定になってるから気をつけろよ」
彼女に言われるまま勇助はタイヤを動かしてその場で旋回してみせる。アームの動作も問題ない。フルミノは搬送ロボットに勇助の頭脳を載せたのだ。彼の頭脳は貨物に擬装した箱に梱包し、フォークリフトの爪先に取り付けられている。
「よし、問題な無いな……いいか、今はとにかく時間が無い。ボクが合図するまでこの倉庫の隅に隠れてろ。合図を出したら倉庫を出てターミナルの中央街行きレーンへ乗れ。後はそのまま貨物として指定した場所へ配達される。何も心配するな、全部手配済みだ」
「フルミノは?」
「ボクはここで『敵』を始末する」
勇助は一瞬耳を疑った。だが冗談を言い合えるような状況では無い。事実、勇助が問いを発する前に錆び付いた倉庫の正面扉が開く音が聞こえたのだ。
「隠れろ。手筈通りにな」
有無を言わさぬ剣幕で彼女は断言した。
トパズスは慎重に倉庫内の気配を探った。態々音を立てて侵入を知らせるなど無様極まりなかったが、他に開いた扉は無かった。今は電子錠を解除する時間すら惜しい。作戦目標であるサイボーグの頭部を持ち逃げした少女から場所を聞き出すには更に手間が掛かる。
長引けば空港の警備隊が押し寄せてくるだろう。サイボーグの秘密が露見すれば全ては水の泡だ。何しろ帝国軍は自ら皇帝が決めた法を破っているのだから。
彼は壁伝いに倉庫内を移動する。中は貨物が収まったラックが図書館の本棚のように縦長に並び、その間の通路を搬送ロボット達がひっきりなしに行き来していた。
トパズスは目標が持ち出される危険を考え、それらの破壊も念頭に置いた。だが銃のエネルギー残量を鑑みれば現実的では無い。一先ずは搬送ロボットのアームでは外せないように正面扉の引き戸に固くつっかえ棒を噛ませておいた。彼はラックの影に身を隠しながら血の匂いを追いかける。程なくして整備スペースが目に入った。彼は影から気配を探る。
息遣い、衣擦れ、真新しい血の匂い。間違いなくそこに居る。
だが飛び出す寸前、彼は不自然に進路を逸れて自分へ近付く搬送用ロボットに気付いた。
トパズスは咄嗟に飛び上がり、ラックの縁を掴んで這い上がる。正にその直後、搬送用ロボットが爆発した。爆破の衝撃によって貨物が飛散し、ラックが折れ曲がる。トパズスは即座に隣のラックへ飛び移った。搬送用ロボット達は突如として荷運び仕事を放り出し、彼こそが目的の貨物だと言わんばかりにラックの上を跳躍するトパズス目指して殺到する。
言うまでも無くフルミノのハッキングによるものだ。彼女はロボットの管理システムを乗っ取り、なおかつ幾つかのロボットの水素電池を起爆させる細工を施したのである。
トパズスは特攻するロボットの追撃から逃れるためにラックの上をジャンプし続ける。しかし彼は逃げつつもフルミノの位置を追っていた。血の匂いは時折止まりながらジリジリと正面扉に向かって移動している。トパズスはその進路を塞ぐように追跡した。
並ぶラックの端まで移動した後、彼は隣のラックの影に白衣の裾が引っ込むのを見逃さなかった。即座に彼は飛び降りてラックの角に回る。すぐに覗き込まずにフェイントを仕掛けた。側に転がった建築用資材らしき胸板ほどの広さの金属板を掴んで自分の血塗れのジャケットを引っかける。彼は板の端を掴むと、ラックの角から通路の奥へ放った。
すると隠れていた一台の搬送ロボットがジャケットに向かって突進し、大きく爆発する。トパズスは爆炎に紛れて通路に飛び込んだ。だが彼が目にしたのは血塗れの白衣ではあったが、それを着ていたのは搬送ロボットに積まれた同じ様な建築資材だった。
