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ミニマップを拡大して全体標示すると、支配地域であるアドリアンロット北部山嶺地帯北西部の蜂の巣がある場所が青く色づいています。
他は基本的に真っ白。
ただしアドリアンロットの街、森人族の里、メオントゥルムは灰色標示です。
ヘルプと照らし合わせて考えるに、灰色の標示の街は交流がない街、ということなのだと思われます。
青い部分は開発中かもしくは開発完了した村の範囲を示しているのでしょう。
北西部のほとんどが真っ白ですが、いずれは真っ青になるまで大きな街ができるといいのですが……。
さて気になるのは白い部分、つまりアドリアンロット北部山嶺地帯の北東部と南東部です。
南西部には森人族の里があるので手出し無用として、北東部と南東部にも恐らくネームドがいて、それを倒せば支配できるはずなのです。
チャンスは今だけ。
まだ攻略組がメオントゥルムに辿り着いたという報告は掲示板にありません。
ユニオンを結成しているのは私だけです。
行きますか?
明らかに住人が足りないけど、支配地を広げるべきでしょうか?
でも支配地を広げたら、どう考えても召喚獣を配備しなければ回らないでしょうし、そうなれば戦力のほとんどが手元に残らなくなります。
そうなれば先行しているレベルもすぐに後続に追いつかれますし、無理をした結果、大した村ができずに半端な結果に終わることも想像に難くありません。
いやしかし。
だがしかし。
この機会を逃せば、ほぼ確実に攻略組は北東部と南東部を抑えに来るでしょう。
そんな風にぐるぐると悩んでいる私のもとに、魔王アインスが唐突に現れました。
「ファナさんは突拍子もない事をするよね。いきなり巣を強襲するかなあ普通」
「いきなり出てきてなんですか。結果的には大勝利ですよ」
「ユニオンの支配地域実装は第五弾アップデートだったかな。丁度、僕がゲームを始めた頃でね。そういう意味じゃ、アップデート順にファナさんは進んでいるわけだ」
「そういえば聞きたいと思っていたんですよ。アインスは私がゲームを始めてしばらくしてから知り合ったそうですが、何か思い出とかありますか?」
「思い出かあ……」
遠い目をしたアインスが、緩く首を振りました。
「ヒント以外でゲームの情報を話すのはルール違反だから言えることはあんまりないね。ただファナさんは、いつも無茶苦茶やるのは変わらなかったかなあ」
「まるで今も無茶苦茶やるみたいな言い方ですね」
「ええ? そこ否定するの?」
アインスは苦笑しながら、拳を握り、打ち付けました。
「さ、やろうか」
「やっぱり戦いに来たんですね。ヒントは戦いの後ですか?」
「HPがゼロになったときの復活ポイント、ここに設定できるはずだから設定しといてよ。そうすればヒントは戦いの後でいいよね」
「ここで……そうかユニオンの拠点ですものね」
私はメニューを開き、ユニオンの設定から復活拠点をアドリアンロット北部山嶺地帯北西部に設定します。
よく見ると、地名を変えられるようですね。
さすがにこの長ったらしい地名では味気ないので、何かつけましょうか。
【名称:アドリアンロット北部山嶺地帯北西部をヤツハカ村に変更します】
「ファナさ~ん。なにやってんの」
「あ、見えるんですかこっちのシステムメッセージ」
「一応、ゲームマスターだしね。でもまあ、懐かしい名前だよ」
「え? それはどういう――うわっ!?」
ぐん、と加速したアインスの拳が私の目前で止められます。
「そろそろ始めたいんだけど、いいかな?」
「…………分かりましたよ。エルダー・リッチ同化! ドラゴンスケイル! ドラゴンテイル!」
体中に青みがかった黒い鱗のよう紋様が浮かび上がり、にゅうっと尻尾が生えました。
尻尾はトゲトゲで、当てたらさすがにダメージになりそうな武器です。
「うん、それなら勝負になりそうだ。さあ、最初から全開で行きますよ!! 悪魔同化!!」
《レッサーデーモン“魔王”アインス
Lv29 格闘9 歩法4 火魔法4 光魔法6 敏捷強化3 筋力強化6 知力強化2 精神強化2 飛行2 全属性耐性3》
いやいやいや。
全く勝負になる気がしませんよ!?
一応ドラゴンスケイルとドラゴンテイルで近接戦闘の準備をしてみましたが、格闘スキル無しで勝てる相手じゃありません。
ここは逃げの一手でしょう!
