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「じゃあカナコさんはセラフィムコーラー、ノマキさんはフェアリーコンダクターを第二職業に選んだんですね」
「そう」
「だね~」
メオンの塔の一階で待ち合わせた後、休憩がてら近くの喫茶店でお茶しながら、各自の情報を交換しています。
「それより聞いてくださいよ! なんとエルダー・リッチと同化できましたよ! あ、エルダー・リッチはβのリッチと同じ感じでしたね」
「そう。エルダー・リッチのスクリーンショットは? どうせ掲示板に何も書いていないでしょう」
「おっと、そうですね。じゃあスクリーンショット撮ってカナコさんにメッセージで送りますね」
「そこまでしておきながら書き込まないのか」
カナコさんはあからさまな嘆息を見せつけて言いました。
「同化の解禁は何レベル?」
「レベル20みたいですねー。カナコさんは今13でしたっけ?」
「遠い……」
「遠いな~。でもそのくらいじゃないと試練が突破できそうもないんだよなー」
ノマキさんが遠くを見るような目をします。
「……まあとりあえず買い出しして、一旦、私は里に戻るよ」
「あ、私もレベリングがてら、付いていっていい?」
カナコさんがノマキさんに懐いたようですね。
少し寂しいですが、人見知りがちなカナコさんには悪いことではないでしょう。
「でもお二人のレベルじゃ厳しいですよ。丁度、メオントゥルム南の山がアドリアンロット北の山と同じようにグリズリーが湧くので、そこでレベル15まで修行した方がいいですね」
「なるほど」
「ファナがそう言うなら、そうしといた方が良さそうだな」
ノマキさんが私のことを認めているような発言をしてちょっと驚きました。
どうやらドラゴンの試練を突破している目上として扱ってくれているようですね。
「じゃ私は私にふさわしい狩場を探してきませんとね」
「今のファナに……ふさわしいとは」
「一体、どれだけ危険な場所なのかね~?」
ま、いつ死ぬかもしれないと思っていれば、人間、どこででも戦えるものですよ。
◆
そんなわけでやって参りました、メオントゥルム北部山嶺地帯北西部。
情報収集をすっ飛ばして真っ先に来たのがここというのも、なんですが……。
ここまで来たらノマキさんを里に送ってあげても良かったのですが、そこはそれ。
カナコさんがせっかく、対面で親しくできる相手ができたので、一緒に修行する時間を作ってあげたということで。
現在の布陣は、スペクター・ウォーリアバロンのヨサク、スペクター・フェンサーのムラマサ、フライング・ドラゴンクロウのグラインダー、スケルトン・ガーディアンのササキ、そしてレイス・ソーサレスのマドカの最強パーティです。
いやあササキは化けましたね。
合体により鎚スキルが第三段階になったことで、攻撃でもいい動きができるようになってきました。
もちろん私やマドカの方へ敵を近寄らせない護衛能力も向上していることでしょう。
……ブンブンブンブン、さっきから煩いですねえ。
さっきから私はろくに命令も支援もせず、ぼんやり駆逐されていくジャイアント・ビーの群れを眺めているだけです。
しかしこれだけ出てくるということは、巣が近いということなのではないでしょうか。
クイーンビー……また楽しませてくれますよね?