同じ手か。トパズスは迷わず通路を奥に進んだ。血の匂いはまだ消えていない。これがトラップであっても仕掛けた本人はすぐ側に居るはずだ。彼の予想通り、コルヌ人の少女は通路の奥に居た。正面扉を目の前にしてトパズスに塞がれた格好だ。壁を背にした彼女の手には小さな端末が一つきり。搬送用ロボット爆弾もあれが最後だった。
「チェックメイトだな、お嬢さん」
「ああ、そうだね。ボクの勝ちだ」
フルミノは不敵に笑った。トパズスがその意味を理解するよりも早く、巨大な何かが倉庫の壁を突き破って彼を叩き潰した。
埃が煙幕のように立ちこめる中、フルミノは咳き込みながらその場へ近付いた。壁を突き破り、ラックの列を薙ぎ倒しながら倉庫内に突っ込んだのはダンプカーのような空港の運搬重機だった。倉庫内のシステムは建設現場の重機ロボットとリンクしており、彼女はそれを含めてハッキングしていたのである。
見るも無惨にひしゃげたラックの群れと重機の隙間から緑色の鱗肌をした手が突き出している。床にはビームマグナムが転がり、夥しい量の血が床に広がっていた。フルミノは喉の奥からこみ上げる物を堪え、懐からショックガンを取り出す。最低レベルで撃ち込み、反射反応があれば生きている。無ければ――目的を果たしたと言うことだ。
彼女は銃のつまみを最低レベルに合わせ、腕目掛けて引き金を引いた。弾けるような音を立てて、白い閃光が散る。だが腕はぴくりとも動かなかった。
フルミノは安堵と苦悩が入り交じった溜息を吐く。そして面を上げて絶句した。
目の前に笑うトカゲ男がいたのだ。
彼は左腕を肘から失っていた。針金で縛り上げて止血しているが紛れもない重傷だ。しかしそれでも彼はフルミノが銃を構え直すより数段素早かった。彼女はこめかみを鋭い右フックで打ちのめされて床に叩き付けられる。手にしていたショックガンはトパズスに蹴り飛ばされ、瓦礫の奥へ滑っていった。
トパズスはフルミノの背に馬乗りになると彼女の右腕を逆手にひねり上げる。
「お互いに時間がねえよな?手短に行こうや。サイボーグの頭をどこへ隠した」
「オマエは一体、何が目的、ぅあッ!!」
彼女の言葉は苦悶の悲鳴に変わった。トパズスが彼女の人差し指の爪を剥いだのだ。
「何度も言わせるなよ。質問するのがオレで、答えるのがテメエだ。どこへ隠した?」
「なっ…何のことだかさっぱりわからなヒグゥッ!!アッ!!ギィッ!!」
今度は小指をへし折る。しかもトパズスはそのまま折った指を右へ左へ何度も捻った。彼が指を捻る度に走る激痛でフルミノは痙攣する。
「次はもっと酷いことになるぜ。今のうちに目か、耳か、鼻か、選んどきな」
トパズスは埃塗れの床に頬を押し付けて喘ぐフルミノの鼻先に超振動ナイフを突き立てた。高く細い笛のような音を立てる刃先が音も無く床に沈む。
「そのうち一つくらいは…無事で済むかも知れないぜ?」
「死ね。ゲス野郎」
トパズスは次に、フルミノの爪が剥がれた指先にささくれ立った金属の破片をこすりつけた。彼女の絶叫が倉庫内に木霊する。
「なあ……お嬢さんよ。小便漏らして失神しないだけ、アンタは根性あるぜ。それに敬意を表して言うがね、何がアンタにそこまでさせるんだ?」
「ユースケは…ボクのものだ……!……誰にも…誰にも渡すもんか…!」
彼は考え込むように黙り込んだ後、フルミノの腕を押さえ込んでいた力を僅かに緩めた。
「金か?一千万クレジットまでなら即金で動くぜ」
「くだらない。ユースケは今にその百倍稼ぐさ!」
「地球人生体デバイスが違法なのは知ってるよな? 洗浄作業も保護法に引っかかるぜ」
「ハンッ!お生憎様だね!法的な手続きは全部処理済みだぞ。ユースケはボクの非雇用帝国外星人だ。オマエにセルヴァス星事変での帝国最高裁の判例を教えてやろうか?」