「シャドウリープ!」
闇魔法の第十段階の移動魔法です。
影の中に入り込み、近くの別の影から出現するという便利魔法ですね。
スルリと地面に落ちて、別の場所から出てくる私。
さしものアインスも出現場所までは予測不能でしょう。
「ぬ、やっぱりファナさんですね。即座に対応してくる辺りが……昔を思い出すッ」
「アストラルゲート!」
迷っている暇はありません。距離を開けた今がチャンス。
夜でないのが惜しいですね、ナイトウォーカーは使えません。
「雑魚をいくら召喚しても、僕には無駄だよ!」
ゴッ!
グシャァ!
ポコン!
拳の二発で亡者が一体、倒されました。
まさに瞬殺。
これ、アストラルゲートから亡者が出て来る時間より、倒される時間の方が早いのでは?
だとすれば不利になる一方。
レベルが同じなら同化時間は同じはず。
時間稼ぎに意味はありません。
使えるSPは5点。何か有効な手立ては……あるはずありません。
魔法使いが格闘家に勝てるわけないじゃないですか。
あるとすれば、博打のみ。
チップは5枚。
「シャドウバインド!」
アストラルゲートから亡者が出たタイミングで門を打ち切り、アインスの拘束を目論見ます。
こちらの闇魔法は第十一段階、全魔法耐性が第三段階だろうと、ぶち抜けると信じて!
「相性差ってのは残酷だね。光魔法の第五段階は知らないのかい? ……ディスペル」
シュルシュルと影の腕が消えていきます。
マズイ。
本格的にマズイ。
ブラインドはライトで相殺、シャドウバインドはディスペルされる。
というか妨害系魔法はあらかたディスペルの餌食では?
「ならばシャドウセイバー!」
「遅い」
ぐにゃり、とアインスの身体がブレたと同時に影の剣が空を切りました。
歩法ですか……!
そしてそのまま私に接近、拳がみぞおちにクリーンヒット!。
ゴガッ!
「っ!?」
ドラゴンスケイルの防御力はなかなかのものですね。
なければ即死していてもおかしくない威力でしたよ?
転がりながら、
「シャドウリープ!」
別の場所に出ます。
この魔法、便利は便利なんですがそう遠くの影にまで移動できません。
だから、
「そこ!」
アインスの跳び蹴りが出現直後の私に迫ります。
しかし急に空中に向けて飛んだら、止まれないものですよ?
「シャドウセイバー!」
「くぅ!?」
私の影から飛び出した剣が、アインスを迎え撃ちます。
ああ、でも駄目ですね。
当たる前から直感します。これは大したダメージにならない、と。
ならば追撃……そんな都合のいい手段は普段、持ち合わせていませんけど!
今なら丁度いい尻尾があります!
「てえい!」
お尻を振るというちょっと恥ずかしい動作になりますが、今はそんなことを言っている場合じゃありません。
千載一遇の好機。
シャドウセイバーを素手で凌いだ魔王アインスは、空中で体勢を立て直せるはずもなく尻尾の薙ぎ払いで吹き飛びます。
お、なかなかの威力ですね?
しかし受け身を取られ、なんなく立ち上がってきました。
「いやいや、ファナさん近接戦闘もなかなかやるじゃないですか。もっとあっさり終わるかと思ってきたんだけどなあ」
「酷いですねえ。全力でプレイヤーにメタる魔王ってのはどうなんですか」
「魔王が簡単に負けられないからね。今日は、特にね!」
ゆらりと身体がブレて、アインスが私に急接近してきます。
また歩法ですか……。
それ厄介すぎるんですけど。
「エンチャント・ダーク!」
杖を突き牽制します。
お、意外ですね、避けました。
いえ避けることはできるでしょうが、受けたり弾いたり、別の方法で対処すると思ったんですけどね。
もしかして、意外と威力がありますか杖?
オートモードを起動して、同化によって第二段階になった杖術で近接戦を凌げる目は、……ないですね。
「チルレイン!」
「!」
両者を冷たい雨が襲います。
しかし冷気で動きが鈍るのは、アンデッドではないアインスのみ……って全属性耐性で効果なし!?
一手の無駄の隙を逃す相手ではありません。
ぎゅん、と一直線に拳を放ってきたので、オート杖術で迎撃します。
……ああ、駄目ですね。防げて一発。
悪ければ杖を撥ね飛ばされかねません。
なら?
