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「ファナ、あれはヤバいよ! 勝てないって!」
「ノマキさん、弱音は後にしてください。今は周囲の雑魚を全滅させてから、女王蜂を倒すことだけを考えてください」
「無理だって!」
完全に怖気づいてしまったノマキさんを励ましながら、私はサファイアの杖+5を女王に向けます。
「チルレイン!」
ザァっと冷たい雨が女王の動きを鈍らせます。
鈍らせたはずです。
しかしそんなものはお構いなしに、女王は長い長い腕を振るい、ビショップに迫りつつ合ったグラインダーを叩き割りました。
腕、長っ!?
「リジェネレイト・アンデッド!」
復活させたグラインダーを一旦パーティから外し、レッサードラゴン(水の吐息)をパーティに参加させます。
「いまからドラゴンブレスを正面、女王に向けて発射します! 全員、退避!」
ヨサク、ムラマサ、フジキが脇にどけて、女王蜂まで射線が通りました。
「行け、ドラゴンブレス!!!!」
ブシュアアアアアアっっっ!!!
激しい水の噴流が地面に散らばっていたジャイアント・ビーごと女王に吹き付けられます。
さあ、これがどの程度の効果を発揮するかで、逃げるかどうか決まりますよ!?
冷たい雨との相乗効果があったのか、それとも単体でダメージを与えうるだけの力量がドラゴンにあったのか。
女王蜂のHPバーはその五分の一ほども削れて、体勢を大きく崩しました。
行ける。
勝利を確信し、しかしカナコさんの焦ったような声に興奮を削がれました。
「ファナ、魔物知識のスクショをメッセージで送って。急いで」
「え、今からですか? まずは戦いを終えてから――」
「今すぐ!」
珍しくカナコさんが声を荒げるので、仕方なくスクリーンショットをメッセージに添付してカナコさんに送付します。
こういうとき、フレンドが少ないと便利ですね。言ってて悲しくなりますけど。
「マズい」
「え、どうしましたカナコさん。レベルやスキルはこの際、どうでもいいんですよ。HPがしっかり減らせるなら、ちゃんと倒せますから」
「HPバーの色が違うので嫌な予感がしていた。多分あれはレイドボス」
「…………なんですと?」
よくよく見れば。
通常の敵のHPバーは緑色で、ダメージを与えて減少した分は透明となって背景が透けて見えます。
しかし女王蜂のHPバーは赤。
これは単にボスの強さを演出するためのものだと思っていたのですが、ドラゴンブレスで削ったHPの部分は黄色く標示されています。
これは恐らく、HPバーが赤、黄色、緑と少なくとも三段は存在している証左にほかなりません。
つまりドラゴンブレスは、HPを五分の一削ったのではなく、一割も削れていなかったということです。
……いや別に削れるなら、そのうち倒せるのではないでしょうか。
どれだけHPがあっても、攻撃し続ければ倒せる。
それは一部例外を除けばRPGにおける真理です。
「カナコさん、心配いりませんよ。ちょっとHPが多いだけじゃないですか」
「そ、そんなわけない。レイドボスなら、広範囲攻撃や多段ヒット技や即死レベルの攻撃がわんさかあるはず。いくらファナでも、ほとんどソロじゃ倒せない!」
「じゃあ手伝ってください。雑魚はあらかた片付いたとはいえ、まだ多少残っています。私は女王蜂に専念するので、残りはノマキさんとお二人でどうぞ。止めを刺すだけですから、いい経験値になりますよ?」
「この期に及んで経験値の話……! この戦闘狂!」
ブツブツ言いながらもカナコさんは課長とチャラ男とビッチに弱っているハチたちの駆除を命じました。
部品の購入ができないため、戦闘用ドールは相変わらずあの三体なんですよね。
しかし戦闘に出ずっぱりだったためか、AIとしての成長はしっかりしており、戦いに際しても問題なく命令通りに動いてくれているようです。
一方、完全に怖気づいてしまったノマキさんは、なぜか二体のジャイアント・ビーとジャイアント・アントを送還してしまいました。
「ノマキさん、ここまで来て逃げるなんて手はないですよ。ほらほら、召喚獣を出して雑魚の掃討を手伝って下さい」
「ん? わ、わかっているから。単純に、一番強いのを出すだけだから」
「一番強いの?」
そう言ってノマキさんが召喚したのは、なんと巨大なカマキリでした。
そういえばウルシラさんが言ってましたね。
NPCは強い召喚獣を扱えない、と。
それでも扱おうとするならばパーティ枠に余裕を持たせて一匹だけを使役するのだそうです。
「地面を転がっているジャイアント・ビーにとどめを刺して、カマキチ!」
酷いネーミングセンスですが、人のことは言えないとすぐに自省しました。
キラー・マンティスはなかなかの強さで、同じ地上戦力のジャイアント・アントとは比べ物にならない強さを見せつけてくれます。
これなら雑魚はふたりに任せて安心ですね。
さあ、女王蜂退治を再開しましょう!