トパズスは小さく鼻息を漏らした。組み伏せた少女は痛みでも恫喝でも、利益でも法律でも屈する気配を見せない。道具さえあれば薬物だろうと使う場面だが、今は無理だ。
彼は再び腕の力を込め、フルミノの耳に冷たく囁いた。
「なあ…お嬢さん。賢いアンタならとっくに感づいてるんだろ?『アレ』がまともなシロモノじゃねえってよ」
フルミノは息を荒げたまま答えない。
「万が一ここでオレを退けたところで同じ手合いはまた来るぜ。いつまでも無事でいられると思うか?」
フルミノは床に押し付けられたまま、トパズスを睨んだ。真紅の瞳が燃えている。
「幾ら稼ぐつもりか知らねえが、リスクに見合うもんかよ。その上等なおつむなら分かるだろ。アンタ達はいつか、必ず、破滅する。今の内に手を引いた方が利口だぜ」
トパズスは再び折った指を捻った。だがフルミノは歯を砕けんばかりに食いしばる。泡になった涎が唇の端から吹き零れた。二度と悲鳴など聞かせない、そう目が言っていた。
しかしトカゲ男は鋭い目を光らせながらニヤニヤと笑うばかりだ。彼は爬虫類らしい体温を感じさせない声で言い放つ。
「今はお嬢さんの幼稚なごっこ遊びに付き合ってくれるかも知れんがね、いずれ手に負えなくなるぜ。なんたってアレは本物の戦い、殺し合いの道具なんだからな。いつか……アンタ自身が寝首をかかれるかも分からんぜ」
「ふざけるなッ!!!」
フルミノの体が激昂で大きく跳ねた。それでも拘束を解くことは出来ない。だが倍以上の体重のトパズスを揺らすほど、華奢な体つきからは信じられない力だった。
彼女の目尻には光る滴が滲み、声は悲痛だった。
「良くもぬけぬけと…!…オマエが…オマエ達が、ユースケをそうさせたんだ!!!アイツを…そんな風にしてしまったんだ!!!」
「へえ。随分とお怒りのようだがな、アンタがやってるのは違うってぇのか?少なくともオレ達がやってることは見世物よりマシなもんだと思ってるがね」
「同じなもんか!!戦争が、本当の殺し合いが、ボク達のショーよりも上等な物だって!?馬鹿も休み休み言え!!」
トカゲ男の顔から笑みが消えた。
「そいつは聞き捨てならねえな。仮に命を賭ける点が同じだとしてもだ、オレ達が戦ったのは帝国のためだ。それに比べてお前等はどうだ?金か?名声か?スポンサーのコマーシャルか?そんな物が本気で上等だと思ってる訳じゃあるめえ」
「オマエ達はそうかもね。でもユースケには違う。アイツは、この国の名誉なんて関係ない。オマエ達はただただ、アイツを都合の良い殺戮機械に変えたんだ!!」
トパズスは黙った。
「アイツが、どんな奴か知ってるか?アイツは今日のこの試合まで、一度だって試合相手の命を奪わなかった!しょっちゅうボクの命令を無視するけど、ボクの期待は一度だって裏切らなかった!アイツが、ボクと一緒にお客を喜ばせるのをどれほど楽しんでくれたか。アイツが、いつもどれほどボクを気にかけてくれたか。アイツが、子供達が相手と知ったとき、処刑人を、フェレスさん、を……手に、かけてしまったとき……どんなに、どんなに苦しんだか……オマエ等に分かるかッ!?分かるわけ無いッ!!!」
フルミノは大きく喘ぎながら言葉を紡ぐ。既に痛みは意識の外へ消えていた。
「それが分からない奴が知った風な口を利くんじゃあない。ボクらのショーは、ユースケを殺戮機械に戻すより、ずっとずっと素晴らしい物なんだ。誰かを楽しませ、喜ばせ、勇気づけるための物なんだ。ボクは死んでもオマエ等なんかにユースケを渡さない。何があってもアイツを見捨てない。ボクはアイツに約束したんだ」
