第十一章『サイボーグ剣闘士 鈴木勇助』
一ヶ月後、勇助とフルミノはルブルムの拠点を引き払い、新たに帝都の一角に居を構えていた。勇助は与えられた自室で机に向かっている。部屋は簡素だったが、壁には一枚のポートレートが飾られていた。それは蒼く輝く水の惑星、地球だ。
勇助は紙にペンを走らせ続ける。
――親父、哲朗、淳平。元気でやってるだろうか。突然連絡を絶って済まない。俺は日本からとても遠く離れた場所に居る。詳しくは言えないが帰るために働いてる最中だ。仕事は難しくて大変だがボスが良くしてくれてるんで、そこまで辛くはねえ。
親父、工場が潰れたって聞いた。大変な時に手伝いが出来なくて本当に悪かった。哲朗、高校を諦めることなんかねえぞ。お前は頭が良いんだから勿体ねえ。淳平、野球の地区大会で優勝したってな。流石頑張り屋のお前だ。少ないが金を送る。役に立ててくれ。いつになるかわからねえが、俺は必ず帰る。必ず――
ペンを握る手をノックが止めた。勇助は椅子を回転させて扉に向き直る。
「どうぞ」
ドアを開けて真新しい作業着と白衣に身を包んだフルミノが入ってきた。
「手紙は書けた?」
「ああ、もう少しだ」
勇助は地球の家族に向けて手紙を書いていた。驚くべきことに、戦闘後の勇助の記憶は損なわれているどころか一部が回復していたのである。フルミノの修復プログラムが予想外の作用を及ぼしたのか、はたまた想像も出来ぬ何かがあったのか。詳細は不明だが、ある種のリハビリとしてフルミノは彼に手紙や日記を付けることを提案したのだった。
「それで?何か用があってきたんだろ」
「あ……あー…うん」
フルミノは珍しく歯切れが悪い。俯いて頬を染め、手を後ろ手に組んでなにやらモジモジとしている。やがて意を決したようにぐいと勇助の手を取った。
「何だよ」
「いいから!来い!」
促されるままに勇助は立ち上がり、彼女の後をついて行った。
作業場に連れてこられた勇助は思わず感嘆のうなりを上げた。美術品のように厳重に梱包され、大きなガラスケースの中に納められていたのは、生前の勇助の身体だったのだ。その顔は紛れもなく、毎朝鏡で眺めた物だ。
「どうだい?顔はオマエの遺伝情報と年齢から演算してモデリングしたんだ。メンテナンスフリーじゃないし、消化機関なんかも無いけど感覚系は一級品だぞ。食事や睡眠は勿論、オマエが望むならセックスだって楽しめる。ま、ボクからオマエへの引っ越し祝いみたいなものさ。向こうでチャンピオンになった時は祝う時間なんか無かったからね」
フルミノは照れくさそうにはにかむ。勇助は思わず傍らの彼女を抱きしめた。鋼の腕で抱き竦められたフルミノは小さく声を上げたが、ゆっくりと力を抜いて彼に身を任せる。
「へへ……喜んでもらえれば、ボクも甲斐があったよ。早速使ってみるかい?」
「ああ!」
解放されたフルミノは調整に取りかかった。勇助は作業台に寝かされ、模擬生体ボディと並べられる。慎重な作業を経て勇助の頭脳は新たな身体へ納められた。念入りな調整の後、勇助は目を覚ました。
「違和感は無いか?吐き気や頭痛は?ゆっくり身体を起こしてみろ」
白い病衣を纏った勇助は恐る恐る作業台から下りる。久方ぶりの皮膚の感覚、空気の匂い、唾の味。何もかもが懐かしく、新鮮だった。
異常が無いことを見て取ったフルミノが微笑む。
「大丈夫そうだね。何かやりたいことは……ユースケ?」
勇助は顎から滴る暖かい何かに気付いた。震える指先を頬に当てる。柔らかな感触と温み、それは紛れもなく水の感触だ。
「あ…れ……?」
彼は泣いていた。止めどなく溢れる涙が川のように頬を伝う。胸の内から抑えきれぬ何かがこみ上げ、勇助は膝を突いた。
「あ……あぁ……あああ」
涙は止まらない。溜息は嗚咽に変わる。そして床に拳を突き立てた彼は絶叫に近い声で泣き出した。
「ああぁぁぁあああ…ふっ…ぐぅ…ぅぅうああああああ!!!!」
今になって何故泣いているのか、彼にも分からなかった。ただ彼の脳裏に台車で運ばれながらも微笑むフンゴール、月の下で泣きながら笑うフェレス、勇助の背を叩きながら大口を開けて笑うトパズスの顔が浮かび、止まらなかった。
「ひぐっ…ぐ…うっ、うううう」
フルミノは彼の前に膝を突くと、泣きじゃくる彼の頭を膝の上に抱き上げた。
「頑張ったな…ユースケ……オマエは本当に、頑張ったぞ……」
勇助はフルミノに抱きしめられながら、彼女の膝の上で幼子のように泣き続けた。新しい身体で感じるフルミノの肌の熱と柔さが彼を包む。フルミノは細い指先で彼の髪を梳くようにしながら、ゆっくりと勇助の頭を撫で続けていた。
勇助は帝都の闘技場コロッセオ・パントーンの地下通路を進む。ここでは新人には部屋は与えられないらしい。勇助はチェック後に真っ直ぐ搬送エレベーターへ向かっていた。
『ユースケ、聞こえるか? 帝都での初試合だからな、存分に暴れて驚かせてやれ』
フルミノの通信が聞こえる。彼は短く「ああ」と応えた。
エレベーターの中で勇助は掌をじっと見つめた。黒地に金の装飾を施した全身の中で両手だけが赤く染められている。この新たな配色は彼の希望による物だ。
俺は人殺しだ。だがそれはずっと前からだった。そしてこれからも殺すだろう。他の誰でもない、自分自身のために。
「――なあ、フルミノ。コルヌの色言葉だっけか、それだと赤はどういう意味なんだ?」
『……そうだね。オマエの場合なら、黒地に赤で「報復」と「代償」、金と赤で「繁栄」と「情熱」。でも赤単色なら――』
彼女が息を吸う音が聞こえた。
『「決意」さ』
エレベーターが止まり勇助は扉の前に立つ。扉の向こうからは遮切れぬ熱気と興奮が伝わってきた。
人生は決断の連続だ。大きな物を得ようと思うほど、支払う代償は大きい。だが俺はもう、何も恐れはしない。いつか必ず自由を手に入れ、あの蒼い星へ帰ってみせる。
『さあ、本日のメインイベント!辺境の惑星を制した若きチャンピオンが帝都に殴り込みをかけに来た!身の程知らず命知らずの鋼の男!!サイボォオグッユースケェエエ!!』
扉が、開いた。
以上で完結です。
お読み頂き誠にありがとうございます。
一番の反省点としては主人公が守勢に回りすぎたことです。子供達と戦った辺りでヴァリ製薬の研究所の襲撃でもやれば良かったと思います。で、そこで『襲撃者』と『フェレス』の話を圧縮して、子供達とフェレスにフォローを入れる。加えて空いた隙間にチャンピオンマッチを挟む。そうすればもう少し内容が濃くなったかなあ、と。
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