SPを1点使って闇魔法を伸ばします。
杖が撥ね飛ばされました。
SPを1点使って闇魔法を伸ばします。
拳がこめかみに打ち下ろされました。
尻尾を振るい、あがきますが無駄でしょう。
だから、唱えることにします。
闇魔法、第十三段階――
「アニヒレーション!」
「お見事」
ポコン! とあっけなく魔王アインスは消滅しました。
【デビルサモナー“魔王”アインスが討伐されました】
……即死魔法には、相変わらず耐性がないのですね。
何にせよ、チップのSPが2点で済んだのは、収支プラスでいいんですよね?
おっとレベルアップです。
単独でネームドの魔王を倒したのですから、当然ですね。
これで私もレベル30、……おや、これは。
「いやあ、やられるとしたら即死魔法の取得だけだったんだけどね」
あっさりとリポップした魔王アインスが肩をすくめて言いました。
「趣味が悪いですよ。こっちはSPを溜め込んでいるのに、それを使わせるだなんて」
「でも流石はファナさん。最短最速、そして最適な使い方だったじゃないか」
「第十ニ段階以降の魔法は知りませんから、完全に賭けでしたよ」
「でも知っている知識の範囲内じゃ、絶対に僕には勝てないと判断して、知らない魔法を模索するっていうのは、なかなかできることじゃないよ」
「そう褒めないでくださいよ。それで、今回のヒントはなんです?」
「もう結果は見えてると思うけど」
「ネクロマンサー専用魔法、レベル30のこれのことですか?」
「問題は解決するだろう? まあ君の手間は増えるけど」
「ありがとうございます。これで踏ん切りがつきました」
「それなら良かった。ところでひとつ謝罪をしなければならない」
アインスがため息を付きながら、言いました。
「ゲームがクリアされるまで、もう僕が君に会うことはないかもしれない」
「……そうなんですか。せっかくの経験値とヒント、とても有り難かったのですが」
「ははは、酷いな。僕は経験値とゲームのヒントを出すだけか」
「だって私との思い出、語ってくれなかったじゃないですか」
「仕方ないだろ、ルールなんだ。僕らはこのルールを遵守することで、このゲームに関わっていられる。今回、僕が負けたことでルールがひとつ書き換わった」
「どんなルールで、どう書き換わったんですか?」
「僕以外がファナに会うことを禁ずるっていうルールさ。僕が今回、二度目の敗北を喫したら書き換わることになっていた。次はツヴァイだ。二度下せば、ドライが出て来る。やはり二度、敗北させたらフィーアが」
「つまり、知り合いと会っていけ、と? それはこちらとしても興味ありますね。十五年後の彼女らでしょう?」
「ま、君に逢いたくて仕方なくなったらしいよ。冷静でいられないからやめておけって言ったんだけど」
「冷静で、いられなくなる? なぜです?」
「君がどうして死んだのか、みんな知ってしまったからね」
ああ、だから彼らはこのゲームに関わることにしたんですね。
だから彼女たちはこのゲームを黙認して、存続を認めることにしたんですね。
そして彼らは、彼女らは、私に会いに来るのですね。
その中に、あの子もいる、と。
というより、
「ツヴァイはカナコですよね」
「んー、まあそうだね。このルール改変を言い出したのも、彼女だよ」
「ま、そうでしょうね」
「心あたりがあるのかい? まあ僕らの中じゃ一番、付き合いが長いし深いって話だったね」
「…………」
「じゃ、ヒントも出したし僕は退散するよ。おめでとう、魔王を二度も退けた君に、報酬を与えよう」
「?」
【尻尾スキルの第一段階を習得しました】
「……これ、は」
「魔物専用のスキルだから、プレイヤーは習得できないんだ。ドラゴンテイルは本来、格闘とか敏捷強化とかで強引に使うんだけど、折角だから尻尾スキル、あげるよ」
なんという特定状況下でしか役に立たないスキルを……。
「じゃあ僕はこれで。ファナさん。状況は悪いけど、それでも気にせずこのゲームを楽しんでいってくれることを、僕は嬉しく思う」
「アインスさん?」
「五年前のサービス終焉は寂しかったなあ。仲間も集まったけど、それまでずっとプレイし続けたのは結局、僕だけだったから。だからファナさんがこのゲームで生きることを選んでくれて、なんか僕も嬉しかったんだ。それだけは伝えておくよ」
「十年目のサービスラストまでいた、ですか。じゃあ私から聞いてもいいですか?」
「なに?」
「ラスボスには、どのくらい届きませんでした?」
「あはははは」
アインスはひとしきり笑ったあと、
「ゲームの内容については、秘密だよ」
そう言ってログアウトしました。