フルミノは大きく息を吸い込み、声の限りに叫んだ。
「ボクはボクのユースケを守るッ!!そう、決めたんだ!!!」
トパズスはぞっとするほど冷たい目で叫ぶ彼女を見つめていた。彼は膝をずらして彼女の腕を押さえ込む。そして自由になった右腕でナイフを抜き、刃の峰をフルミノの首筋に当てた。ひやりと冷たい死の感触が汗ばんだ肌を凍てつかせる。
トパズスは大きく息を吸い込み、倉庫内に響くほどの声で言い放った。
「これが、最後だぜ」
フルミノは動じない。彼女は瞼を閉じて微笑んだ。
既に合図は出した。倉庫を出た勇助は今頃ターミナルの中だろう。街へ行けばジャンク屋が彼を回収し、汎用品のボディに換装して貨物扱いで別の惑星へ発送してくれる。出来れば地球へ送ってやりたかったがクレジットが十分ではない。送るだけならば良いが到着後のメンテナンス費はどうにもならないだろう。だが別の惑星で十分なクレジットを稼げば、勇助ならきっと一人でも上手くやれる。いつか地球へ帰れる。彼女はそう信じていた。
ただ一つだけ、銀河帝国中の剣闘士の頂点、帝都のチャンピオンになった彼を見れなかったことだけが心残りだった。
「やれよ。もう十分時間は稼いだ。ユースケはとっくに」
しかしそこで彼女は気付いた。自分に馬乗りになったトカゲ男が笑っている。
「アンタの覚悟は見上げたもんだ。頭も切れる。だが……ちっとばかし、男心にゃあ疎いようだな…………なあ…………兄弟」
それを聞いたフルミノの背に戦慄が走った。まさか、と思い面を上げる。
信じがたいことに、そこにはアームでフルミノのショックガンを掴んだ搬送ロボットが、とうに逃げおおせたはずの勇助がいたのだった。
「トパズス……フルミノから離れろ」
トパズスは離れはしなかったが、鋼のような筋肉に緊張を走らせる。銃口が己を向いていたからではない。搬送ロボットが、『自分自身に』銃口を押し当てていたからだ。
「バカ……バカァッ!!! なんで、どうして、とっくに合図は出しただろうッ!?ボクが何のために……!!」
勇助は押し黙ったまま答えない。代わりにトパズスが勇助の銃から目をそらさずに小さく笑ってみせた。
「そう怒るなよ、お嬢さん。いい男じゃあねえか。アンタを見捨ててはいけなかったんだとよ、泣かせるねえ……」
「聞こえなかったのか?フルミノから離れろ。トパズス」
「おいおい……穏やかじゃねえなあ兄弟。離れなかったらどうするって?」
「撃つ」
単なる脅しでないことは明白だった。トパズスも、そしてフルミノも、彼ならやりかねないと知っていた。
「撃つ……ねえ。その豆鉄砲でアンタの石頭をぶち抜けるってか?」
「貫通させる必要なんかない。こいつはフルミノが改造した強化ショックガン、そして俺の生体は急拵えで接続が不安定だ。最大出力で撃てば俺の脳を焼くぐらいは出来る」
トパズスは目線をずらさずに注意だけを足下の少女に向けた。彼女の顔は赤銅色の肌が透けるほど血の気が失せている。目の前のサイボーグも足下の少女も演技が得意なタイプではない。彼はここ数日の調査でそれを知っていた。
「やれやれ……分かってんのか? その指を動かしゃあ、結局このお嬢さんを守る奴ぁいなくなるんだぜ。とにかく一度そいつを下ろしなよ」
「駄目だ。お前がフルミノから離れるまで一ミリだって動かさねえ」
しばし無言の睨み合いが続いた。トパズスはふっと肩の力を抜き、溜息交じりに呟く。
「なあ……アンタは覚えてねえだろうけどよ。オレぁ…アンタにゃでっかい借りがあるんだ。出来ればこれ以上荒っぽい手は使いたくねえ。頼むから、手を下ろしてくれねえか」