前回は“ピアッシング”シャルルセシルさんでしたか。
彼女はまだ巣立ったばかりの若い女王だったはずです。
ならばいま向かっている巣にいる女王は、一体どれほどの大物なのでしょうか。
前回を上回ってくれると、今の私に丁度いい狩場になってくれるんですけどね。
《ジャイアントビー・ポーン
Lv24 顎牙3 麻痺針 飛行4 蜂兵誘引2》
《ジャイアントビー・ルーク
Lv28 顎牙5 麻痺針2 飛行6 蜂兵誘引2》
ビショップはまだ見えませんね。
ということはまだまだ巣は先なのでしょうか。
ヨサクが右腕のガントレットで噛み付いてきたルークを地面に叩きつけ、ハルバードの石突きで頭部と胸部の境目辺りを貫きます。
ポーン二体をムラマサが向かいざまに追い抜き、ポコン! ポコン! とふたつの敵消滅エフェクトが発生しました。
グラインダーは羽根だけを狙って地上にのたうち回るハチの群れを作り出し、マドカはファイヤブラストでそれを消し炭に変える作業を淡々と行っていますね。
ササキは私とマドカに危険が及ばないよう周囲を警戒しながら、時折、突っ込んできたハチをラウンドシールドかウォーハンマーで叩き落としています。
いやはやほんと、出る幕がありません。
今の群れを掃討したら、先へ進みましょうかね。
◆
……何を余裕ぶっこいてたんですかね、先刻までの私は。
一時間前に戻れるなら、絞め殺したくなるような愚昧さでした。
目の前には蜂の巣。
それも地上に露出している部分だけでも、東京ドームくらいの大きさになるでしょうか。
あのハチの大きさと量を考えれば、この規模は仕方ないのですが……。
《ジャイアントビー・ロイヤルガード
Lv30 顎牙5 脚剣2 麻痺針4 飛行6 蜂兵誘引5》
《ジャイアントビー・ロイヤルメイジ
Lv30 顎牙3 風魔法5 麻痺針6 飛行2 蜂兵誘引4》
《ジャイアントビー・ナイト
Lv28 顎牙7 麻痺針2 飛行5 蜂兵誘引2》
ロイヤルガード、ウザすぎませんか。
いや魔法を使うメイジが一番厄介なんですが、そんなことよりロイヤルガードの脚剣が厄介です。
何と言っても昆虫の脚は六本、それが全て武器となるのですから手数が段違いなのです。
いくら非魔法攻撃無効のスペクターでも、強い力で叩かれたら体勢を崩しますし、武器を取り落とすなんてこともありうるのです。
「リペア・アンデッド!」
ササキをスペクターにしておかなかったツケがここで来ました。
いくら防御に秀でていても、敵の数は見えているだけで五十を越えます。
ちょっと挑むには早かったかなーなんて。
……言ってる場合じゃないですね。早急になんとかせねば。
「エルダー・リッチ同化!」
まずは支援を固めましょう。
そもそも偵察や下調べもなしに来たのが甘かったのです。
夜ならもう少し有利に戦えたでしょうに。
同化により闇魔法が第六段階になったのを確認し、SPを5点注ぎ込みます。
さあ、手数を増やして逃げる準備ですよー。
「アストラルゲート!」
闇魔法の第十一段階。
それはβテストでレベルアップ分のSPを全てつぎ込んでようやく手に入る魔法で、効果は霊界の門を開くこと。
門からは大量の亡者が湧いて出て、敵に襲いかかるという恐るべき戦術魔法なのです。
門自体は直径三メートル程度の円形なので、一度に出て来る量が少ないのが難点ですが、門を維持し続ければそれだけ大量の亡者が敵と戦ってくれるのです。
門の維持にはMPを消費し続ける必要がありますが、開くときに比べれば微々たるもの。
今の私ならば一分ほどは維持できるでしょう。
もっとも、十秒も維持すれば逃げるには十分な数の亡者が呼び出せるはずです。
しかしですよ。
SPを5点もつぎ込んで、逃げるだけってのは赤字も赤字。
収支が合わないこと、この上なし。
というわけで、門を一分ほど全力で維持してから強行レベリングに移行したいと思います!
幸い、アストラルゲートから出てきた亡者は味方を識別するので、ちゃんと敵だけを襲ってくれます。
代わりに彼らが倒した敵の経験値とドロップは手にはいらないのが難点ですけどね。
「数の不利はこれで覆します。全員、押し返せ!!」
曖昧な命令ですが、今更、細かく言っても変わりません。
彼らはもう十分に成長したAIで、自己判断でかなり有効な手立てを打つことが出来ます。
もっとも実戦経験のないササキだけが不安ですが、彼の仕事は私とマドカの護衛であることには変わりないので、この場を離れて敵を倒しに行くようなことをしなければ何も言わなくて済みます。
うぐぐ、MPバーが急速に減っていくのは見ていて不安しかありません。
ひとまず目標は一時間。
それだけレベリングしたら休憩にしましょう。