「俺もお前の全てが演技だったとは思わない……これ以上言わせるな、トパズス」
「……なら、このお嬢さんを離したらどうしてくれるんだい?」
「……無事にフルミノを解放するなら」
「止せっ!!止めろ、ユースケ!!!」
目の前で燃え上がった炎を消そうとするような必死さでフルミノは叫んだ。だが彼女の声も彼の言葉を止めることは出来なかった。
「お前について行こう、トパズス」
「……いいのかい?」
「二言はねえ。だがもし今後フルミノに指一本触れて見ろ。俺は例え頭ん中を弄くられようと、俺を連れて行った先で何もかも台無しにしてやる。勿論お前も八つ裂きだ。全身の皮を剥いでトカゲ男の剥製を作ってやる」
トパズスはクックッと笑った。
フルミノは真っ赤な顔をくしゃくしゃに歪めて歯軋りする。怒りと後悔で全身が火のように熱い。何故いつも勇助はボクの言うことを聞かないのか。何故ボクはむざむざ勇助を奪われねばならないのか。
いや……分かっている。本当は全部分かっていた。勇助が自分を見捨てて逃げはしないことも。自分がトカゲ男に捕まった後、我慢できずに彼が出てきてしまうことも。考えれば分かることだった。全ては自分の失敗が招いたことだ。
ボクはまた奪われるのだ。言い訳のしようもない、自分の弱さによって。
だが、みすみす持って行かれるぐらいなら―――!!
「おっと」
矢庭に後頭部を襲った衝撃がフルミノの意識を刈り取る。彼女をナイフの柄で殴りつけたトパズスを見て勇助は怒号を上げた。
「トパズスッ!!!」
「慌てんな、気絶しただけさ。ちょいと妙な素振りを見せたんで眠ってもらったのよ。さて、そいじゃ救急車を呼んでお嬢さんが運ばれるのを待ってもらってからでも良いか?」
トパズスが言ったように彼女は気を失っただけだった。勇助は彼に飛びかかりかけたものの、彼女の息が途切れていないことに気付いて安堵する。思わず勇助はアームの先端に走らせていた緊張を解いた。
一閃。宙を走る白刃が勇助をかすめる。
投擲された超振動ナイフは音も無くショックガン握ったアームの根元を切り裂いた。勇助は反射的に無事なアームで不器用に銃を拾おうとする。だがその間は致命的だった。トパズスは後方の瓦礫へ跳ぶや否や愛銃を引っ掴み、精密連射で勇助のアームとキャタピラを打ち抜く。
勇助は一瞬の間に、抵抗する術を失った。
「クックッ……紙一重だったなぁ、兄弟」
「トパズスううううあああああああ!!!!!!!」
勇助の絶叫はもはや空威張りに過ぎない。身動き取れない勇助の目の前でトパズスは悠々と倒れ伏したフルミノの側へ歩み寄った。
「悪いね。ここまで知られちまった奴を生かして帰す訳にゃあいかねえのさ。もう少し扱い易そうならアンタごと回収して働いてもらうって線もあったんだがね……如何せんおつむがキレ過ぎる。メリットよりもリスクの方が遙かにでかい」
「ああああああ!!!!止めろ!!!!止めろトパズス!!離れろ!!!殺すぞ!!絶対殺す!!!殺してやるぞトパズスゥゥウ!!!!」
トパズスはゆっくり確かめるようにビームマグナムのエネルギーを絞った。正確に、確実に、苦しませずに済むように。
「幾らでも恨んでくれて良いぜ。一度はアンタに救われた命だ、欲しけりゃくれてやるよ。ただし……アンタを連れ帰ってからだ。オレは……クソみてえな星のクソみてえなスラムのクソ同然だったオレを拾ってくれた帝国を……裏切る訳にゃあいかねえんだ」
トパズスは祈るように銃の柄を握り、眠る少女のこめかみに照準を合わせた。
勇助は狂ったように叫び散らしていた。いや、もはや半ば狂気のただ中にあった。
フルミノが死ぬ!!殺される!!フルミノが!!フルミノが!!!フルミノ!!!!
溺死寸前の人間が我武者羅に手を伸ばすように、勇助の頭脳は絶望の闇の中であらん限りの力でもがいた。彼の脳裏に膨大な情報の洪水が渦巻く。死ぬ間際の走馬燈は臨死の人間が生きる術を脳内で模索したものだという。だが、勇助の決死の意識は脳内だけで無く、トランプケースほどのデータボックスに辿り着いた。
それはトパズスが引き金を引くまでの、ほんの瞬きほどの時間だった。しかしその刹那に勇助の頭脳は情報を求めてパンドラの箱と強く結びついた。頭脳とデータボックスは一瞬だけ完全なリンクを取り戻す。思考の稲妻が頭脳を駆け巡り、データボックスへ流れ込み火花を立てた。
扉が開く。溢れ出す真っ黒な津波の如き力の奔流が勇助の意識を塗りつぶした。
―――閃光―――衝撃―――膨れ上がる光の渦で何もかもが白く飛んだ。
爆ぜるような音を立ててトパズスは倉庫の壁に叩き付けられた。衝撃によって肺が収縮し、呼吸が出来ない。だが彼は息をするのも忘れて呆然と『それ』を眺めていた。光の化身のような白く輝く人型の体躯。朧気な輪郭の中で絶えず表面を走り続ける淡い緑色の紋様の羅列。『それ』は背後の少女を守るようにトパズスの前に立ち塞がっていた。
先ほどまで荒れ狂っていた筈の搬送ロボは遠く離れた場所でぐったりと微動だにしない。まるで魂が抜け落ちたかのように。
「何てこった……ブリーフィングじゃ『アレ』を発現したのは、後にも先にも一回きりだったって……」
光の化身はいつの間にか陽炎のようにトパズスの目の前に立っていた。理性は彼の膝に力を入れようとしたが、それを上回る巨大な何かが彼の逃走を押し止めた。
『それ』は路傍の石を摘まみ上げるように軽々とトパズスの胸ぐらを掴み上げる。煌々と光る面の中で翡翠のような深碧の双眸が浮かび上がった。
――何か言うことはあるか――
音無き声がトパズスの脳裏に響く。彼は渾身の力を振り絞って口の端を歪めて見せた。
「この期に及んで…っ…命乞いはねえだろ。アンタの手に掛かるんなら……むしろ光栄ってもんさ。好きにして……ああ、いや……一つだけ」
トパズスは黄昏を眺めるような、何処か陶酔した目で呟いた。
「アンタとフェレスと一緒に食った飯は……美味かった…本当に、すまなかった…それでもう……十分だ」
化身は左手でトパズスを宙に掲げ右の拳に力を込めた。トパズスは静かに目を閉じかけ、寸前でその危険に気付く。
「兄弟ッ後ろだ!お嬢さんがッ」
その叫びには何の打算も無かった。だからこそ化身も即座に振り向く。その先では今正に、崩れた瓦礫がフルミノの上に落ちようという瞬間だった。
化身は迷わずトパズスを放り投げ、風のようにフルミノの元へ疾走する。巨大な瓦礫が少女を押し潰さんとする刹那、一筋の光がその間に滑り込んだ。止まりかけた時の流れの中で、光はふわりと彼女を抱き上げて脱出する。瓦礫の山が崩れる音が響いた。
光の化身は周りを見渡す。トパズスの姿はどこにも見えなかった。
「ああ……クソッ……オレもヤキが回ったな」
トパズスは壁に肩を預けながらよろよろと歩く。ラケルタ人の強靱な肉体は既に左腕の切り口を塞ぎかけていたが、失われた血はどうにもならなかった。視界は霞み、手足が痺れと寒さに震える。任務を継続するにも一先ず潜伏して治療に専念しなければならない。
トパズスはよろめく足でターミナルへ向かう通路の角を曲がった。だが、そこで己の運命を悟った。
「ご苦労様。貴方はもういらないわ」
乾いた銃声が鳴り響いた。屈強な鱗肌の肉体が膝をつき、崩れ落ちる。トパズスは胸の下から床一面に広がる暖かい血流を頬で感じながら呟いた。
「許して……くれ……フェレ、ス………兄…弟………」